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第40話 響いた音

蟻は蜂の親戚です。

アリジゴクのように悪辣で、蜘蛛のように冷酷なベルにも殺せない、というより殺したくないものがある。




一匹の羽アリがふらふらと空を飛んでいた。彼女はある使命を抱えており、生真面目すぎた彼女は不眠不休とまではいかないが、

最小限にも満たない休息で動いていた。


リーエスはアリのモンスターの女王の次女として生を受けた。

彼女の巣の近くで『ソレ』は発見された。

彼女は『ソレ』を届けなければならない。

『ソレ』を届けて彼の国でただ待ち続けるあの方に擦り切れそうな希望に裏打ちされる絶望に終止符を打たなければならない。

その信念を原動力に生えたばかりの翅で飛び続けた。


彼女の言う彼の国の頂点に在られるあの御方は、リーエス自身の祖フォミカの妹の娘に在る。

つまりリーエスの遠い叔母の様な存在であった。

あの方、つまりスセリは今もなお確立されたといっても過言ではない終わらない絶望の中で姉であるベルの生存という希望を待ち続けているのだ。


その希望に未来があるのならばいい、しかしリーエスが咥えていた『ソレ』、

つまり、いまだかつてこの世界に2匹といないシンフォニアワスプの一対の翅がその希望を否定している。

ならば、その事実を早く伝えスセリを楽にせねばならないと考えた彼女の母親、つまりはその巣の女王アリは誰かにこの翅を極東まで運ばせることにした。

しかし、一般のアリでは極東にまで生かすのは心許ない。そもそも一般のアリでは翅が無い。この時点で島国である極東の日出る国にまでは行けない。

そんな中女王の次女であった彼女は自ら志願した。

長女である姉には新たな後継者として残ってもらわなければならないし、

妹達にはそんな危険でなおかつ婚期を逃しそうなイベントに参加させるわけにはいかないからだ。


結果彼リーエスは猛烈な自薦のすえ、この使命を受けることになった。





ベルが最近はまっているアリジゴクスタイルで待ち構えていると、空を何かがふらふらと飛んでいる羽音を感知した。

もう飛んでいるというより、落ちるのを耐えていると言った方が適当なほど弱弱しい飛び方だ。

しかし、ベルはそのようなものにも容赦はしない。下降気流を発生させ、地面に押し付ける。

当然の如くリーエスは下降気流に直撃し思わず口から翅を離し、地に落ちた。




アリジゴクに落ちた哀れな獲物をベルは地表を伝う振動から、その姿を探り出す。

――――探り出して、思わず硬直してしまった。かつて獲物に情けなど懸けたことのないベルが、だ。


その獲物の形は『ハチ』に似ていた。


「っな……」


そんなベルの様子とは裏腹に、リーエスは崇高な使命を邪魔する障害に対し戦闘態勢を取っていた。

たとえ戦闘を行う体力がもう残っていなくても彼女は……


「こ…の、薄汚い…塵蟲…がっ、始祖…フォミカ様の…血を…継ぐ蟻族が…姫、このリーエスを、敵に回したこと…冥府で後悔…するがいい。」

遥か遠くには誇り高い蜂族の血を受けた至高の戦闘種族の姫である。

地を這う(サンドクリーパー)如きに舐められるわけにはいかない。

しかし、一方で彼女は使命を果たさなければならない。

ならばどうすればいいのか?


――――――目の前の害虫を駆除し、再び目的地にまで飛んでいけばいいのである。


一方ベルは困惑していた。アリジゴクのように、カエルや鳥や他の虫達を殺しておきながら、

決して彼女には『アリ』は殺せないのだ。『ハチ』で在りたかったと切望する彼女には決して『ハチ』に連なるものは殺せないのだ。

そして、『フォミカ』。同名の別個体でなければ、母から聞いた母の姉、いや、更にオス蜂であった頃の記憶までさかのぼれば、

デュカリス姫と自分たちを生かすために、その翅を放棄して殿として残ったジャイアントヴェスパの女王スペルヴィアの第二王女だ。


もはや聞くことはないと予想もしていなかった名前にベルは更に動揺する。

消耗し尽くした体力と受け身を取ることなく墜落したダメージとでいくら最強種の系譜を継ぐ目の前の羽アリであっても勝てるかもしれない。

しかし空気を殺すような闘志だけは手負いの獅子そのものの気迫であり、サンドクリーパー如きでは届かないような格の差を感じさせる。

しかしそもそも、ベルにはリーエスと交戦する気はない。見逃して逃げたいのだ。


その考えはそのあとリーエスに次いで落ちてきた『シンフォニアワスプの翅』が地に落ちてきたときに変わった。

完全に動揺が振り切れてしまったベルは思わずその翅に近寄ろうとする。――――そのときだ。


「その薄汚い身体で…『ベル』様の御翅に触れるな下郎がっ!!!! 下郎…如きが『ベル』様の御亡骸を汚すなど…無礼が過ぎるぞっ!!

スセリ様のもと……に…運ぶまで何…たりともこの御翅には…触れさせはせん…」


リーエスの蜂族のプライドに完全にベルは触れてしまった。

リーエスは咄嗟に『シンフォニアワスプの翅』を取り戻そうと飛び出そうとして、うまく飛び出せず地を這いながらも再びその口に咥える。


その言葉はベルの停止させた精神を激しく揺さぶった。


『ベル』様の翅

『ベル』様の亡骸



デハ…ワタクシハ…ダアレ?



閉ざしていた感情が暴発する。

ワタクシハ…ダアレ?

ワタクシハ…ダアレ?

ワタクシハ…ダアレ?

ダアレ?ダアレ?ダアレ?ダアレ?ダアレ?


アノシンフォニアワスプノナキガラコソガ『ベル』。デハ、ワタクシハ?




――――――ダアレ?


ベルは今まで抑え込んできた感情が放出し暴走しそうになりながらも頭の片隅では冷静な部分があった。


スセリニ、『アレ』ヲミセレバ、スセリノナカデ『ベル』ノシガカクテイスル?

『ワタクシ』ハシンダコトニサレテシマウノ?アリエナイアリエナイアリエナイ。





―――――ソンナノゼッタイユルサナイ。


ユルサナイノナラバドウスレバイイデスノ?キマッテイマス。カノジョノシメイヲツイサセレバイイダケデスワ。


高い指向性を持った超高音の振動を地にはわせ、振動でリーエスの脚を地に固着する。身動きできないリーエスに対し、

その顎を振りかざし――――――








その翅を斬り落とした。

やはり、ベルには『ハチ』は殺せなかったのだ。

ベルは超高経験値体でもある、『シンフォニアワスプの翅』の欠片をリーエスの口に押し込んだ。

(命までは奪いませんわ。でも、これでスセリの所には行けませんわね。)

しかし、誇り高いリーエスにとってそれは殺されるよりも死に近いことだった。

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