元ボスと遅い恋文の話
俺の手が届かないところにいるあの方に再会すること。
それが目標。
アイツと約束した“生き延びる”という信念を糧に、俺は前に進む。
死ぬことは許さない。
あの方に会い、謝罪すること。
あの方に生きることを赦してもらうこと。
あの方に、出来ることならアイツを…―――
ザアアアア…
まるでバケツに入った水を振り撒いたような土砂降りの雨。
とある砂漠に囲まれた地域では“恵みの雨”と呼ばれているらしい。
そんなのはどーでもいいけど。
思い出しただけだし。
にしても、全身痛ぇな。
全身泥や血で汚く、とても惨めな姿。
旅人だから綺麗な服は着ていない。
機能性に優れた衣類に、武器を隠す為のボロボロのローブ。
後、必要最低限の物が入った布袋だけ。
そのローブも逃げる時の目眩ましに使い、今は手元に無い。
「あー最悪だ」
あれがないと野宿の時に困るのに。
風邪をひいちまう。
ゴン
腹いせに薄汚れた壁に頭を打ち、次に背中を預けた。
めちゃくちゃ疲れた。
一休みしたい。
のは山々なんだが、何時までも此処でのんびりしてたらその内此処の住民に襲われてしまう。
死んでしまったら意味がない。
ここら辺は人殺し、者殺し、スリ、万引き、誘拐、売春、薬とかが当たり前のようにあるスラム街の中心。
俺が強ければ堂々と一寝入りできるんだが、生憎“今は”そこまで強くない。
自分を護るだけでいっぱいいっぱいだ。
このスラム街に入ってから住民に殺されそうになって殺り返した回数は少なくない。
無勢相手なら、ね。
でも、準備万端の武装した多勢相手とか流石に泣けたね。
勿論即行で逃げた。
カッコ悪くたってそうしなきゃ死ぬし。
此処で死にたくない、俺は生きたいんだ。
俺には目標がある。
それまでは死ねない。
死なない。
ガリッ
痛む体を無理矢理立たせて、腰に携えた武器を確認する。
よし、壊れてないな。
2丁の色違いの長銃が旅の相棒。
他にもサバイバルナイフがあるけど、戦闘ではなく缶切りとか邪魔な草を切り落とすくらいにしか使わない。
「ぃっつ…」
先程後ろから切りつけられた傷口から血が流れてる。
ジクジクしやがるしもう最悪。
くっそ痛いし熱い。
しかし、残念ながら治癒魔法は苦手なんだ。
無理にやると無駄に魔力を消費するから、もう傷口はほっとく。
辛いけど無視だ。
血に塗れた指先をズボンで拭い、乱れた髪を耳に掛ける。
「あーあ、近道しようとか思わなけりゃ良かった」
気持ちが急いでいたから失敗した。
急がば回れが正しかった。
後悔。
というよりかは反省。
壁に張り付き、角から向こうを注意。
いるのは老人と子供のモノゴイだけ。
周りに敵がいないことを確認。
後ろにもいない。
殺気も無し。
両足を軽く叩き、青い光が腰から下を包むのを待つこと五秒。
準備万端。
地面は滑ってるけど何とかなるレベル。
人間や者は飛び越えて先に進む。
敵は、殺す。
行けそうか?
…行く。
グリュ、ダンッ!
跳ねるようにその場を駆け出した。
五分でスラム街を去るのが目標。
自慢の脚力を活かし、コンマ二秒で五百メートルを駆ける。
さっき囲まれた時もこうやって逃げた。
が、テンパったせいで足に魔力を溜めるのに手間取り、この様だ。
あの方がいる城が近くに在るという噂を聞いてから失敗が多い。
この前だって油断してたら財布を盗まれそうになった。
駄目だな。
気が緩んでる。
何時か死ぬぞ、俺。
此処で死んだら後悔しまくるぞ。
村にいる幼なじみや両親を説得したんだろ。
家を捨て、あの方に会う為に旅を続けたんだろ。
良いのか?
目標は目の前だぞ。
死んだら駄目だろ?
駄目だろ、俺。
スゥ
冷静になるに連れて目が据わり、目元の刺青が広がるのがわかる。
「おい!アイツがいたぞ!」
「なに!?」
目が良い奴が俺の存在に気づいた。
だが、気づいただけでは何もできない。
グッ、と地面に向ける力を右足に込める。
背中に羽を生やした鳥獣族の男が此方に迫る。
が、その速さでは俺に適わない。
メリメリと手の平の皮膚を突き破る骨。
オケ、殺れる。
グシュウ!
