天奏高山帯奏話 第2音
今日もマウンテンクラブは山を登る。なぜ登るのか?――――そこに山があるからだ。
山の頂点を征服した時新たなる高みに登れそうな、そうでなくても登るだけで満足できそうな自己満足でいい。
そんな思いでマウンテンクラブは今日も山を登る。地を歩く者にとって険しいことこの上ない山岳地帯。
それがこの天奏高山帯。ツタに覆われて歩き難かったり、地すべりしたりする崖も多い。
しかしマウンテンクラブは登山のエキスパートであるホッパーゴートを捕食する程度には登山のエキスパートなのだ。
しかしこの天奏高山帯、その中でも最も標高の高い霧に覆われた峰には熟練のマウンテンクラブほど登ろうとはしない。
登山家の本能より生物としての本能が告げるのだ。あの頂に登ってはいけない、と。
しかし時折そんな老蟹の戯言など意も介しない若くしてマウンテンクラブにまで進化したものは登ろうとしてしまうのだ。
最近の若蟹は理性的かつ合理的で無茶無駄無理はしない傾向があるが、それでも登るものはいるのだ。
――――だってそこに山があるから。
そもそも、蟹達が会話しまくってる印象なんかないので若蟹に忠告する老蟹なんて存在するのかどうかも疑わしいが、
大事なのはそこではなくとにかくその頂に登ろうとする蟹が存在するという点だ。
今日も一匹蟹が山の頂上へ向かっていく。その様子を偶然確認した地元の住民は歓喜する。
なぜなら天使様が巨大な化け物蟹を退治し、その殻の一部を彼らに恵んでくれるからだ。
この地域では非常に高品質の武器、装具が作られる。
その理由がこのマウンテンクラブだ。
通常高ランクモンスターは良い素材になることが多いが、代わりに倒すことは非常に難しくなる。
しかし、倒さず手に入るのならどうだろう?
普通であれば絶対に敵わないような高ランク素材が手に入ってしまうのだ。
無論そんなに高ランクモンスターが多いわけではないのだが、ほんの時折でいいのだ。
ほんの時折の偶然の様な1回だけで集落中が潤うだけの収益が出る。
加工は難しいが、この地域では高所からものを落とすことを利用した伝統加工技術が発達している。
これがモンスターのレベルが基本的に高いこの天奏高山帯に人々がひそひそと隠れ住んでいる理由の一つだ。
その他の理由として、電気を生み出す基本的に高山にしか生息しないなビリビリバードが高値で売れるということもあるが、
其れを行った業者の居た集落が一夜にして集中落雷により黒焦げになったこともあり、
以降は表立ってはおこわれてはいない。
マウンテンクラブは陸蟹系上級モンスターである。蟹特有の横歩きで狭い道も登っていけるし、
猛者ともなると鋏を交互に崖壁に突き刺して同じ陸蟹のクライミングクラブのように登るものもいる。
先程山頂を目指していたマウンテンクラブはホッパーゴートの集団を見つけた。
そういえばお腹がすいてきた気がしたマウンテンクラブはホッパーゴートを食べることにした。
ホッパーゴートの集団の一匹が蟹の姿を発見し山羊の集団は必死に跳ねながら崖の上へ逃げ出すが、
同じく崖を登る巨大なカニの一歩と山羊の一回のジャンプでは距離に差がありすぎた。
普通であればそれでも険しい崖が外敵から身を守ってくれるが、今日の外敵からは崖は守ってくれなかった。
遂に集団は蟹に追いつかれ遅いものからその鋏の餌食となっていく。
切断しきらないギリギリの強さで挟まれ、口に入る瞬間食べやすいように切断される。
パニックになったホッパーゴートは互いを押し合い何匹かは蟹の口ではなく谷の口の中に落ちていった。
そんな山羊には地獄、蟹には休憩程度の時間が終わり、再び蟹は山頂へ登っていく。
最早霧が濃くなりすぎて足元さえも見えない。まるで霧が行く手を阻んでいるようだった。
霧によりおおよその外敵から隠れられるこの環境は小動物には利点があるかもしれないが、
大型の、しかも積極的に動く生物には常に足場を踏み外し崖の底に落ちる可能性をはらんでいる。
しかしマウンテンクラブは登山のエキスパートだ。
脚の裏で敏感に地形を感じながら、しかも速度をそう落とすことなく進んでいく。
そしてようやく頂点に辿り着こうとしたとき、
「むさくるしいものがアポイントメントもなく住処に入ってくるのをにこやかに許容するほど、
優しくは無いんですの、わたくし。」
蟹に聞き取れない言語とともにその身体は真っ二つに切り裂かれた。
「…でもカニみそに罪はありませんわ。KANIMISO KANIMISO~♪」
その後崖の底に蟹の残骸が降り落ちていたのが見つかった。
今回は脚2つと鋏が一つ見つかっただけであったが、集落の村は大層賑わった。
『レ』それは裂。音の刃により殺された者達の体液が海を創る。




