黄土
砂漠の中にあったとされる国、楼蘭。
この国には「黄土」と呼ばれる概念があった。
楼蘭では、黄色は全体や中心を表す色であると考えられており、黄土に入ることが出来た者は世界を統べる力を得ることができたのだそうだ。
また、黄土は「王土」でもあり、「王」の資格を持つもの以外がその地に足を踏み入れると、一瞬でその身が砂となってしまうという言い伝えも残っている。
楼蘭の周囲の砂漠は、「王」たる資格が無い者が変えられた砂でできているとされている。
楼蘭が滅びた後も黄土が無くなることはなく、現在に至るまでひっそりと「王」の帰還を待っているのだそうだ――――――――――――――――――――
* * * * * *
時は流れ、2XXX年。
人類の進化は目覚ましく、資源や水の枯渇、人種や宗教間の対立は殆どなくなっており、宇宙に居住する人類も30億人を突破していた。
それもその筈、かつて第三次世界大戦の勃発を阻止した「世界の救世主」、アンソニー・アスターワールドと彼のチームの子孫が人類を統括していたからである。
「世界の救世主」の孫であるアルベルト・アスターワールドを筆頭に、様々な人種・宗教をバックグラウンドに持つチームの子孫たちは、文化面でも政治面でも影に日向に活躍していた。
どの惑星に住む人類も平和を謳歌し、チームの子孫を賞賛していた。
そんなある日、チームの子孫が集まる会合にて、一人の人間が、アルベルトの元を訪れた。
「・・・どうしたんだい?カナコ・トリイ?」
アルベルトが親友であり同じチームの一員である、東洋系の面影が残る女性に話しかける。
「お爺様の書斎を整理していたら、こんなものが見つかったの・・・」
カナコ・トリイ、つまりは鳥居佳菜子の祖父は鳥居俊哉、有名な考古学者兼冒険家である。
彼は世界に争いよりも各国に遺された遺跡や遺物の保護が急務であると説き、文化功労賞を受賞した人物である。
佳奈子がアルベルトに一冊のノートを差し出す。
その表紙には『楼蘭王国と黄土について』と書かれていた。
「ロウラン王国?・・・聞いたことが無いな」
そんなことを呟くアルベルトに対し、中東系の外見の男性、アブドゥルラフマン・アルースが近寄る。
「ロウラン王国は、昔シルクロードの要衝だったオアシス国家だろ?それがどうかしたのかい?」
ちなみにアブドゥルラフマンの祖母は中東から争いをなくすために一役買った人間である。
「カナコのおじいさんが残したノートにその名前が書いてあるんだ」
そう言ってアブドゥルラフマンにノートを見せるアルベルト。
「えっと?『――――――「王」たる資格を有する者は楼蘭にあったとされる「黄土」に足を踏み入れても砂となることは無く、真に世界を統べる人間となれるだろうという言い伝えがあり、その真偽を確かめるために私は楼蘭に行く』――――――――――この記述の後には何も書いてないね?」
3人の様子を興味深げに見ていた女性が寄ってくる。
「カナコ達、何してんの?」
「ナタリーか。カナコのおじいさんの書いたノートに気になる記述があってね」
ナタリーは祖父、父共に有名な数学者であり、彼女自身も数学の分野では目覚ましい功績をあげている。
「・・・最後の記述より前にたくさん新聞記事が貼ってあるみたいよ?」
ナタリーの言葉にアブドゥルラフマンがページをめくると、色あせた新聞記事が多数貼ってあった。
「・・・全部飛行機事故みたいだね」
アブドゥルラフマンはそう言うと、佳奈子にどういう記事なのかを聞いた。
「どうも、全部飛行機諸共が消失してしまった事故みたい。原因は分かっていないって書いてあるけど・・・・・・」
佳奈子は色あせた新聞記事に引かれたマーカーに気付いた。
「・・・全部地名にマーカーが引かれているわ!」
「もしかして、その飛行機たち、全部「黄土」の上を通っていたとか?」
ナタリーの言葉に3人がハッとする。
「ナイスだ、ナタリー。君ってやっぱり天才だね」
アルベルトの言葉に
「どうもありがとう。・・・佳奈子の言葉がなければ私も気付いていなかったけどね」
謙遜で返すナタリー。
「となると、・・・・・・デイン!」
部屋の隅で量子コンピュータを操っていた男性が顔を上げる。
「何?」
「最近地球付近で起こった有人固定型探査機の事故で原因不明なものをピックアップしてくれないか?」
「了解。インスタントヌードルでも作って待ってて」
デインと呼ばれた男性が高速でコンピュータを使いだした。
「真の「王」か・・・一体どういうことなんだろうね?」
アルベルトの問い。
「エンペラーってやつ?」
これはナタリーの発言。
「聖人みたいな人なんじゃない?」
佳奈子の推測。
「取り敢えず何かしらカリスマ性のある人なんだと思うよ」
アブドゥルラフマンの言葉。
「皆、リストアップ出来たよ。そこの地図に映すから」
デインの言葉に巨大スクリーンを見ると、
「・・・マジかよ・・・」
「殆ど、楼蘭王国の真上・・・?」
「成層圏超えても余裕じゃん・・・」
一同が声を失った。
「何?楼蘭王国について調べてんの?」
デインの言葉に、アルベルトが三回目の説明をする。
その説明を聞くと、デインは納得したかのようにしきりに頷いた。