鳥獣族の男の仲間らしき男が振り向くより先に、鳥獣族の男の脳天を骨で突き破った。
そして衣服についた汚れを払うように男を壁に叩きつけ、奴の仲間が完璧に振り向いた時には二十キロメートル先を走っていた。
突然仲間が壁で真っ赤に染まり、空いた穴から脳味噌が零れる光景を目の前に空いた口が塞がらない仲間。
「ぅ、そだろ…」
ガクン
膝から地面に崩れ、数秒前まで取り分をどうするか笑い合いながら話していた仲間の為に涙を流した。
カモにする相手を間違えた、と後悔しながら。
その間に俺はスラム街を出ていた。
街と外を隔てる門を潜った辺りで魔力は底をつき、刺青も元の大きさに戻ってしまった。
骨も体内に埋まり、足の光りも無くなった。
魔力を使いきった今、頼りになるのは相棒だけ。
魔力が無くても足の速さは俺の長所。
きっと何とかなる。
あの方に、
「魔王様の元に戻れる日までは、死ねない」
呪文のように何百と繰り返した言葉。
ゼェゼェと息苦しくなる肺に無理矢理酸素を吸収させ、激痛に朦朧となる意識を気合いで保つ。
虚ろな瞳で周りを威嚇しながら黙々と前に進む。
その後ろで、ローブを被った子供が後をつけていたことに、俺は気づかなかった。
いや、気づく余裕すら無かった。
やっとの思いで街から三キロ離れた荒野に辿り着いた。
ヨロヨロと老人のように頼り無い足元で、大きな岩場の陰に身を寄せる。
ドサ
布袋を適当に置き、それを枕に手足を投げ出して横たわる。
とっくの昔に体力も気力も限界を突破していた。
もう、暫くは動けない。
岩のひんやりとした冷たさが熱くなった肌には心地よく、自然と瞼が閉じられる。
ここ暫くは気が休まる所が無く、マトモに眠れてなかった。
常に気を張っていたせいか、安心できるとわかれば全身の緊張が抜ける。
目が覚めた頃には、魔力も半分くらい回復しているだろう。
そしたら近場の魔物に城の場所を聞いて、また歩こう。
もし教えてもらえなかったら、『元アルハランド北部にあった崖の下の城のボス、キーラだ』と言って脅そう。
そうすればきっと口を開くさ。
二十年くらい前に勇者達に倒されたけど、右腕だったヨグナーザが庇ってくれたおかげでこうして生きていられる。
ヨグナーザ…優秀な奴だった。
真面目で従順な性格だったが、ボスだった俺をガミガミ説教する強気な一面もあった。
怒ると怖い奴だったけど、傷ついた沢山の仲間を前に静かに涙を流す優しさもあった。
そういう奴だから、右腕に選んだ。
たまに二者だけで草原に行くことがあった。
柔らかい草の上に並んで座り、星空を仰ぎ見る。
すると、優しく目を細めてそっと微笑むアイツの横顔は…とても美しかった。
前々から決めていた。
この戦いが終わったら、ヨグナーザにこの気持ちを打ち明けると。
そして永遠に二者で一緒に暮らそうと。
二者が何時までも笑い合う明るい未来を、幸せな明日を夢見ていた。
―しかし、それは叶わなかった。
最悪な結末で、夢は壊された。
勇者達が訪れたあの日、城や周りの指揮も命令も準備も完璧だった。
俺の扉の前ではヨグナーザが勇者達を待ち構え、俺はドッカリと王座に君臨していた。
きっとヨグナーザが勇者達を倒す、と油断していたからかもしれない。
その時、俺は『戦う時、指導者が必ず所持するように』と魔王様から言われていた宝石を身に付け忘れていた。
それがいけなかった。
勇者達が侵入してから数十分、ヨグナーザも突然現れた勇者の仲間に倒された。
それを知り、怒り狂った俺も三時間後には勇者達にボロボロにされ、死ぬ寸前だった。
虫の息だったがボスとしての意地と、ヨグナーザを倒された怒りが気を保たせていた。
挽回できない状況だということは明白だった。
まだヨグナーザを連れて逃げれるだけの魔力は残っていた。
けれど、逃げようとはしなかった。
それは魔王様を裏切る行為に等しいから。
それに、ヨグナーザを傷つけられて尻尾を巻いて逃げることを自分自身が許さなかった。
目の前で無表情の勇者が振り上げた剣。
それに死を悟った時、強い衝撃が俺を後ろに飛ばした。
見覚えのある薄黄色の髪が視界を遮る。
見開いた瞳に映った横顔は困ったように、呆れたように笑っていた。
スラリと長い人差し指を俺の方に向けて、
『全く、キーラ様は最期まで手がかかりますね』
溜め息を一つ溢して、人差し指で円を描く。
それは、ヨグナーザが得意とする移動魔法。
ということは、俺だけを逃がす気か!?
