第一話 影害
「影害発生!影害発生!従業員は速やかに屋外へ避難してください!繰り返します——影害が発生しました!」
館内放送が歪んだスピーカーから何度も反響していた。
だが、ショッピングモールの内部は異様な静けさに包まれている。
本来なら閉店後でも灯っているはずの照明はすべて落ち、通路を照らしているのは赤い非常灯だけだった。
床には砕けた蛍光灯の破片。
天井から垂れ下がる千切れた配線。
ただの停電ではない。
「徹底的に壊されてんな……やってくれんじゃん」
俺は小さく呟いた。
隣で拳を構えた少女が鼻で笑う。
「弱い影ほど群れる。アドバンテージを確立するくらいの知恵はあるってことね」
「ほーん、人間と同じだな」
「気をつけなさいミナト。暗闇の中じゃ影がどこに潜んでるかわかりづらい。場は向こうに有利よ」
影災害対策機構──通称〝影対〟に通報が来たのが半刻前。ショッピングモールに突如として〝影〟が現れ、客や従業員を無差別に襲いだしたとのことだった。その影害に対処するのが俺たち、〝影術官〟。
通称──
「Shadow Hunter……」
「はぁ……あんたねえ、少しは緊張感持ちなさいよ」
「何年この仕事してると思ってんだよ。俺はガキの頃から生粋のShadow Hunterなんだぜ? これくらいチョチョイのチョイよ」
「その『シャドゥ……ハントゥアー……』ってのがムカつくの!」
バディ──アヤセの両拳には黒い影が煙のようにまとわりつき、呼吸に合わせて脈打っていた。
影砕──己の影を鎧のようにまとい、強化した拳で敵を殴打する、彼女の得意技だ。近接格闘型の主力技であり、シャドーハンターなら一度は鍛えられる基礎中の基礎。彼女はそれを極めていた。
己の影を操り、自在な形に変え、影で影を狩る。それが俺たちシャドーハンター。影対の中でもエリートだけがなれる、狩人の中の狩人。
だが俺は、そんな基礎の技なんてつまらない。
──さあ、獲物はどこだ?
パリンと、足元のガラス片が割れる。きっと影害が発生した直後、逃げまどった客のコップか何かだろう。それには生々しい血が付着し、暗闇の中で真っ黒に濡れ光っていた。
今回の敵はなかなか手応えがありそうだ。
おのずと口角が、ニヤリと上がっていた。
「一気に突入するわよ。くれぐれも単独行動は避けるように」
「はいはい、わかってますって」
軽く答えながら、ポケットから閃光弾を取り出す。暗闇での戦闘を想定された、影対が開発した秘密兵器。丸くてコロコロしたそれのボタンを押して、一気に空中へ放り投げる。
突如、閃光弾が高速で回転し──眩い光を撒き散らしながら、空中にとどまった。
「アアアアアア!」「アェアア……」「ウォアアア!」
閃光が暗闇に潜む敵──影の正体をあぶりだした。
暗闇の奥、黒いものがうじゃうじゃと蠢いている。人の輪郭を歪めたような、おぞましく不気味な怪物。文字通り〝影〟が人の形をなし、自我を持って動く災害。
十、二十……閃光に怯んだそいつらが、群れをなしてフードコートの奥でひしめいていた。
──気色の悪い化け物が。絶対に倒してやる。
「抜け駆けするんじゃないわよ!」
「ハッ。お前こ……そ!」
答えながら、己の影を変形させる。最初自分の人影でしかなかったそれは、鋭く大きな刃へと形を変え、手中へと収まった。
閃光弾の役割は敵を怯ませるだけではない。己の影を床や地面へと映し出し、ハンターの武器を出現させる効果もあるのだ。
影の刃はギラリと漆黒の光をまとい──巨大な鎌として、敵を刈り取る処刑人の刃へと仕上がった。
一瞬で距離を詰める。
鼓動が少し高鳴る。
緊張ではない。恐怖でもない。
——見せ場が欲しい。
評価は平凡。成績も中の下。
だから今日こそは俺を見下してる奴らをギャフンと言わせてやりたい。
「影狩り──!」
「アアアアア!」
処刑人の鎌を大きく振り下ろす。切っ先は一体の影を一刀両断し、黒い霧となって消散した。
──よし、手応えあり!
他の影たちがうろたえるように後退りはじめる。
俺の鎌のメリットはそのリーチの長さ。だからこそ近距離型のアヤセとバディを組ませられた。これくらいの群体なら、一思いに薙ぎ払うことができる。
怯える影たちを一網打尽にしようとした、そのとき。
「影砕──!」
衝撃音。
視界の端で影の一体が吹き飛び、床に叩きつけられた。
──さすがだな。
感心すると同時に、若干の焦りを覚える。
アヤセの拳がまとう影は、一点強化型の鎧。なんでも貫くまさに鉄拳であった。
近距離特化型のアヤセと、遠距離に特化した俺。
彼女とバディを組まされたのは約二ヶ月前。影対からの命令だ。近、遠、と互いの弱点を補うためと、なかば強制的に組まされた。
だが、俺は知っている。
──本当は。
そんなのただの建前で、基礎を極めた彼女とともに戦うことで、お前も基礎から叩き直せと言われているのだ。ハンター歴が長いといっても、俺はトップからは程遠い。だからこそ、今回の任務で活躍を見せ、強者であるとアピールしたかった。
──まだまだァ!
そのとき。
一体の影が勢いよく駆け出した。
逃げられる。
──あれは……!
影の走る方向。
散乱したテーブルや椅子。
その物陰に震えている人影が見えた。
あれは敵の影じゃない。従業員の制服を着た──
──まさか逃げ遅れたのか!?
女性はきゃっという悲鳴をあげた。
間違いない。生きている。
「生存者発見! 救助に向かう!」
駆ける。一切の迷いなく。
影はあの女性を殺すか、人質にするつもりだろう。
どちらにしろ最悪の結末なのは間違いない。
──させるかよ!
閃光弾の光はまだこちらに味方してくれている。逃げる影の背中がはっきり見える。
いける。間に合う。
そう思っていた。
「──待ってミナト!」
鎌を振り上げる。
その切っ先があと少しで影の背中に届く。
「──罠かもしれない!」
意識が完全に一点に集中していた。
だからだろう。
俺は横から飛び出してきた影の存在に気づかなかった。
「アアアアァァオア!!!」
影が近づいてくる。
頭が真っ白になって、体が前のめりによろめく。
次の瞬間。
「ミナト!!」
衝撃。
視界が白く弾けた。
そのまま床に叩きつけられる。
鎌が形を失って、もとの影へと戻る。
呼吸ができない。
胸の奥が空洞になっていく。
チラつく視界の真ん中では、影がこちらを見下ろしたまま、手を鋭い包丁へと形を変えていた。
ヤバイ。
殺される。
「影砕!!」
爆発音のような衝撃。
影が吹き飛ぶ。
アヤセが間一髪のところを助けてくれたらしい。
だが、体が動かない。口すらも言うことを聞かない。
音が遠い。
アヤセが何か叫んでいる。
手が伸びる。
掴もうとして。
届かない。
——ちくしょう……。
意識が、闇に沈んだ。




