夕焼け
受験シーズン真っ只中の高3はみんなこうなんだろうか。いや、そうではない。
放課後の教室に残って参考書を開いていた友達は、
「さっぱりわからん!」
と叫んで職員室へ行ってしまい、居たはずの数人の男子もいつの間にか消えていて、私一人が残されていた。
この前の模試のできの悪さと「やることはやっている」とは言えない自分に落ち込み、これも自業自得な結果だ、なんてしょんぼりして。
ため息をついて夕焼けに染まりつつある教室をぼんやりと見つめていた。
「よーす。」
「あぁ…さくらちゃん。」
突然の後ろからの侵入者:咲良恵。
「だーかーら、その呼び方は止めようねっていったじゃーん。」
さくらちゃんは、れっきとした男の子である。
ただ、見た目も爽やかで二重なお陰で女子から可愛いと評判だ。それプラスバスケで鍛えた逞しさもあって、まぁモテるらしい。
「どうしたの?咲良くん。」
「…なんかむかつく。
ただ通りかかったら黄昏ちゃってる千恵ちゃんを見つけたからさ。」
そのわざとらしい呼び方。
「…おあいこね。
で、この時間にかっこいい咲良が1人って事は、告白でもされちゃった?」
「あ、ばれた?今日は後輩だったよ。」
得意げに笑う咲良。
「やるねぇ。可愛かった?」
「まぁね。でも俺の好みとは違ったな。去年のミスコンだった子。」
確かめちゃくちゃ可愛くて、うちの学年からもファンがいたはず。
ふわふわした可愛らしい子。
思わず苦笑してしまう。
「うわぁ~そりゃすごい。
それを好まない咲良の理想ってどんだけ高いの。」
ちょっと考えこんだような顔になる咲良。
「うーん。そんな高くない筈なんだけどなー。」
ふむふむ。と考えるような仕草をしながら咲良は言う。
「…で、なぜ頭?」
「うん?何となく?手を休めたくて。」
今、咲良の片手は私の頭に乗っている。
時々咲良はこうする。
調子にのり始めるとぽんぽんと弾む。
でも、今日はなでなでだ。
「いつもと違う。どうした?」
咲良を見上げてみる。
「櫻井さ、さっき落ちてただろ。」
……おぉ。
「…悩める乙女。」
「は?」
「みたいな。」
両手を両頬に添えてポーズをしてみる。
顔をしかめる咲良。
「真面目に聞いてみたっつーのに。」
「あは、ごめんごめん。ちょっと勉強疲れでぼんやりしてただけだよ。」
と、ちょっと誤魔化してみる。
私の悩める乙女も実は真面目だったんだけどなー。
「ま、そんなら良いんだけどさ。
今の時期はどうしてもさ、いろいろキツいからな。」
そう言って、なでなでぽんぽん。
そろそろ髪ぐしゃぐしゃだなーと思いつつ、私は楽しんでいる。
咲良のお陰で私は頭が弱いと知った。
頭を撫でられると安心して、ほくほくする。
同時に錯覚も起こる。
自分は、この人のこと、好きなんじゃないかって。
「そろそろいい加減にしてくれー、頭ぐしゃぐしゃになる。」
「良いじゃんか。すぐ直るし。」
「まぁね、頭なでられることは私もイヤじゃないけどさ。」
「むしろ好きなんじゃね?頭って女子の弱点らしいよー。」
わかっててやってんのかい。
「そうかもねー。だからやたらとやっちゃダメだよ。ここぞという時に使わないと。本気で落としにかかる時とか。」
目をさりげなく逸らしつつ、図星な事をごまかそうとした。
「そうだねー。
……ったくこっちこそいい加減にして欲しいよな。」
「?」
突然何の話かと咲良を見上げると、同時におでこに変な感触。
「……へ?」
「ここぞという時に使いまくってるけど、なかなか落ちてくれないよね。」
拗ね気味の咲良がいた。
「……こ、これは」
「告白。
ちゃんと受け取れよー。
おまけにでこにちゅー。」
頭にハジメテノチュー♪が流れ始めると、真っ赤になった自覚があった。
…今日の夕焼け、ナイスフォロー。
「高3のくせに初々しいですね。」
余裕そうな咲良。
むかつく。
「……受け取ってなんかやるもんか。」
「は?」
なけなしの対抗心を出してみる。
「……わかった。じゃあ」
ちゅー
「……。」
「どうですか?降参?」
「……参りました。」
そして夕焼け空は微笑んだ。
と思う。