『ヨグナーザ!!お前が逃げろ!俺に恥をかかせる気か!?』
『貴方様が優しい方ということは、魔王様も城の皆も存じております。
どうか、蔑まれても、惨めな思いをしても……お願い、生き延びて』
星空を見上げる時に浮かべる微笑が、俺に向けられている。
違うのは、綺麗な顔が涙でぐちゃぐちゃなこと。
きっと俺も同じだろう。
紫の渦の中に全身が飲み込まれる瞬間、
『キーラ様、再び来世でお会いできますよう』
ジャキン
希望は音をたてて壊された。
―――…
ユサユサ、ユサユサ
弱い力で体を左右に揺さぶられる。
一体誰だ?
俺を殺そうとする奴は起こそうとはしないよな。
反撃食らうだろうし。
だったら何だ?
この固い手は生き物ではないな。
傀儡、あるいは人形か。
術者や技術者が近くにいるのか。
…体力は、ある。
足も動かせる。
魔力は…ま、イケるか。
「起きない…起きない…」
今にも泣きそうな声。
それが相手の戦略だと思えば気にならない。
パシ、タンッタンッ
必死に揺らす手を払い、地面を蹴り上げる勢いで下半身を浮かし、腕力で相手との距離を置く。
だが、背中の傷が悲鳴をあげる。
ズキズキと激痛を訴える傷口に触れると予想以上に皮が捲れて、触れた指先に膿がベットリ。
「ってて…」
「キーラ様ぁ!やっと起きてくダすっダ!!」
「あ?」
「わダすデす!ヒルルックデす!!」
目の前の人形は深くフードを被っていて顔が見れない。
袖から見え隠れする陶器で造られた手は上手く造られていて、パッと見人間の物と変わりない。
濁音だけ上擦ったような変な音になる声。
田舎臭い口調。
ヒルルックという名前とこの変な喋り方には聞き覚えがあった。
確か、随分昔にヨグナーザ達を連れて魔王様の城に訪問した際にお茶を出してくれた、が躓いて俺の頭に紅茶のポットを被せた馬鹿野郎。
初めて魔王様に対面するから珍しく緊張していた矢先に熱々の紅茶をぶっかけられて、怒鳴っている姿を魔王様に見られてしまった。
という苦々しい思い出と第一印象悪くさせられた元凶が、コイツ。
あー…腹立ってきた。
てか、お互いよく名前を覚えてたよな。
いや、コイツも怒鳴られた記憶が強く刻まれてるのか。
ハン、ざまあみろ。
自嘲気味に鼻で笑った俺にヒルルックは小走りで近寄る。
慌てて俺の前で地面に足と右手を着き、必死な形相で俺の顔を見詰める。
何だ、俺の顔に涎でもついてるのか?
手で口元を撫でるが濡れてはいない。
…?
ますますわからん。
ガシッ
考えている俺の手を冷たい手が断りもなく無遠慮に掴み、目元に持ってこさせる。
涎の代わりに、目元が濡れていた。
…は?
何で?
「キーラ様、一日ズっーと眠ってらしたんダべ?しかも目からボロボロボロボロなみダこボして(涙溢して)るんデ…オラ、心配デ心配デ…」
「いや、起こせよ」
「起こしましたべ!?六ジかん(六時間)もグースカ寝てたんはそっちダべ!?オラは街デ見掛けた時かんら心配デ気になって…ヴぅ…」
「うげ!?何でお前が泣くんだよ!!?」
怒った顔でキッと睨み付けるヒルルックの灰色の硝子玉の瞳から、大粒の真珠が大量に出るわ出るわ。
この真珠がコイツの涙なのは初対面の時に知っている。
で、それが足や腕に当たって冷たいやら、温かいやら、何か勿体無いやら、どうすれば良いのかわからない。
でテンパってる俺。
硬直してるなんてそんなことあるわけない。
とか言い訳始めたし。
部下に尊敬の眼差しでボスとして敬われていた俺がこんな人形の涙ごときに焦るなんてこと。
あるんだよねー。
現在進行形で。
ちょ、誰か本当にガチでヘルプ。
餓鬼慰めたことねぇんだけど!?
