第九話 感覚を失っても、立つ場所
星が、
悲鳴を上げていた。
天文装置の歯車が回り、
谷全体が
低く唸る。
「脱出経路、
北側通路!」
ディーンの声が
反響する。
星狩りの本拠地は、
逃がすつもりが
ない構造だった。
壁が閉じ、
床がせり上がる。
まるで、
世界そのものに
拒まれている
ようだった。
「フィオ、
走れるか!」
アルベルトが
振り返る。
私は、
うなずいた。
走れる。
転ばない。
でも、
足が地面を
蹴っている感覚は
ない。
それでも、
前に進める。
星狩りの追手が、
背後から迫る。
「止まれ!」
命令口調。
私は、
立ち止まらなかった。
精霊の声が、
すぐそばにある。
でも、
触れない。
以前のように、
重なれない。
それが、
今の距離。
「……これで、
よかったんだよね」
答えは、
返らない。
アルベルトが
通路の中央で
剣を振るう。
瓦礫が崩れ、
追手を遮る。
「行け!」
その声に、
迷いはなかった。
私は、
一瞬だけ
彼を見る。
その表情を、
心に刻む。
感じなくなった指で、
忘れないように。
出口が見えた。
外の光。
――その瞬間、
世界が、
ふっと遠ざかる。
視界が、
白くなる。
私は、
倒れた。
地面に、
叩きつけられた。
……はずなのに。
痛みが、
ない。
完全に、
消えた。
「フィオ!」
誰かの声。
でも、
近いのか、
遠いのか、
分からない。
私は、
天を仰ぐ。
星が、
まだ動いている。
よかった。
それだけは、
分かった。
精霊が、
静かに告げる。
――戻らない。
短い言葉。
私は、
ゆっくりと
息を吸う。
「……うん」
それでも、
答えは
変わらない。
感覚がなくても、
私は、
選べる。
未来は、
痛みも、
温度も、
味もない。
それでも、
誰かの前に
立つことはできる。
アルベルトが、
私を抱き起こす。
その腕の中で、
私は、
初めて思った。
――守られている、
と。
それは、
感じなくても
分かることだった。
星巡りの書架は、
本拠地を脱した。
代償は、
大きい。
でも、
失われなかったものが、
一つだけある。
私は、
私であることを、
やめなかった。
それだけで、
この旅は、
続ける価値がある。
星は、
今日も巡る。
私の感覚が、
戻らない未来へ
向かって。




