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A級トリオと動くカボチャ

その日、トウカ支部のギルドは、いつもより少しだけ賑やかだった。


 窓際のテーブルに、天音・アルカナ・大狼の三人。

 掲示板から剥がしてきた依頼書を、テーブルに広げている。


「……ドラゴンの巣跡の調査、S級推薦案件。はい、却下」


 アルカナが、一枚目をそっと裏返した。


「なんでだよ、絶対おもしれーじゃん!」


「“国家戦力級を最低一人含むこと”って書いてあるだろ。どう読んでも俺たちじゃない」


「確かに」


 天音は未練がましく依頼書を眺めつつも、大人しく諦める。


 アルカナは次の紙に目を通し、眉をひそめた。


「“北の峠、夜な夜な現れる首なし騎士の討伐”」


「お、ホラー系?」


「“詳細:目撃者が全員酔っ払っているため、本当にいるのか不明”」


「なんだそれ」


 そこへ、カウンターから声が飛んできた。


「お二人とも、その辺は一旦置いておいてもらっていいですか?」


 トウカ支部の受付嬢が、苦笑しながらこちらを見る。

 その隣で、ギルドマスターが腕を組んでいた。


「実は、君たち三人にちょうど相談したい依頼があってね」


「相談したい依頼?」


 大狼が首をかしげる。


「……B級依頼なんですが」


 受付嬢は、一枚の紙をそっと差し出した。


 【依頼ランク:B級】

 ・内容:街外れの畑で“カボチャが動く”との報告。原因調査および対処

 ・場所:北側農地帯

 ・備考:被害は現状「驚かされただけ」だが、連日続いており、農民が寝不足になりつつある


「カボチャが動く」


 天音が復唱する。


「……なんか平和だな」


「平和だからこそ、A級にお願いしたいんですよ」


 ギルドマスターが、軽くため息をついた。


「本来なら、B級かC級のパーティーに回すところだが……

 “動くカボチャ”の出る畑に、妙な魔力の揺れが観測されてね」


「妙な魔力?」


 大狼が顔を上げる。


「はい。自然魔法に近いのですが、少し質が違う揺れ方です。

 できれば、巫女さんにも見てもらいたい」


「なるほど、結界士の出番ってわけか」


 アルカナは依頼書を指先でとんと叩く。


「A級トリオが出るには、だいぶ平和な見た目だけどな」


「“見た目だけ”って言ったな今」


 天音がにやりと笑う。


「よし、行くか。動くカボチャ!」


「なんでも拳で解決しようとするのやめろ」


 アルカナが即ツッコミを入れ、大狼は苦笑しながら頷いた。


「では、この依頼、お受けします」


「助かります」


 受付嬢はほっとした表情を浮かべる。


「農家の方が、かなり参っていまして……。“実害はないから後回し”って言われ続けてた案件で」


「“寝不足”はもう実害だろ」


 天音が肩をすくめる。


「じゃ、さっさと動くカボチャ捕まえてくるか」


「だから捕まえる前提で話を進めるな」




 北側の農地帯は、夕暮れの光に包まれていた。


 整然と並ぶ畝。

 豆のツルが絡みついた支柱。

 その一角に――問題の畑があった。


「ここです」


 迎えに出てきた農夫は、目の下にくっきりとクマを作っている。


「夜になると、あそこのカボチャがですねぇ……」


 指さす先には、立派に育ったカボチャの列。

 見た目はどう見ても、ただの立派なカボチャである。


「今は、なんともないように見えるけど」


 アルカナが呟く。


 大狼は、そっと護符袋に触れた。


 空気の中に、かすかな“揺れ”がある。


 神社の気配でも、大狼神の加護でもない。

 自然魔法に近いけれど、それよりももっと素朴で、子どもの落書きみたいな感じだ。


(……土の精霊、かな)