いや、てか誰かに優しくした経験すりゃねぇし!
ちょっとちょっとちょっとヨグナーザ来い!
天国とか地獄とか知らねぇけど、今すぐ来い!
そして状況打開しろ!
頼むから!
ヨグナーザ!!
てかお前も泣き止めよ!
ヒルルックとかクリニックとかいう名前の奴!
俺の方が泣きたいわ!!
「あ、そういんや…キーラ様は何デこんな所におるんダか?たんしか(確か)結構遠くの城におったはズジゃあなかったかぁ?ヨグナーザさんもおらねぇようダし」
俯いていた顔をパッと元に戻して問いかけるコノヤロウ。
キョロキョロと周りを見回す惚けた顔。
…一泡吹かされたようでムカつく。
心配した焦った悩んだ時間を返せ。
利子付きで今すぐ返品しろ畜生。
腹の虫が治まらないので人差し指で野郎の鼻を摘まんでやった。
暴れる奴をそのままに優しい俺は馬鹿の質問に答えてやる。
「魔王様の城に向かってんだよ。勇者達のせいで城が壊されて住めなくなったし。アイツは…ヨグナーザは、勇者達の襲撃食らって、ボロボロだった体で俺を庇って、逃してくれた。ヨグナーザに『生きろ』って無理矢理約束されたから、こうやってのうのうと生きている。
ハハッ、俺は負け犬なんだよ…お前何かより、ずっと弱い生き物だ」
前髪をクジャリと掴み手の平に額を押しつける。
情けない顔を見られたくなくて、意地っ張りな性格がヒルルックに背を向ける。
みっともねぇなぁ俺。
こんな奴にこんな姿見られて、こんな話をして、もう色々と駄目だ。
疲れた。
もう、ヨグナーザの元に行きたい。
強く抱き締めた腕は切傷が沢山あり、指先についていた膿はもう乾いていた。
「…そんなこと、ないべ」
ポツリ、溢すように呟かれた言葉。
悲しみを含ませた、今にも泣きそうな声だった。
ギュ
腰に携えた武器をヒルルックが両手で握る。
それに気づいた俺は反射でその手を振り払おうと勢いよく振り返ると、奴はまた泣いていた。
下唇を噛み締めて、不細工な泣き顔が俺を捕らえて視線を外さない。
奴の人工の声帯が声を上げる。
「オラ、おボえとる(覚えてる)。このジゅう(銃)、ヨグナーザさんのもんダべ?キーラ様にはジめて(初めて)会った時、緊張しまくってたオラガつまズいて(躓いて)紅茶を溢しちまった。あん時、キーラ様めちゃくちゃ怒ったよなぁ。無茶苦茶恐かったべよ」
「何でそんな話を…」
「あの後オラ、城の隅っこで落ち込んデたんダ。そしたら、ヨグナーザさんガ背中を叩いてはゲましてくダすったんダ(励ましてくださったんだ)。その後にこう仰られてた」
スー…ハァー…
一度軽く深呼吸を繰り返し、ジッと真っ直ぐな瞳が語り始めた。
知らされていなかった話を。
「『キーラ様は短気な方ダけド、近くにいれバあの方の良さガ伝わる。私はそうダった。あの方に魅了された奴らは少なくない。ゲんに(現に)、あの方のそバに(傍に)いられる毎日ガ私はいちバん(一番)大切ダ。とても幸せデ、キーラ様には感謝してる』と。
何デ初対面のオラに言ったのか聞いたら、はにかみなガら『一者でもあの方に悪いイメージを持んたれたくなかったからかな』って。」
「……」
何、それ。
そんなこと、アイツ一度も口にしてねぇけど?
行動にも表情にも言動にも微塵も出さなかったけど?
感謝のかの字も無い扱いだったけど?