「多分、俺のじいちゃんそこで亡くなってるわ~」
あまりにも軽いデインの言葉に、一同唖然。
「確か、カナコのじいちゃんと一緒に桜蘭王国の跡地に行って、「黄土」を探している最中に亡くなったって聞いた」
デインの祖父は量子コンピュータを世界で初めて作ったほどの凄腕の工学博士であり、それ以来デインの一族は皆コンピュータ関連の仕事についている。
「まあ、面白いもん見たさで「黄土」入って砂になったんだよ、多分」
デインの日常会話でもしているみたいな言葉に、事の重大さを見誤りそうな気がしたチームのメンバーは、一度この問題を保留にすることに決めた。
* * * * * *
一週間後。
再び「世界の救世主」の子孫が集まる会合が開かれた。
しかし、
「あれ?アブドゥルラフマンは?」
ナタリーが部屋を見渡しても、いつも時間に正確なアブドゥルラフマンの姿が見えない。
「便所かメシ食いに行ってるかのどっちかだろ~」
デインが欠伸をしながらそんなことをいう。
「取り敢えず待ってみようか」
佳奈子が人数分のお茶を入れる準備をし始めた。
会合開始時間を10分過ぎた頃、アルベルトが青い顔をして部屋に入ってきた。
「アルベルト、遅かったね~」
ナタリーが話しかける。
「そう言えば、アブドゥルラフマンが来ていないんだけど・・・」
佳奈子の言葉に、アルベルトが口を開いた。
「今朝今日の会合についてアブドゥルラフマンに連絡を入れたところ、2日前にロウラン王国の辺りに出掛けたまま消息が絶えていると秘書から聞いた」
アルベルトが発した言葉に、全員が驚愕の表情を見せた。
「それってもしかしてももしかしなくても・・・」
「「黄土」に入ろうとした、ってこと?」
ナタリーと佳奈子の発言に、重々しく頷くアルベルト。
「恐らくは」
「で、帰ってきていないということは・・・」
デインの言葉の続きは、この場の誰もが推測できることだった。
「ごめんなさい、私が祖父の部屋からこんなノート見つけてこなかったら・・・!!」
佳奈子が崩れ落ちる。
「君は何も悪くないよ。おじいさんの持ち物を整頓してて不思議なノートを見つけたら誰だって不思議に思って相談するもんさ」
アルベルトが慰める。
「ま、「黄土」のことは考えないようにしましょ!」
ナタリーが明るく言って、会合はお開きになった。
* * * * * *
前回の会合から2週間後。
今回は、ナタリーがまだ来ていなかった。
普段通りの佳奈子と、少し普段よりも早めに来ていたデインが顔を見合わせる。
「ま、ナタリーは時間に遅れることが多々あったしね」
努めて明るく振る舞おうとするデインに、佳奈子は動揺を隠せない。
結局、10分後に現れたアルベルトの口から、ナタリーも楼蘭王国に向かったまま消息が不明となっていることが伝えられた。
「・・・アルベルト、会合を中断してごめんなさい。・・・なんだか気分が優れなくて」
友人を二人も亡くしたショックからか、佳奈子は顔面蒼白、目が虚ろになっていた。
「・・・カナコ、気をしっかり持つんだ。君が悪い訳じゃない」
アルベルトが佳奈子の肩を抱く。
「近くに部屋を用意している。そこでゆっくり休むと良い」
「そうさせてもらうわ。・・・アルベルト、ありがとう」
佳奈子が退室したのを見届けると、アルベルトはデインに向き直った。
「・・・提案があるんだが」
* * * * * *
アルベルトが用意した部屋で休み、少し気分が戻ってきた佳奈子が会合が行われる部屋に戻ると、二人の姿はなく、机の上には一人分の高速航空チケットが置いてあった。
「・・・!!」
そのチケットは楼蘭王国の跡地付近行きであった。
佳奈子は自分の秘書に連絡し、近くの空港に向かった。
* * * * * *
楼蘭王国の跡地付近。
航空技術の進展のおかげか、飛空機は滑走路のない場所でも発着できるようになった。
佳奈子がオアシスの跡地に必要な装備と共に降り立つと、急な砂嵐が彼女を襲った。
一応彼女も祖父の遺志を継いだ、探検家の端くれである。
地図に従って、楼蘭の跡地へと歩を進めた。
そのまま1時間ほど歩くと、人影を発見した。
走って近寄ろうとすると、
「カナコ、止まった方が良い」
その人影が留まるように指示をした。
「・・・デイン?」
佳奈子が不思議そうに話しかける。
廃墟の中に立っていた人影は、デインであった。
「・・・どうして、ここに?・・・アルベルトは一緒じゃないの?」
佳奈子の発言に、デインが肩を竦め、ニヤッと笑う。
「俺たちも、「黄土」の存在を確かめて見たかったのさ」
デインの掴み所のなさは、こんな場所でも健在だ。
「二人で、ここが「黄土」だと思しき場所に入ったんだ。・・・次の瞬間、アルベルトは跡形もなくなっていた」
予想していた通りの答えを聞き、佳奈子は真っ青を通り越して真っ白になってしまった。
「なんてこと・・・」
混乱する頭の片隅で、ふと「ある事実」に気付く。
「・・・デインは何ともなかったの?」
佳奈子の問いに、「まってました」とばかりにデインが口を開く。
「どうやら、俺が「王」みたいだ」
佳奈子は、自分がノートを探し出したことを激しく後悔した。
ミステリーとサスペンスの違いが分からない仙崎。