もっと、猫らしく
ある春の晴れた日。森の中で、猫たちが輪になって歌っています。
「にゃんにゃんにゃーん」
「ピヨ」
「おい、今ピヨって言ったやつ誰だ」
「ピヨ」
「コイツだ。この子だ」
そこには、灰色のちっちゃくて可愛い子猫がいました。お歌の仲間に入りたかったのです。
「ピヨ」
しかし、その鳴き声は、まるでひよこのようでした。
「何でコイツ、猫なのにピヨって鳴くんだ?」
「よく分からないけど、お歌の邪魔になるから、あっちへ行ってね」
子猫は、トボトボ歩き出しました。僕が、もっと猫らしく歌えたら。子猫は、森を抜けた先の丘の上へやって来ました。クローバーがたくさん生えています。
「ピヨ」
そして、お歌の練習を始めました。ここなら、他の猫たちの迷惑にはなりません。
「ピヨ」
子猫は歌いました。でも、ちっとも猫らしくありません。もっと猫らしく歌わなきゃ。子猫は一所懸命に歌い続けます。
「ピヨ」
そこへ、丘の麓の川から、ワニがノッソノッソとやって来ました。
「お前、そんなとこで何やってんだ」
「ピヨ」
子猫は食べられてしまうと思い、泣きそうになりました。
「何だ?お前、猫なのにひよこみたいな鳴き声だな。ワッハッハ。ひよこ猫なんて喰っても不味そうだ。ホラ、歌ならよそで歌え」
ワニは子猫を食べずに、川へ戻って行きました。それも、自分がひよこのような声だからです。子猫は、ちょっと悲しくなりました。僕が、もっと猫らしく歌えたら、ワニさんとも仲良くできたかもしれない。子猫は、丘を下って、森の奥の湖のそばへ来ました。湖は少し薄暗くて静かで、お歌の練習にはぴったりです。
「ピヨ」
お歌の練習をしていると、湖の中から鯉が現れました。
「うわ!ひよこかと思ったら猫かよ!あぶねー喰われるとこだったぜ。そういう作戦か、ひー怖っ」
そう言って鯉は、子猫に水しぶきを浴びせて、どこかへ行ってしまいました。子猫はもっと悲しくなりました。子猫はトボトボ歩き出します。僕が、猫らしく歌えたら。仲間にも追い出され、ワニにも馬鹿にされ、そして鯉も。僕はなんてダメな猫なんだろう。
「ピヨ」
こんな鳴き声の僕は、猫じゃないのかもしれない。こんな僕は、いちゃダメなんだ。そのとき、大雨が降り出し雷が鳴り響きました。子猫は、怖くて泣き出してしまいました。
「ピヨ」
しくしく。子猫が雨に打たれながらトボトボ歩いていると、湖の近くに小さな洞窟を見つけました。子猫は雷が怖かったので、力を振り絞り、洞窟まで走りました。
「ピヨ」
真っ暗の中、声が響きます。ここには誰もいないみたいです。子猫は、思い切って、ここでお歌の練習をすることにしました。
「ピヨ」
もっと、猫らしく。もっと、もっと......
「何やってんだ」
突然、洞窟の奥から、地響きのような声が聞こえました。ドシン、ドシン、ドシン。見上げると、そこには、全身を赤黒く光らせた、美しい瞳のドラゴンがいました。ドラゴンは、フン!と大きな鼻息を立てて言います。
「お前、俺に食べられに来たのか」
「ピヨ」
子猫は、怖くて震えました。でも、ここで食べられたら、みんなのためになるかも、とも思いました。
「お前、猫なのにピヨって鳴いてたな。変な猫だ」
やっぱり、ドラゴンにも馬鹿にされました。子猫の目には、涙がいっぱいです。こんなに辛いなら、早く食べられればいい、と思いました。ああ、僕がもっと猫らしかっから。
「なぜ泣きそうなんだ?雷が怖いのか」
「ピヨ」
ドラゴンは子猫を気遣うように語りかけます。
「なぜこんなところに一人でいる?そうか、お前、ピヨって鳴くから、仲間はずれにされたんだろ」
「ピヨ」
「そうかそうか、そりゃ辛かったな。でも、お前、雨が上がったら、ちゃんと帰った方がいいぞ」
「ピヨ」
「さっき、お前の仲間が、お前のことを探してたからな」
「ピヨ」
「ハッハッハ!知らなかったのか。まあ、お前が思うほど、みんなお前のこと嫌いじゃないんだよ」
「ピヨ」
子猫は、ドラゴンの思いがけない優しい言葉に、涙が溢れてきました。
「まあ、声は変だけどな」
ドラゴンは、子猫を一晩、暖かいお腹の上で眠らせてくれました。おかげで、子猫は寂しい思いをしないで、眠ることができました。子猫が洞窟の外へ出ると、雨は綺麗に上がっていました。空にはキラキラの虹がかかっています。
「さあ、背中に乗れ。送ってやる」
「ピヨ」
子猫がドラゴンの背中によじ登ると、ドラゴンは大きな羽をぐわっと広げて、勢いよく飛び上がりました。洞窟も湖も、みるみる小さくなります。見上げると、虹が掴めそうでした。
「お前は強い猫だ」
「ピヨ」
「仲間はずれにされても、嫌われても、前を向くことを忘れちゃいけない」
「ピヨ」
「そして、自分を責めることだけは絶対にしちゃいけない。何があっても、だ」
「ピヨ」
「そうすれば、空は晴れ渡る。例え、雨の中でもな」
ドラゴンは、森の入り口へ舞い降ります。子猫は背中からぴょんと飛び降りました。それから、ドラゴンは子猫を抱きしめて、
「また、遊びにおいで」
と言いました。
「ピヨ」
抱きしめられるのは、ちょっとくすぐったい気分です。子猫は、ドラゴンにさよならを言って、仲間の元へ歩き出しました。心はすっかり晴れ晴れ。お歌の練習も頑張れそうです。子猫は、お空に向かって元気よく歌いました。
「ピヨ」
その声は命の限り力強く、春の空に響き渡りました。もっと、前を向いて強く。その瞳は、ドラゴンのように美しく輝いていました。