『一者でも俺を悪く思ってほしくなかった』とか、殺し文句も大概にしろよ。
もうホント、何これ……遅すぎる恋文だよ。
コイツに言うくらいだったら、もっと早く俺に伝えてくれよ。
バカヨグナーザ……バーカ。
「思い返せバ、あれは惚け話ダべ。嬉しそうにニコニコしてさ。ヨグナーザさんガキーラ様のことを話しとる時の顔、心の底から満ち足りてるみたいデ、こっちガ恥ズかしくなるくらい綺麗ダったんダゾ。ダから、この方はキーラ様のこと好きなんダなぁ、ってわかったんダ。ダから、オラキーラ様のこと恐くなくなったんダ。
えっと、ダから、オラガ言いてぇのは……ヨグナーザさんは、キーラ様に胸を張って生きてもらいてぇと思っとる!きっと、ぜってぇ(絶対)そうデす!今のキーラ様のすガた(姿)の方ガ、ヨグナーザさんは悲しガるベ!」
拳を握りしめて力説するヒルルックに俺はただ頷くことしかできない。
ボロボロボトボト熱い涙が流れて止まない。
「ヨグナーザ…ヨグナーザッ!!ヨグナーザァアアアアアアアアーーーーーーーッッ!!!」
ヨグナーザに対する後悔とか、悲しさとか、悔しさとか、寂しさとか、愛しさが爆発したかのように、俺は泣き叫んだ。
俺の思いは一方通行じゃなかった。
ヨグナーザも、俺のことを思ってくれていた。
その事実がただ嬉しくて、守れなかったことが悔しくて、もう二度と逢えないことが寂しくて。
まるで天国や地獄に吠えるようにヨグナーザの名を叫んだ。
もう一度お前に会いたいよ。
もう一度二者で星空を眺めたい。
もう一度お前と暮らしたい。
もう二度と、お前を泣かせたりしないと約束するから。
バカって言ったこと謝るから。
俺が謝るなんて貴重だぜ?
だからさ、頼むよ。
早く生まれ変わって、俺に会いに来てくれよ。
そしたらさ、果たせなかった夢を一緒に叶えるぞ。
お前が嫌がってもずっと傍にいてやる。
お前は我が侭を言わない奴だったから、今度は沢山甘えさせてやる。
良いこと尽くしだぞ?
この俺がお前だけにサービスし放題だからな?
だからさ、早く迎えに来てくれ。
お前に伝えたい言葉があるんだ。
あの日伝えれなかった告白をしたいから。
早く、早く……ヨグナーザ。
一頻り泣き叫んだ俺は顔を腕で拭い、布袋を持って立ち上がった。
気持ちも表情もスッキリして、もう後ろは振り返らない。
後ろにはフードを深く被ったヒルルック。
背中の傷はヒルルックが治してくれ、今は包帯を巻いている。
大分痛みが和らいだ。
「お前は此れからどうすんだ?」
「魔王様に買い物を頼まれとったダけダべ、真っ直グ城に帰るけんド?」
「俺も連れて行け」
「あいあい、わかってたっとっかんら。ほな、行くべー」
ヒルルックが地面に描いた紋章が光り、現れた渦が空間と空間を繋げる。
ヨグナーザが得意だった移動魔法。
形式は違うけど。
やっぱりヨグナーザのが上手い。
「ちっと荒いけんド、これデ城にポンって行けるベ」
「下手くそ」
「魔法には向き不向きガあるんダ!」
口端を左右に引っ張ってイーっと歯を見せる奴の鼻を摘まんだ。
小さいから摘まみにくいが、その内デカくなるだろ。
両手をバタつかせてふがふが暴れる奴に自然と笑えた。
「フハッ、不細工な奴」
「な!ブさいく(不細工)言う奴ガブさいく(不細工)なんダべ!?」
「俺はお前とは格が違うんだよ。
ちんたらしてんなら先に行くぞ」
「あ!?キーラ様!」
唇を尖らせるヒルルックにニヤリと笑い、過去と決別する第一歩を踏み出した。
なあ、ヨグナーザ。
最初は魔王様にお前を生き返らせてもらおうと思ってた。
けど、止めた。
生き返ったってお前が辛くなるだけだってわかったからさ。
…だから、自力で俺に会いに来いよ。
お前が名前を呼ぶまで、ずっと待っててやるからさ。
後さ、ヨグナーザ。
再会した時には笑ってろよ。
俺も一緒に笑うから。
あの日からずっと溜め込んでいた気持ちが予想外の者に吐き出すということは、人間の世の中でも有り得ることだと思います。
向き合いたくない、隠していた、気づかないフリをしていたモノはありませんか?
キーラのように取り返しがつかない思い出でなくても、それがアナタにとって大切だとしたら…そっと蓋を開けてみませんか?きっと、全てが終わった後はスッキリするかと。私はそうでした。
無理強いするつもりはサラサラありません。
どうか、アナタの気持ちが少しでも晴れますように。
ありがとうございました。