 土の中で、小さな何かがちょこんと座っている気配がする。


「夜まで、少し時間がありますね」


 アルカナが空を仰ぐ。


「一回戻るか?」


「いや」


 天音が首を振った。


「せっかくだし、このまま様子見ようぜ。

 動くカボチャ、現行犯で押さえたい」


「現行犯って言い方やめてあげて」


 大狼は、農夫に向き直る。


「今夜は、この畑の近くで張り込ませていただきます。

 驚かせてしまうかもしれませんが、何かあっても慌てずに、家の中で待機していてください」


「わ、分かりました……。どうか、お願いします」


 農夫は何度も頭を下げて、家へ戻っていった。




 日が落ち、空に星が滲み始めるころ。


 畑の隅の藁山の陰に、A級トリオが縦一列に並んでしゃがんでいた。


「なあ」


 いちばん前の天音が、ひそひそ声を出す。


「なんで俺たち、B級依頼でこんなに息潜めてんの?」


「お前が“現行犯で見たい”って言ったからだろ」


 二番目のアルカナが、即座にツッコむ。


「大狼なんて、さっきから耳ぴくぴくしてんぞ。緊張で」


「勝手に動いてるだけです」


 最後尾の大狼が、小声で抗議したちょうどそのとき――


 カサ、と。


 風とは違う、葉擦れの音がした。


 大狼の狐耳が、ぴくん、と立つ。


(……来ました)


 三人とも息を潜めて、畑を見つめる。


 カボチャの列の奥。

 地面の中から、ちょこん、と何かが顔を出した。


 丸い。小さい。

 土と葉っぱでできた、小さな人影。


(やっぱり、土の精霊……)


 輪郭がはっきり見えているのは、大狼だけだ。

 けれど、天音とアルカナにも、「その辺の土だけなんかそわそわしてる感」は伝わっていた。


 精霊は辺りをきょろきょろと見回し――

 目の前のカボチャに、勢いよく飛びついた。


 ぐいっ。


 カボチャが、ぐらりと揺れる。


 ぐいぐい、ぐいぐい。


 カボチャが、ずりっ、ずりっ、と土の上を滑り出した。


「うおっ、動いた!」


 天音が思わず前のめりになる。


「カボチャ、がんばってる! というか押されてる!」


「声のボリューム落とせ。気付かれるだろ」


 アルカナが天音の背中をぐいっと引っ張る。


 それでもカボチャは、ずりずりと進み続ける。

 その後ろで、土の精霊が短い足で必死についていき、また押し、ずり、押し、ずり。


「……かわいい」


 大狼の口から、素直な感想が漏れた。


「かわいいな、これ」


「B級依頼の現場で出す感想じゃないだろ」


 アルカナは呆れながらも、目は完全にカボチャを追っていた。


「大狼、今のどんな感じだ?」


 アルカナが小声で尋ねる。


「“ほら見て、ここまで大きくしたんだぞ!”って、自慢してます」


「自慢かよ」


「かわいいな!!」


 天音が、親指を立てて小さくガッツポーズした、その瞬間――


 土の精霊が、ぴた、と動きを止めた。


 くるり、とカボチャごとこちらを向く。


 ほんの一瞬、間が空いて――


 ドンッ!


「お、ちょ――待て待て待て!?」


 カボチャが、さっきとは比べ物にならない速度で滑り出した。

 完全に天音のほうに、まっすぐ突進してくる。


「なんでこっち来るんだよぉぉぉ!?」


「お前がいちばんうるさかったからだろ!」


 アルカナが慌てて横に飛び退き、天音は藁山を蹴って全力で後ろに跳ぶ。


 ずざざざざっ――!


