第6話
今回、話中に若干の痛みを伴う(流血?)表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
マントが邪魔だ。
体にまといつかせていたマントを取って、前に立ちふさがる二人に向かって投げ捨てる。マントはふわりと広がって二人の視界を塞ぐはずだった。
なのに――。
「えっ」
目の前で、まるで風が吹いたようにマントが逆に花梨に向かって被さってきたのだ。
頭から覆い被さってきたマントに花梨こそが視界を塞がれ、足を取られ、見事に転んでしまった。
「わっ、ちょっ、見えないっ」
そこをあっという間に上から取り押さえられてしまう。手に持っていた闇姫まで簡単に取り上げられてしまった。
「ちょっと、離してっ。闇姫を返してよっ」
じたばたと手足を動かすが、肩を床に押さえつけるように拘束されているため少しも自由にならない。
してやられた――っ。
花梨は悔しさにぎゅっと唇を噛みしめる。
拘束された上に、闇姫まで取られてしまった。
返す返すも、さきほど油断してしまった自分を歯噛みしたい。
『いったい何事ですか、子供相手に可哀想ではありませんか。リベルト殿下、幼女趣味とはあまり感心できる趣味ではありませんよ』
『なっ、なっ、なっ! ヴィンセントまで何を言うっ。そうではない。魔物だ。黒い魔物なのだ、この子供は』
『この期に及んで何を取り繕っているんです。確かに、黒い色素を持つ人など初めて見ましたが、殿下なのでしょう? こんな肌も露わな格好にさせたのは。あーあ、こんなすべらかな足を無謀にさらけ出させて』
「ふぎゃっ。チカン、変態っ、さわるなーっ」
マントから出ている花梨のふくらはぎをなで下ろす手があった。
抵抗をヒートアップさせているのに、なんなく足首をとられ、つま先を撫でられている。
『小さな貝殻のような爪ですね。ずいぶんと手入れされています。これは上流階級のお嬢さんではないですか』
『彼女に触るな。それより、訂正しろ。私は幼女趣味などでは――』
リベルトが声高に何かを口にしている。
もしかして、足の爪を未だに擽っているのはリベルトかっ。
『兄上の危ない趣味は結構ですから、早くこれをつけさせて下さい。彼女が可哀想です』
『ブルーノ、おまえまでっ。だから、誤解だと言っている。彼女は最初から、この危うい格好で――』
『そうでした、ブルーノ殿下。それではヴィンセントさま。申し訳ございませんが、こちらの剣を預かっておいて下さい。彼女の持っていたものです。どうも、祝福されしディーンの剣ではないかと殿下はおっしゃっているのですが』
『ふむ』
ようやくつま先を擽る指がなくなってホッとした。
と、頭を覆っていたマントが剥がされ、明るくなった視界に一瞬目をつぶる。
『うーん、確かに初めて見る黒い髪の持ち主です。しかし、可愛い少女ですね』
頭上から振ってきた声に瞼を開けると、先ほどの泉のような水色の瞳が覗き込んでいた。うすい金髪が光に透けてキラキラ光っている。
リベルトにとてもよく似た美形だが、内面からにじみ出た柔らかさのようなものが彼の顔にはあった。にこりと笑いかけられると、強ばっていた花梨の心までほっと緩んでしまうような。
当のリベルトはというと、後ろの方で倒れている。
何かあったんだろうか。
『ブルーノ殿下、大丈夫なんでしょうか? その装置は』
『えぇ、今まで5人に試してみて、5人とも成功しています。そろそろ商品化してもいいくらいですから。エーメ、彼女が動かないように頭を固定して下さい』
抵抗しすぎて疲れてきた花梨だが、数本の手が頭や肩に伸びてきたからぎょっとした。その手は、花梨の頭を床に押さえつけてくる。
耳に触れた指もあった。
「何すんのよっ。やだ、触るな」
冷たい金属の感触が耳たぶに当たる。
『おかしいな。痛みを軽減できるよう、氷を吹き付けているのに……』
『ブルーノ殿下?』
『仕方ない。今は一刻も早く意思の疎通を図る方が先決。多少痛むと思うが、後で治癒の魔法をかけることにしよう』
言葉の終わりと共に、尖った先端が皮ふに沈み込んでくる――そして、突き抜けた。
「あ――――――っ」
細い金属の針が耳たぶを貫いたのがわかった。
突き抜ける痛みに、花梨の体は強ばる。
だが、痛みはそれだけじゃなかった。
「あ、あ、あ、痛い。痛い、痛い――っ」
耳朶を貫いた場所から、ぞわりと何かが頭の方へと這いずってくる感覚があった。
痺れるような鈍い痛みを伴うそれに、花梨の体はぶるぶる震える。
同時に、ひどい耳鳴りが花梨を襲った。
『おい、ブルーノ?』
『おかしいな。こんなに痛むはずはないのに。それに、治癒の魔法がきかない。さっきから何度もかけているのに』
頭がかき混ぜられている感じがした。
異質なものに頭の中を乗っ取られかけているような感覚だ。それに必死で戦っているから、こんなひどい痛みが発生しているような。
そっと体が持ち上げられても、花梨は指先ひとつ動かせなかった。
こめかみを伝う汗を拭う誰かの指をはねのけることも出来ない。
「っ…ぅ……」
それでも、どのくらい経ってだろう。
ようやく痛みが少しずつ引いてきた気がする。
呼吸がしやすくなった気がして、震える息を吐き出した。
ゆるゆると瞼を開けると、心配顔が覗き込んでいた。それも、幾つも。
「大丈夫か?」
一番最初に声をかけてきたのはリベルトだった。冷たく見えた表情が気遣わしげに歪んでいる。
汗で湿った前髪をかき上げて、励ますように額を擦られた。
さっき、こめかみに触れていたのはこの手だ。
花梨は何となくそう思った。
「ね、君。僕の言っている言葉、通じてるよね?」
頭上からかけられた声に視線だけ動かすと、さっきの柔らかな金髪の男がいた。
言葉に頷くと、ほっと表情が緩む。
「よかった。いちおう、成功だ。でも、本当はこんなに痛むはずはないんだ。それに治癒魔法がきかないなんて、もしかして君は特殊体質なのかも知れない」
「本当です。この私がかけてもダメなのですから。これはゆゆしき事例ですね。魔物というのもあながち嘘ではないのかも知れません」
「ヴィンセント。よせ、彼女の前でそんなことを言うのは。こんな可愛い女の子が魔物のわけないでしょう」
もうひとり。まだ花梨がまともに姿を見てない男が気になることを言っている。
『魔物』って、何よ?
けれど、考える力さえもう今の花梨には残っていないようだった。
今日は厄日だ。疲れることが次から次に起こって、しまいには激痛に苛まれたのだから。
意識を手放そうとした瞬間、しかし、ふと――――。
「何でコスプレ軍団の言っていることがわかるの」
閉じそうになっていた瞼をぐいっと花梨は死ぬ気で持ち上げた。
ピアス、でした。自分で書いたのに痛そう…。もう少ししたら、登場する人たちを整理しようと思います。読んでいただいてありがとうございます。