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第5話

慌ただしく人が出入りする。

それを花梨は隣室からこっそり覗いて観察していた。

どうやら、花梨がお腹をすかせていることを悟ってくれた二人が食事をご馳走してくれるらしい。

あまり花梨の姿を見られたくないらしく隣の部屋へと移動させられたが、その間に罠を準備されているのではないかとこっそり見張っていたのだ。決してご馳走の匂いに惹かれたわけではない。


「メイドさんの格好をしてる女の子がいっぱい。可愛いらしいなあ、もう。や、しかしあれは胸がないと着れない上級者仕様だ」

ふくよかな胸を強調するようなハイウェストのメイド服を見て知らない間ににやついていた花梨だが、ふと自らの胸元を省みてため息をつく。


その頃になって、花梨はようやく周囲を見回す余裕も出来ていた。

ある程度冷静になってみると、花梨がいるこの場所自体も何だかおかしいことに気付いた。

以前テレビで見た宮殿のような立派な部屋だったが、壁紙に使われているデザインとか、窓枠の意匠など、花梨が今まで見たことがないようなものばかりなのだ。

世界は広いからはこんなデザインを使う国もあるかも知れないが、そうなると、花梨はその世界のどこかの場所に今いるということになる。


いやいや、まさか。

花梨は自分の想像を慌てて打ち消す。

だって、おかしいでしょ。

今のお腹のすき具合からして、舞を踊ったときからそれほど時間は経ってないはず。さっき見た太陽だって、あんなに高い位置にあったではないか。

そんな遠くまで攫われていないはずなのに……。

そこまで考えて、ふとありえないことを考えてしまった。


まったく違う世界に来てしまったりして……。


双子の草司が貸してもらった本に、そういう展開があった。

召喚した巫女が可愛いだの、草司からは絶賛推奨されたものだが、本を貸してもいいけど巫女の格好をしろなんて変な交換条件を持ち出してきたから即行拒否したという曰く付きの本だった。

けれど、そんなファンタジーめいた話が簡単に現実に起こりうるなら、本にする必要などないではないか。


花梨は憤慨するも、そうやって何かくだらないことを考えていないとパニックを起こしそうだというのを、頭のどこかで気付いていた。

本当は、ほんの少し――いや、とても変だと言うことには気付いていたのだ。

自分がいる場所はおかしい、と。


『さあ、お嬢さん。お待たせしました。食事の時間ではないので軽食となりますが、我が城自慢のコックが作ったものです。美味しいと思いますよ』

 