 カボチャは土煙を上げながら、天音のいた場所を豪快に滑り抜けた。


 土の精霊も、その後ろで必死にダッシュしている。

 短い足で、全力の「おいかけっこ」だ。


「いやいやいやいや!?」


 天音は畝の間をジグザグに走り抜ける。


「これホントにB級依頼だよな!? S級カボチャじゃないよな!?」


「S級カボチャってなんだよ!」


 アルカナが叫びながらも、天音の進路に先回りしようとして、カボチャに危うく轢かれそうになり――


「危なっ!?」


「アルカナさんもどいてください! 踏まれます!」


 半分悲鳴、半分ツッコミの声が飛び交う。


 カボチャは、天音の逃げる方向に合わせて、きゅるん、と不自然な方向転換まで見せ始めた。


「曲がるな! お前重さの自覚持て!!」


 天音が泣きそうな声を上げたところで――


「止まってください!」


 大狼の声が、畑に響いた。


 同時に、足元の土に護符が一枚、すっと差し込まれる。


 土の精霊の周りに、目に見えない“輪”が描かれた。

 精霊が、その輪の内側で、ぴた、と足を止める。


 ――えっ? えっ?


 精霊の気配があたふたと揺れ、勢いを失ったカボチャが、ずざーっと天音の足元手前で急停止した。


 天音は、その場にへたり込みそうになりながら、なんとか踏みとどまる。


「……殺されるかと思った……」


「カボチャに轢かれて死ぬA級冒険者って、ギルドの黒歴史にもほどがあるな」


 アルカナが、額の汗をぬぐいながらぼそっと言う。


「笑いごとじゃねぇ……」


 天音はゼェゼェと肩で息をしつつ、目の前のカボチャをじっと見つめた。


「こいつ、絶対“見ろ!”って言いながら来てたよな……」


「大体、合ってます」


 大狼は、護符を軽く押さえながら頷く。


「“ちゃんと見てくれ!”“褒めてくれ!”って、全力で突っ込んできました」


「命を賭けて自己アピールしてくるな……」




 カボチャの上で、土の精霊がちょこんと座り直した。


 大狼が膝をついて、目線を合わせる。


「こんばんは」


 小さく声をかける。


 土の精霊が、びくっと震えた。

 今の騒ぎで、ちょっとテンションが上がりすぎていたらしい。


「あなたが、この畑の番人さんですね?」


 ――そうだ。

 ――おれが。

――ここまで、もりあげた。


 大狼には、そんな感情が伝わってくる。


「とても立派に育ってます」


 大狼は、カボチャの表面をそっと撫でた。


 精霊の気配が、ぱっと明るくなる。


 ――そうだろう。

 ――がんばった。


「ただ――」


 大狼は少しだけ表情を引き締める。


「夜中に動くと、畑の人がびっくりして、眠れなくなってしまいます」


 精霊の気配が、しゅん、としぼむ。


 ――でも。

 ――みてほしい。

 ――がんばったから。

 ――ほめてほしい。


(……子ども、みたい)


 胸の奥が、少しだけ痛くなった。


「昼間に、自慢するのはどうですか?」


 大狼は、優しく提案する。


「朝、畑の人が来たときに、こうやって、ゆっくり見せてあげる。

 “ここまで大きくなりましたよ”って」


 精霊は、しばらく黙り込んだ。


 ――ひる。

 ――ひとは、いそがしい。

 ――きづいてくれるか、わからない。


「……それなら」


 天音が、そっと口を挟んだ。


「俺が、農家のおっちゃんに言っとくよ。

 “朝、畑に来たときに、このカボチャをちゃんと見てやってください”ってさ」


「“この畑の番人さんが、自慢したがってます”ってな」


 アルカナも続ける。


「毎朝、ちょっとだけでも撫でてやってくれって頼もう」


 精霊の気配が、また揺れた。


 ――ほんとうに?

 ――ちゃんと、みてくれる?


