第十二話 (ミカ視点)感情を失わない者の役目
フィオは、
ちゃんと笑っていた。
それが、
怖かった。
ぎこちなくもない。
作り物でもない。
ただ、
少しだけ、
距離のある笑顔。
焚き火の前で、
彼女は私の話を聞いている。
うなずく。
相槌も打つ。
……でも、
目の奥が、
揺れない。
私は、
意地悪なことを
試してしまう。
「ねえ、
今日のスープ、
どう?」
フィオは、
一瞬だけ考えて、
「……悪くない」
そう答えた。
間違ってはいない。
でも、
前ならこう言った。
「ちょっと薄いけど、
星狩りの砦より
百倍まし!」
その言葉が、
出てこない。
胸の奥が、
ひやっとする。
夜、
見張り番を交代しながら、
私はアルベルトに言った。
「……ねえ」
「ん?」
「フィオ、
無理してない?」
彼は、
すぐに答えなかった。
それが、
答えだった。
「無理してない、
とは言えない」
低い声。
「でも、
無理して“演じて”もいない」
私は、
唇を噛む。
分かる。
分かるから、
つらい。
彼女は、
我慢してるんじゃない。
もう、
感じられない部分を
前提にして
生きようとしてる。
それは、
強さなの?
それとも――
翌朝、
私はフィオと
二人で歩くことになった。
前を行く彼女の足取りは、
安定している。
石に躓かない。
ぬかるみにも
足を取られない。
完璧だ。
……完璧すぎる。
「ねえ、
足、疲れない?」
何気なく聞く。
「……分からない」
即答だった。
私は、
息を呑む。
「でも、
進めるから大丈夫」
彼女は、
振り返って笑った。
その笑顔に、
私は耐えきれなくなった。
「ねえ、
それって本当に
大丈夫なの?」
フィオは、
少しだけ
目を見開く。
「ミカ?」
「痛くない。
苦しくない。
嬉しくもない」
言葉が、
止まらなかった。
「それで、
どうやって
“生きてる”って
言えるの?」
一瞬、
沈黙。
精霊の気配が、
遠くで揺れる。
フィオは、
しばらく考えてから、
言った。
「……分かんない」
初めて、
弱音に聞こえた。
「でもね」
胸に、
そっと手を当てる。
「ここが、
痛いって分かる」
「怖いって、
思える」
「誰かが
いなくなったら
嫌だって、
考えられる」
その声は、
静かだった。
「それが、
全部なくなるまでは」
彼女は、
まっすぐ私を見る。
「私は、
私でいたい」
私は、
何も言えなかった。
代わりに、
ぎゅっと
彼女の手を握った。
……冷たい。
でも、
振りほどかれなかった。
「離さないから」
思わず、
口に出た。
「感覚がなくても、
迷っても、
間違えても」
「一人にしない」
フィオは、
少しだけ
驚いた顔をして、
それから、
本当に柔らかく
笑った。
「ありがとう」
その言葉は、
ちゃんと、
届いた。
私は思う。
感覚を失うことは、
残酷だ。
でも、
感情を失わない第三者が
そばにいる限り、
彼女は、
完全には
一人にならない。
だから、
私はここにいる。
痛みを覚えている者として。
怒りも、
不安も、
喜びも持つ者として。
彼女の代わりに
感じるためじゃない。
一緒に、
感じ続けるために。
星は、
今日も巡る。
感覚を失った少女と、
それを見届ける私たちを
置き去りにせずに。
――それだけで、
十分だと思えた。




