天奏高山帯奏話 第3音 後編
鈍感系クール主人公の弊害あるいは軽いNTR。
「クエルダ?クエルダなのか?」
9年ぶりの弟の声に思わず名を連呼してしまう。
「そうだよ。久しぶりだね。にいさん。」
ゆっくりと吹雪の中から現れたその姿は消えた時より髪、肌、瞳の色素が薄くなり、
しかし昔の面影を確かに残した弟、クエルダの姿だった。
「何処へ行ってたんだ。みんな心配してたんだぞ。」
「ふふふ、ははははは。心配してたんだ。してただろうね、それは。でも、
―――――――――――そんなのどうでもいいんだ、もう。」
「なっ、お前…。散々迷惑かけておいてそれは無いだろ。」
「『そんなこと』より、にいさんは強くなったね。わかるよ。凄く、強くなった。」
「『そんなこと』って…」
「『そんなこと』、さ。……それよりも知りたいなぁ。にいさんの今の強さと、その…血の味を。」
そういうと、クエルダは大弓の外側についた刃で兄であるハルマーに斬りかかった。
その大弓を両手の二股の槍で蟹がはさむように受け止める。
「………っ!?、『魔』に魅入られたか。」
「『魔』だなんて酷いなにいさん。みんな言ってるじゃないか『天使様』だって。」
昔と同じように互いの力は拮抗し二人の動きが止まる。
「村から出て分かった。『アレ』は天使様なんかじゃない。『魔王』だ。」
「『魔王』?天使様になんて言い方だ。みんなに怒られちゃうよ?」
「俺はその『魔王』を斃しにここに帰ってきた。」
「だったら……にいさんを殺したら、天使様は僕をより高みに連れて行ってくれるかな?」
そういって、クエルダは片刃の短剣の『背』を大弓の絃に当て、引いた。
その直後、ハルマーの右肩と左足の太ももに裂傷が入る。咄嗟にハルマーは距離を取る。
通常であれば弓使い、それも大弓を使うものに距離を取るのは上策とは言えない。
ただ、この現象が何かわからない以上このまま拮抗していても嬲り殺されるだけだった。
「くっ、何をした?」
「ふふっ、知りたい?知りたい?知りたいぃ~?――――――――でも教えてあげな~い。」
そういって再びクエルダはハルマーに斬りかかる。
超接近戦にまで持ち込まれば槍使いである以上ハルマーにとっての利が無くなり、かえって不利になる。
そう思いハルマーは早めに左手の槍で横一線に一薙ぎする。
クエルダの反応速度からすれば充分躱せる一撃だ。実際にクエルダはタイミングをずらし躱すが、
それはフェイクだ。
『もう片方の』槍で遅れて一閃の横薙ぎが続く。
思わず驚異的な跳躍で横薙ぎを躱したクエルダはそのまま空中で大弓の刃を向け再び短剣の背で弓の絃を引く。
再び謎の裂傷を生み出す技がハルマーを襲う。
しかし今度は謎の攻撃をクエルダは先程横薙ぎをした回転をそのまま使い弾き消した。
通常は不可視の一撃であった『ソレ』。
しかし、猛吹雪のおかげでハルマーには『ソレ』の正体がわかった。
加えて今まで一度もクエルダが矢を(.)放っ(.)て(.)い(.)な(.)い(.)ことがその推理を裏付ける。
矢の持ち合わせがないのではない。確かに『ソレ』があれば矢を持つ必要が無いのだ。
「判ったぞクエルダ。『ソレ』は『風の刃』だな。」
「凄いや、流石にいさんだ。よくわかったね。大体あってるよ。凄い凄い。」
そういってクエルダは大弓の外側の刃を向け短剣の背で絃を弾きつづける。
幾数回も不可視の刃を吹雪を切り裂くさまによる目視のみで判別し、
躱し、躱し、躱して、槍が届く位置から何度も何度も振るう。
クエルダはそんな兄の攻撃を大弓の刃で弾き逆に不可視の刃を至近距離から打ち出すが、
大弓の刃を向け短剣で弾く動作で見破られ弾かれる。
クエルダの攻撃の対処法を理解したハルマーは優勢になっていた。
一方、逆にクエルダの身体には幾つもの刺し傷、切り傷が入り、
それがより戦いの優劣を片方に傾けさせる。
「にいさんはやっぱり凄いね。ほんと凄いや。」
「茶化すなクエルダ。先程の打ち合いでわかったことがある。」
「何だい?にいさん。」
「お前はなぜ魔王に魅入『られた』。」
「だから天使様だって。『魔王』だなんて村の皆が聞かれたら知らないよ?」
「話をずらすな。…もう一度聞く、なぜ魔王に魅入『られた』。」
「…………にいさんは凄いなぁ。そんなことまでわかっちゃうんだ。
流石はこの一帯で生まれた初めての『勇者サマ』だ。」
「……どういうことだ。」
「だから『勇者サマ』ってすごいよねって話。」
「だからその話とお前とどう関係があるっ!!」
「……そういうとこは鈍いんだなぁ。にいさんは昔から。
だから気づかない、だから気づけない。昔から、昔からずーっとそうだ。」
先程までどこか茶化すような口調であった弟の口調が一気に低く、重くなる。
その豹変ぶりにハルマーは驚愕を隠せない。
「だから初恋の女の子を僕に取られた。だから父さんの期待を僕に取られた。」
「クエル…ダ?」
「安心して?二人とも今は土の下だよ。」
その口ぶりから何らかの形でクエルダが関わっているのは間違いない、間違いないのだが…
「なぜ……?」
「ノヴィアもいってたよ。………ほんと鈍いってのは罪だよね。」
「アイツが…?」
「ほんっとイライラさせるよねにいさんは。…僕はそんなにいさんがずっとずっと嫌いだった。」
「クエルダ?」
「ノヴィアもそうだった結局僕と付き合ってもにいさんの代用品。
父さんだっていつも言ってた。にいさんに僕の才能があれば、って。
でも一番はそんなことじゃない。許せないのはにいさん自身だ。」
「……俺が何をしたっていうんだ。」
「そういうところが一番ムカつくんだっていってるんだよ。
いいかい?にいさんは才能が無いから努力で補った。…本気でそう思っていたんだよね?