「保証はできません」


 大狼は、正直に言う。


「でも、お願いはします。ギルドからも、事情を伝えます。

 “ちゃんと見てあげてください”って」


 精霊は、じっと三人を見つめ――

 ゆっくりと、カボチャの上にもう一度、ちいさな手をぽん、と置いた。


 ――じゃあ。

 ――ひるに、やってみる。

 ――よるは、すこしだけ、しずかにする。


「ありがとうございます」


 大狼が頭を下げると、精霊は照れたように揺れて――

 すうっと、土の中に戻っていった。


 押されていたカボチャも、ころん、と元の場所に転がる。


「……なあ」


 天音が、まだ少し息を荒げながら言う。


「今の、ちゃんと“通じた”感じ?」


「通じましたよ」


 大狼は頷く。


「これからしばらくは、昼間に“自慢タイム”が移ると思います」


「よかった……」


 天音は、その場にどさっと座り込んだ。


「カボチャに追われるのは、一回で十分だわ」


「次はちゃんと避けろよ」


「いや今の、避けたらアルカナ轢かれてただろ」


「それはそれで見ものだったけどな」


「やめろ」




 翌日、トウカ支部ギルド。


 受付カウンターの前で、A級トリオが報告をしていた。


「“動くカボチャ”の正体は、土の精霊さんでした」


 大狼が説明する。


「畑をよく守ってくれていたようです。ただ、夜に自慢を始めるので、農家さんが寝不足に」


「“夜の自己アピール会”かぁ……」


 受付嬢は、苦笑しながらメモを取る。


「で、どう対処したの?」


「精霊さんと交渉して、昼間に自慢してもらうことになりました」


 大狼は続ける。


「代わりに、農家さんには“朝、カボチャを一つずつよく見て、できれば撫でてあげてください”とお願いしました。

 よろしければ、ギルドからもその旨お伝えください」


「なるほど……」


 受付嬢は感心したように頷く。


「被害ゼロ、畑の守りもそのまま、ですね。さすがA級です」


「いや、途中で俺は命の危機を感じてたけどな」


 天音が小声で抗議する。


「カボチャに追い回されただけでしょう」


「“だけ”って言うな! 速度エグかったからなあいつ!」


 アルカナは、その様子を想像して吹き出しそうになるのをこらえた。


「でもまあ、B級依頼でそこまでちゃんと見てくれるの、支部としては本当に助かります」


 受付嬢は、報告書に最後の印を押す。


「依頼完了、お疲れさまでした。

 はい、こちら報酬です」


 布袋が差し出され、じゃらりと硬貨の音が鳴る。


「お、今日のカボチャ代だな」


「カボチャ代って言うな」


 アルカナのツッコミを受け、天音は笑いながら袋を受け取った。




 その夜。


 大狼が神社の境内を掃きながら、一日の終わりを噛みしめていると、ふわりと風が吹いた。


『――土の気配が、少しだけ賑やかになったな』


 頭の中に、大狼神の声が落ちてくる。


「気付かれてましたか」


『あの畑に、ちいさな番人がついたようじゃ。

 巫女、お前の交渉も、なかなか悪くなかった』


「ありがとうございます」


 大狼は、少しだけ照れくさそうに笑う。


「……カボチャ、撫でてもらえてるといいですね」


『撫でてやるのは、土も人も精霊も、皆うれしいものじゃ』


 大狼神の声は、どこか楽しげだ。


『こういう依頼、嫌いではあるまい?』


「好きですよ。

 正直、こういうのばかりなら、ずっとでもいいくらいです」


『そうはいかん』


 くつくつと笑い声が続く。


『やわらかい土の案件ばかりでは、足腰がなまる。

 そのうち、“骨のある山”や、“ややこしい森”が、またお前たちを呼びに来よう』


「……そういう言い方、やめてください」


 大狼は、顔をしかめる。


『今のうちに、カボチャ相手の夜を楽しんでおくがよい』


「……はい」


 大狼は、ほうきを立てかけ、社の灯を見上げた。


 土の精霊とカボチャの、自慢したい気持ち。

 それに付き合って、頭を撫でてやる人たち。


 そんな、小さくて、ちょっと笑える夜があるからこそ――

 きっとこの先の、重い夜も、なんとか乗り越えていけるのだろう。


「明日、時間があったら、あの畑、見に行ってみようかな」


 小さく呟いてから、大狼は拝殿に向かって一礼した。


『行ってこい。

 番人も、きっとよろこぶ』


 どこか上機嫌な大狼神の声を背中に受けながら、

 巫女は静かな夜を歩いていった。

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