第50話 片割れの鈴
散々やっちゃっておいてなんだが彼女が羽化するのもこれで3回目だ。
精神的には万を超える月日を生きており、それでもメンタルの脆弱さはぬぐえないものの、
そろそろ大きすぎる自分の力の変わり様に羽化暴走する歳でもないので、
大体羽化後恒例のジェノサイド無双は今回は無かった。
だが、その悪質な能力の性質と本虫の性格から、羽化暴走に関わらなくても、
結構ジェノサってた。
「泣きなさい」
「喚めきなさい」
「そして死になさい」
ベルがそのように命じただけで力や意志の弱いものは自ら命を絶つ。
ベルは探していた。あの『鈴』の音を。
だから、邪魔なのだ。……それ以外の全ての音が。
野ブタの呼吸を止め、母鳥が温めている卵の鼓動を諸共親子丼に変え、
森に入り込んでいたヒトのオスとメスの二人組を互いに殺し合わせ、
とにかく風に揺らぐ木々の葉音以外の音を抹消していった。
そして、目的のものは案外早く見つかった。
レイザーベルケット Aランク相当スズムシ系モンスター
通常のレイザーベルケットはランクB-であるが、この個体は違う。
この個体は汚染領域よりある力の一部が流れ込みAランクにまで引き上げられた。
その力とはミダスによって削られたベルの力の一部である。
元の持ち主の性格とは違い、スズムシはその力を森の守護者として、
パワーバランスの調律に使っていた。
スズムシは決めていた。それほどこの森のパワーバランスに関わるほどの存在でもないが、
次、あの虫が立ちはだかるようならこの森から排除してやろうと。
そんな余裕じみた考えが甘かったのか、排除対象は今、強力な力を取り戻して森の平穏を破壊し尽くしている。
スズムシは飛翔し、その鋭い翅で切り裂こうとしたが、前回と違い今回は排除対象にも翅が生えていた。
蜻蛉のように速く、蝶のように軽やかに、蜂のように正確に飛ぶ翅が、である。
レイザーベルケットの翅をベルは己の翅で浮かすようにいなす。
そして反対側の翅を反転するようにぶつけるが今度は逆に躱されてしまった。
何合か打ち合った後、互いに距離を取り、同時に質量すら感じそうな轟音をぶつけ合う。
音で敵を探し、音で敵の攻撃を躱し、音で攻撃し、音で防ぐ。
余りにも自分の力と近しいスズムシとの攻防の中、スズムシの中に己の力の一部が眠っていることを気づきとる。
「わたくしの力返していただきますわ。」
ベルはその音量と指向性を一層強めるが、その瞬間を狙ったかのようにスズムシは己の演奏をやめ、
槍のように空気を抉りながら迫る爆音に対し、自らの翅で包むような形でその爆音を跳ね返す。
思わず回避し無事躱しきれたベルであったが、ベルの後ろの木々は全て葉を落としていた。
「我ながら恐ろしい威力ですわね。」
その後も互いに音による攻防が続く。
ベルの指向性爆音にレイザーベルケットは再びその翅で包み込むようにさらに指向性を高めて跳ね返す。
しかも今度は自分が音源である音を上乗せして、だ。
しかしベルも今度は避けることなく音響を特定方向に反射させる結界を作り出し、同様に音量を跳ね上げて返す。
危険な音響爆弾のラリー合戦の中、
ベルもレイザーベルケットも互いの中で『音』の力がだんだん共鳴と共に強くなってきているのがわかった。
もはやベルの中で、周囲の爆音より自らの中の『音』が激しくなってきたときだった。
ベルは相手の中の『力』に強烈に引き寄せられ呑みこまれそうになりながらも気力で音を打ち返した。
その直後だった。スズムシが急に苦しみだし動かなくなったのだ。
原因はベルにはわかっていた。ベル同様自分の中の『力』の共鳴増幅に耐えられなくなったのだ。
そんなに苦しんでいるからと言ってベルが打ち返したもはや殺傷兵器である音は待ってはくれない。
スズムシはその翅を残して蒸発した。
残された翅を齧ると、ベルの中には以前の通りの、いやそれよりも成長した力が帰ってきた。
ソルフェージュホーンフライ、新種であるシンフォニアホーンフライの更にイレギュラー種。
ソルフェージュ。それは音楽の基礎の基礎。読譜能力。つまり譜面から音を読み取る能力。
成長した力を取り戻した今のベルにとって、世界そのものが譜面。
天使のように美しい悪魔のように破滅的な音色を奏で、
あらゆる音を認知理解演奏できる存在。それが今のベル。ソルフェージュホーンフライである。
音を聴き、音を打消し、音を作る。まさに音界を統べる者。
最早、音に関して彼女に敵う者はいない。
こうして、彼女は『天上の音色』に近づいていったのである。
「ふふっ、演奏してさしあげますわ。この世界そのものを。」
SKILL RANK UP、ソルフェージュ→アブソリュートソルフェージュ。世界を譜面として読み取る聴覚系最高位の能力。
羽化暴走
一部の虫、特に上位種で幼虫と成虫とで力の量や質が違いすぎるものの中には、
己の力の最大量を自覚するために羽化直後に本能的な暴走機能が発生することがあるが、
同じ種でも起こるものと起こらないものがいる。
自分の力の自覚が目的であるためか、
幼虫時に非常に強い刺激を受け、親と別種に変化したものに起こりやすい。