ぼんやり考えていたら、いつの間にか目の前のドアが開いていた。

そして、テーブルを埋め尽くす料理の品々。

花梨の目が知らないうちにキラキラ輝く。


茶髪の男がエスコートする席に、いまだぐるぐるとマントを体に巻き付けたまま移動する。

マントを剥ごうとしたら、コスプレ変態ヤロウに目の色を変えて止められたからだ。

濡れた服もとうに乾いていたから、いい加減マントは脱ぎたかったんだけど。


『おい、きさま。食べてもいいが、名前を教えろ。名前だ。あるだろう、魔物にも』


食事を食べていいのかと二人を窺ったとき、コスプレ変態ヤロウが高飛車に何かを言い放った。

どう解釈しても、食べていいという許可を口にしているのではなさそうだ。

美味しいものを目の前にして、食べさせないつもりだろうか、この男は。

じっとり睨んでやると、男は怯んだように目を逸らしている。


『いけませんね、リベルト殿下。女性に対する口の利き方がなっていませんよ。こんな小さな女の子でも立派なレディなのですからね』


なるほど、アメとムチか。

よくできたコンビだと、花梨は感心する。

金髪の男は居丈高に脅して、茶髪の男はまるで君の味方だよ、とばかりに優しくする。

テレビで見た、警察の犯人に自供させる手口みたいだ。

何を自供させるつもりかは知らないけど。


『お嬢さん、改めて挨拶しますね。私はエーメ・ブラッドレイです。エーメとお呼び下さい』


茶髪の男が自分を指さして何かを訴えかけてくる。

何度試されても言葉なんてわからないのにと困った顔で男を見つめるが、「エーメ。エーメ」と繰り返すそれが、もしかして名前じゃないかというのにようやく気付いた。


「もしかして、エーメっていう名前なの?」


微妙に発音は違うようだったけど、「エーメ」と口にした瞬間、茶髪の男がにっこりと笑った。隣にいた金髪の男は思いっきり顔をしかめていたが。

金髪の男に何度かつつかれて、茶髪の男――エーメがため息をついた。


『そして、こちらの方がリベルト・ル・アヴァロン=キャロウエヴァーツとおっしゃいます』


「リ…ル? キャーツ?」


『リベルト、です』


「リベルト?」


花梨が口にすると、コスプレ変態ヤロウ、もといリベルトはわずかに目元を赤くして頷いている。

エーメとリベルトの何かを期待するような表情に、あっと花梨は頷いた。


「私の名前は黒宮花梨。花梨って呼んで」


『カリン、か?』

『カ…リン、カリンですね? 少し難しいです。不思議な音の響きの名前ですね』


呼ばれて花梨がにっこり笑うと、リベルトが大げさに顔を背けている。

何だか、傷つく。というか、腹が立つ。

人の顔を見てそんなに嫌がる素振りしなくてもいいのにね。

確かにリベルトに比べると自分はきれいでも可愛くもないけれど、これでも高1の文化祭ではミスコンの候補になったのだ。あくまでも候補で、二次審査で落ちてしまったたけど。


ぷりぷりと頬をふくらませていると、エーメが紅茶のような飲み物を差し出してきた。


『カリン。どうぞお召し上がり下さい』


ようやく食べても良さそうな雰囲気に、花梨はホッとしてカップを手にした。


『カリン。その胸元に抱えている剣は邪魔ではないですか? 預かりましょう』


キューカンバーサンドウィッチもどきにかぶりついたとき、エーメが話しかけてくる。

む、キュウリだと思ったけど、何か違う野菜なのか。味はキュウリに似ているけど感触はグレープフルーツだ。噛む度に果肉みたいなのが口の中で弾ける。しかもマヨネーズの味でもないサンドウィッチ。

でも、すこぶる美味しいっ。

ふたつの目サンドウィッチに手を伸ばしながら、エーメの顔を見る。


「何か言った?」


『その剣です。邪魔でしょう?』


エーメが遠慮がちに手を伸ばしてくる。

それが剣に触れようとしたから、花梨ははっとして椅子から飛び退いた。


「何よ。闇姫ちゃんはあなたたちに関係ないでしょ。触らないでよ」


そういえば、リベルトは最初から闇姫をひどく気にしていた。もしかして、もてなして油断させ、闇姫を奪い取ろうとした作戦だったのか。

簡単にいい人だと信用して、食事まで口にしてしまった。

バカだと、花梨は唇を噛みしめてる。

今の食事に何か盛ってあったかもしれないのだ。毒とか、睡眠薬とか。物騒な考えだが、花梨をここまで攫ってきた人たちなら、やりかねない。。

テーブルに残るサンドウィッチを花梨は憎々しげに見つめる。


幸いなことに、さっきまでの疲れはずいぶん取れていた。

今だったら、隙を見て逃げられるかも知れない。

エーメとリベルトが立つドアはムリだとしても、背後の窓からなら何とか脱出できないか。

花梨は数歩後退して窓の外を窺おうとする。


『失敗しました。申し訳ありません、殿下』

『まるで手負いの獣のようだ』

『可哀想なことをしました。もう警戒は解いてくれないかも知れません』


二人が何事かを話しいるから、隙を突いて逃げようとするのに、自然体でありながら二人には全くの隙がなかった。

それでも、じりじりと裸足を絨毯に滑らせていると――――。


コンコン――――…。


ノックの音と共に、誰かが部屋に入ってくる。

一瞬、二人の男の意識がドアの方へ逸れた。それを、花梨は見逃さず背後の窓に飛びつく。


『カリン、待てっ』

『待って下さい、カリン』


かっこよく窓から脱出したかったのに、窓は鍵がかかっていた。花梨が見たこともない形状の鍵で、開けることはおろか動かす方法さえわからなかった。


「もう騙されないんだからっ」


仕方ない。こうなったら正面突破だ。

闇姫を鞘のまま構える。

入って来た人物は二人。二人とも男だが、エーメやリベルトに比べると体格が劣ることを瞬時に見抜くと、入って来た二人の隙間めがけて花梨は走っていった。


ようやく主要人物が揃いそうです。読んでいただいてありがとうございます。

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