第41話 二つの『鈴』
蜂の系譜であるリーエスを見逃したベルは、精神的にかなり消耗していた。
よく死んだとしても他者の心の中に息づいている以上は完全な死ではないとかそういう話はあるが、
では逆に、生きていたとしても他者の心の中で別人であるなら、その者は『その者』だと言い切れるのであろうか?
最後の転生の際にこの世界にいた前世の自分との比較はベルはあまり考えないように思考を封印してきた。
性能的な部分ではなく、蜂社会でのコミュニティー的な意味での話だ。
当然、他者が何と言おうと、自分自身がその意思を持って自分を肯定し、私は私だと言い切れる精神力があるものならばいい。
恐らく、どこかの最強の魔王ならそういう結論に至ったであろうが、ベルはそこまで強靭なメンタルはしていなかった。
やややさぐれた普段の余裕さが無くなったベルは周囲にいる生き物を殺して苛立ちを抑えるべく周囲を音で索敵した。
普段のベルであればサンドクリーパーの身で倒せる相手とそうでない相手を判断することができただろうが、
自身が理解する以上に焦燥していたベルはその判断を見誤った。
ベルはサンドクリーパーになってから、自分以外のもので目の前で音楽活動するものを生かしては来なかった。
話は変わるが、一般的に鳴く虫といえばなんだろうか?
すくなくとも、アリジゴク系統のアミメカゲロウ科幼虫にはそんなイメージは無い。
ではセミか?確かにセミはデシベル的な意味では上位に入る。十分にランクインはするだろう。
ではキリギリスは?童話にも音楽家として登場する。しかしキリギリスの亜種の中には更なる適任者がいる。
日本においても平安時代から貴族にたしなまれ、童謡にも登場する美しい鳴き声の虫。
そう、スズムシだ。
ベルは現在の自分では勝てない強さを持った別の音楽家に出会ってしまった。
ベルは得体のしれない有象無象どもと協奏するつもりなどない。
つまりはどちらかがステージから降りるしかないのだ。
ベルは遭遇したスズムシ型モンスターに対し、脅威ではなくその焦燥が転じた八つ当たりじみた憎しみを感じていた。
スズムシはその名の通り鈴のなるような音色で、海外においても鈴が転じた英名で通っているほどだ。
また、実在するスズムシはあまり目が良くない。というのも音に頼りすぎるあまりか眼の一部が退化してしまっているのだ。
スズムシ型特異体種モンスターのレイザーベルケットに関しても同様で、目はそれほどよくはない。
しかし、彼もまた、音を使って敵を探し、音を使って戦うのだ。
ベルは地表にいる相手にここ最近そうしてきたように、強力な振動を発生させ、レイザーベルケットの脚を地表に固着させようとする。
地表に足を縫い付けられたレイザーベルケットは慌てることもなく、同規模の強さの逆の波長を発生させ振動を打ち消す。
そのまま前2枚の翅を上に高く掲げ、パラボラのように掲げた二枚の翅をアンテナにし、
強指向性を持った強力な音波を発生させる。
かつて母が褒めてくれた鈴のような鳴き声は2匹もいらないと、
ベルは副作用的に大気中より早く地表を先行してきた本命に比べ微弱な波を感知し、音波を躱し特攻する。
それを、レイザーベルケットは余裕を見せつけるように軽やかに―――――
―――――飛んだ。
飼育用のスズムシしか知らない人は知らないだろうが、本来野生のスズムシは飛べるのだ。
スズムシは雑食性の可飛行虫なのだ。
空を飛んだことで、咄嗟にレイザーベルケットの行方を見失ったベルに対し、レイザーベルケットは空中でその翅が下を向くように体勢を変え、
直下のベルに対し強烈な音波攻撃を浴びせた。
音に敏感なベルだけにその衝撃は凄まじく、その意識を完全に失った。
その後レイザーベルケットベルケットはベルの身体を喰らうでもなく茂みの奥へと帰っていった。
まるで後進のこれからの成長に期待しているぞとでもいう風に。
レイザーベルケット
スズムシ型特異種モンスター
視覚よりも聴覚を主流な情報源として利用する。
その名の通り鋭い切れ味の攻撃が売り。
肉弾戦だけでなく、音楽性にもそのキレは現れている。
何かの『力』が混入したことでこれほどまでの力を手に入れたらしい。