いや、今だってそう思ってる。まずそれが一つ目の間違いだ。
次に僕に父さんの戦い方がそぐわなかった、そうも思ってるよね。
…それも間違いだ。
最後に僕の方がにいさんよりみんなに期待されてると思ってたよね?
――――――――――――――――――――それが一番の間違いだ。」
「クエルダ…。」
「才能が無い奴が二槍術なんて使えない。僕だってそうだった。
憧れた父さんのようになろうとしてこっそり頑張ってたんだ。だけど駄目だった。
にいさんが二槍術をどんどん自分のものにしていく一方僕には何の進展もなかった。
…知っていたかい?父さんはかつて英雄に最も近い男と呼ばれていたこともあるんだよ?
旅の商人がそう言っていたんだ。僕もその後を継ぎ、超えて英雄になりたかった。
……だけど駄目だった。だから僕は我流に逃げたんだ。
知らなかっただろう?知らなかったよねにいさんは鈍感だから。
それだけで全部すむものだと思っているんだから。
あるとき天使様の声を聞いたんだ。「あの少年が高みに登る者になるのでしょう」と。
それが決定打だった。二槍術で負けたとしても勇者になれば僕の勝ち。
そんな希望が打ち砕かれたのは…。だから僕は天使様に高みに至らせてもらうためにここにいる。
僕にその力を与えてくれるのなら天使でも魔王でもそんなのはたいした問題じゃない。
だから――――――――――――――――――
僕は此処で兄さんを超えるっ!!!!!!」
そういってクエルダは短剣の『柄』を絃に当て引ききる。
引き絞られた大弓は短剣を矢とし解き放つ。
矢は高音を響かせ周囲の雪全てを消し飛ばしながらハルマーへ直進する。
今までの攻撃と比べこれほどまでに分かりやすい技もないがその速度、威力、覚悟、
その全てにおいて今までに放った度の技と比べても比較対象にならない文字通り最後の一撃だった。
ハルマーも全力でそれに答える。両腕を交差するように槍を後ろに引ききり、
「クエルダァァァァァッッ!!!!!」
交差するように一閃する。
音の矢と二槍がぶつかり一瞬の硬直の後、矢は弾き飛ばされた。
―――――――射手の胸元へ。
倒れた射手クエルダにハルマーは駆け寄る。
「はははっ…にいさんはやっぱり強いなぁ。」
「クエルダッ!!」
「無理だよにいさん。もう助からない。
それよりもにいさんに一度でいいから勝ちたかった。悔しいなぁ。……ほんとっ…勝ちたかったなぁ。」
それは軽口に隠された本音。それぐらいは鈍感だと言われ続けたハルマーにも理解できた。
「……そうだ、ノヴィアも父さんも流行り病で亡くなったそうだよ。
墓は村の南にある。墓参りにでもいってやって。
死ぬ間際までずっとにいさんを待ってたらしいね。さっき母さんにあってきたときに聞いた。」
「そうか…。」
「先にあっちにいって二人にはにいさんは元気にやってるって言っておくよ。
………そうだ。そういえば『魔王』を退治しに行くって言っていたね。
僕のこの弓の本来の持ち主『魔王 ベル・アルモニカ』様は音と風の使い手。
僕なんかより遥か次元の違う高みのね。気を付けてにいさん。」
そういって緩やかにクエルダの体から力が抜けていく。
「おいっしっかりしろ。」
「……母さんには適当に誤魔化しておいて。にいさんには難しいだろうけど。」
「…わかった。」
「次はあの世で戦おう。次は…僕が…か…つ」
「おかえり母さん。」
「あら、ハルマーおかえり。さっきクエルダが帰ってきてたのよ?
…でもにいさんにあって来るって言ってすぐに出て行っちゃったの。…クエルダには会えた?」
「あぁ……。でもなんか今仕事が忙しいらしくて直ぐ帰ったみたいだ。
母さんにはゴメンって伝えておいてって。」
「そう…、また帰ってきてほしいものね。」
「そう…だな。」
「お前を恨むのはお門違いかもしれんが、倒させてもらうぞ、『魔王 ベル・アルモニカ』」
『ミ』それは魅。邪悪な星の痕跡を落とす音で聴きし者の心を毒に染め魔の軍勢に加えられる。
クエルダ スペイン語の弦楽器INSTRUMENTO DE CUERDAから
ハルマー スペイン語の兄HERMANOから
ノヴィア スペイン語の花嫁NOVIAから




