勇者と魔王 たった一人の航空隊
血に染まった魔王が先程二人の部下を葬ったように隼人の機体の上に張り付く。
これで終わりかと一瞬隼人の頭によぎったが、
魔王から与えられたのは洗脳でも死でもなく疑問だった。
「貴方が今代の『勇者』ですか?」
全く意味が解らない。勇者か勇者で無いかがどう関係するというのか隼人には全然わからない。
たしかに軍内部では空の英雄と謳われることもあるが…
「んなこと知るかぁっっ。」
機体を強引に捻りこみ魔王を引き剥がす。
「……違うようですわね。ではとっとと終わらさせていただきますわ。わたくしも忙しいので。」
そういうと魔王は超速度で飛翔する。
隼人も遅れて速度を全開にする。隼人の機体は特別性で速度のリミッターをこっそり外してある。
これを知っているのは専属の整備員と第一分隊の自決したパイロットだけだ。
既に人間工学的要素からは外れている。速すぎて目視での戦闘は行えない。
更に魔王の飛翔速度も目に負えなくなっているが隼人に心配はない。
親友がレーダーでとらえ予測した
0,5秒後の敵の位置を的確に教えてくれるからだ。もはや目視で追う必要などはない。
隼人と愛機、そして親友がいる。三位一体、異国の宗教に則れば今の彼は完全な形なのだろう。
大気の振動爆発を気圧測定システムからの情報で躱し、
通信で聞こえてくる高感度カメラで観測された魔王のモーションから風の刃や突進を予測された行動を対処する。
己の五感を捨て、仲間と科学技術に完全依存する。
言うは易いが極限の状況で行える精神力は壮絶というに尽きる。
リミッターは外した。しかし単純に速度の違いはそれでも埋まらない。
リミッターなしの自転車とリミッター有りのF1マシンの競争みたいなものだ。
何処か遊んだ風に魔王は隼人の背後を取っていた。
隼人はここで賭けに出る。これから行うは超特級の空戦機動だ。
強引に機体を上方に起こす。その後エンジンを急停止させた。
ほぼ前方である進行方向に対し、空気抵抗の多い腹を見せることになった機体は急激にその速度を落とす。
急に速度を低下させた機体の下を『天上の音色』は潜り抜ける。
一方隼人の機体は失速し揚力を失い魔王の後方に落ちかける。
そのタイミングで再びエンジンを全開で点火。
今度は隼人が魔王の背後を取った。
俗にいう『木の葉落とし』だ。
伝説の空戦機動とも呼ばれ実現不可能というものもいる航空機動であり、
大型戦闘機においては完全に卓上の理論であった。
それでも隼人はそれをやり遂げた。今代最高のパイロットとも呼ばれる空の英雄の名は伊達ではない。
速度こそまだ回復していないが、この距離で背後からではもはや躱せないだろう。
ここぞとばかりに隼人は全弾を掃射する。
しかし、それでも…
「勇者であればいい手駒になったのですが……ハズレは要りませんわ。」
後ろに眼がついているかのように隼人の攻撃を認識した魔王は
減速しつつそのまま隼人の正面たる射撃軸線上から身をかわす。
その翅の一枚を残して。
相対速度はそれほどなかったはずであったが、
チーズを斬るように切断された隼人の機体は大空に散った。




