第18話 孤独の独奏者(ソリスト)
絶望の御裾分け
無垢な妹たちを騙すのに苦痛を感じたのか、いつしかベルは巣にはあまり戻らず、
ただ妹たちの為にと獲物を狩りつづけるようになった。
彼女はその音色を響かせながら狩りに行く。通常のモンスターは敵ではないながらも、
あのサンコウチョウに出会ってしまえばおしまいであった。
しかし彼女はサンコウチョウに発覚することを危惧しながらも見つかって殺される可能性を十分に孕んだ歌いながら舞うということをやめはしなかった。
その破滅的な音色は美しすぎて怖気がするほど退廃的であった。
彼女は歌い続ける。世界を呪うように、己を呪うように。
かつては妹たちに聞かせていたその音色は、今はただ誰に聞かせるためでもなく獲物を狩るBGMでしかない。
拙く歌う妹や演奏を聴く巣の蜂達を愉しませる調べではなく、
単なるベルという狂想の殺戮者の到来を獲物たちに知らせるプレリュードであった。
様々な音を使い獲物を攪乱したり、驚異的な聴力で獲物を探したりしなくても蜂型モンスターの成虫というだけで弱者にとっては脅威である。
その到来の前兆が聴こえた時、どんなに息を殺しても、どんなに静かに移動しても、どんなに遠くへ離れても、
僅かな音を聞きつけて殺しに来る。その恐怖は推して図るべきであろう。それは生前葬の葬送曲、死の調べで在った。
今日も森の中に悲しくも恐ろしい音色が響く。魔王の奏者が到来したのだ。
そこに住まう生ある物たちは一斉に逃げ纏う、めいめいに恐怖のあまり鳴き声をあげながら。
しかし魔王の奏者は不協和音を許しはしない。地をかけるものはそのヴァイオリンの弓のような腕で切り裂かれ、
飛び上がった空を飛ぶものたちは演奏とは別に発せられた超音波で墜とされた。
一匹のイタチのようなモンスターがいた。彼は見た、地が赤く染まり天を舞うものは地に伏すのを。
それはそれは恐ろしい光景であった。すでに彼の両親兄弟はあの魔王の奏者に殺されている。
しかし彼のような弱者に出来たことは復讐ではなく脅えることだけであった。
他の逃げ惑うものが次々と殺される中、彼は体が竦んで動くことができなかった。
魔王の奏者たるあの雌蜂が演奏のフィナーレに入った時には既にほかの生き物は何一つその命を絶やされていた。
しばらくすると演奏という名の虐殺が終わり、ようやく体が動くようになった彼は逃げることにした。彼はこの時安堵した。
助かった、と。
「―――――――助かったのかとでも御思いでしたか?」
『何も』聞こえてこなかった後ろから突然蜂の羽音と何か音がし、首筋に何かが当てられたと思った次の瞬間には彼はその意識を永遠に手放した。
孤独に演奏し続ける独奏者の心は日に日に崩壊しかかっていた。もう狂い始めていたとしてもおかしくなかった。
或いはすでに狂っていたのであろう。彼女は自分と共演、いや狂演できる者を探していた。
そしてベルが見付けた答えは、
「お客様方にもわたくしの『演葬』にご参加していただければよろしいのですわ。」
彼女の先に続くは血塗られたレッドカーペット。