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第4話

いくら自分が小柄だからって、階段を上ったりと結構な距離を歩いてきたのに、男の足取りには少しの乱れも感じない。

よほど体力があると花梨は見た。

みの虫よろしくマントに包まれたままだからはっきりとはわからないが、きっと男は少しの息切れもないだろう。

どのくらいそうして運ばれていただろう。


『リベルト殿下、どうなさったんです? そのマントの塊はいったい?』

『エーメか。人払いを。それから、ヴィンセントを呼べ』

『何事です?』

『いいから、急げ』


背後でドアが閉まる音がした。

自分の体がどこか柔らかい者の上に下ろされたのに花梨は気付いた。

けれど、まだマントは剥がれない。


「んーと、んーうー」


花梨は何とかもがいてみるが、傍にいるだろう男からは何の反応もない。

そうこうしているうちに、ドアが開き、誰かの足音が近付いてくる。


『一体それはなんですか。動物ですか? 動いていますが』


「ちょっと、誰か知らないけど助けてよ。このマントを剥がしてって。いい加減暑くなってきたの。苦しいって」


『……っ。女性ですか、しかも異国の。リベルト殿下、あなたが初めて女性に興味を持ったのですからとても喜ばしいのですがね。この扱いはいくら殿下を好きな女性でも愛想を尽かしかねませんよ』

『違うっ。……魔物だ。伝説の黒い魔物だ』

『――――は?』


「ね、ちょっと。どこのどなたか存じませんが、このマントを剥がしていただけませんか? って、馬鹿丁寧に言ってもダメか。ちょっと、いったい私をどこに連れ込んだのよ。早くここから出しなさいよっ。このコスプレ変態やろうっ」


『言葉は通じないのに、何やら罵倒されているように聞こえますよ。殿下、何をなさったんです? というより、早くマントを外して差し上げなければ可哀想ですよ』

『触るなっ。あ、いや、魔物に惑わされる。この上ない危険な生き物なのだ』

『しかし、声の感じからするとまだうら若き女性のような感じがしますが――――。もしかして、それほど妖艶な女性なのですか? それはそれで見てみたいですね』


うーん、何だかクラクラしてきたぞ。

暴れたせいでさらにマント内の温度が上昇したせいかもしれない。

どこかに寝そべられているせいで体勢は楽だが、呼吸は楽にならない。


『あ、大人しくなった。というか、気を失ったのかも知れませんね』

『そ、それは』

『まったく、困った殿下ですね。冷血王子と呼ばれるあなたがそんなオロオロとされるくらいこの女性が心配ならさっさとマントを外して差し上げればよろしいではないですか』

『ヴィンセントはまだか?』

『今頃はおそらくミルズ伯爵夫人のベッドの中でしょう。最近のお気に入りだと言うことですから。あそこからなら、半時もかかりません。それよりマントを外しますよ。いいですね?』


ぜーはーと呼吸を繰り返していると、ようやくマントに誰かの手がかけられたのに気付いた。

体が回転するようにマントが剥がされていく。


『気を付けろっ。目を合わせるのは危険だ』

『まだ魔物だとおっしゃっているんですか。って、本当に顔を背けなくても……本当に魔物なんですか……?』

『惑わされるなよ』


ようやく光が差し込んでくる。冷えた空気がさっと入ってきて、呼吸が一気に楽になった。


『っ……』


頭上で息を呑む音がした。

瞼を持ち上げ見上げると、柔らかい茶色の目が覗き込んでいた。人の良さそうな顔だ。同じくコスプレ変態やろうとお揃いの格好をしていたが。


『エーメ。おまえまで惑わされたのではないだろうな、その本物の黒い魔物に』

『惑わされるって。確かに初めて見る黒い髪に黒い瞳ですが……どう見ても子供ではないですか』

『何?』


人の良さそうな男の後ろに、さっき見たコスプレ変態野郎がいた。

こんな苦しい目に合わせた腹いせをしたかったが、今までの抵抗で使える体力は全て使ってしまったみたいに体が重い。


『あー、可哀想に。こんなにぐったりして。ダメですよ、殿下。小さな女の子には優しくしないと。将来の殿下の花嫁候補に挙がるかも知れないのですから』

『いや、しかし、さっきはずいぶん悩ましげなポーズで私を――――』

『それとも、もしかして殿下は小さい子供しか愛せない危ない趣味をお持ちだったとか? それはいけません。殿下の近習として、それは見過ごせない趣味です。即刻矯正していただかなければ』

『違うっ。ほら、見ろ。いくら小さな子供でも、こんな肌も露わな格好をしているんだ。さっきはこの薄い下着のような服を肌にまといつかせて、こう私に、な――――』

『がっかりです。殿下が変態だったとは』


目の前で何かしゃべっていた二人だったけど、金髪の変態ヤロウの方が急にショックとばかりに倒れ込んでいる。

何だか、気の毒なほど顔色が青い。

一方で、優しげな顔の男が花梨の体をその場に座れるよう手を貸してくれた。


『さて、お嬢さん。名前は何と言うのですか? どこの出身でしょう?』


まるで小さな子供相手のように、丁寧に男が花梨に向かって何かを話しかけてくる。それを、イントネーションが違う言い方で数回繰り返されたが、そのどれにも反応を返せなかった。

何と言っているのか、花梨には全くわからなかったからだ。


『ダメですね。キャロウエヴァーツの言葉だけでなく、他の言語も通じないようです。それに、この艶やかな黒髪。こんな色の髪を初めて見ましたよ。染められたものでもないようですし』

『だから言ったのだ、黒い魔物だと。あれは黒い女性の姿をしていたと書いてあったしな』

『その伝承がどこまで本当のものなのか確かでないでしょう? それより、この女の子をどこで拾ったんですか? 傍に誰かいなかったのですか?』

『エーメ。黒い魔物のことを持ち出したのはこの女が黒い髪と瞳を持つだけではないのだ。女が胸元に抱えている剣を見ろ。それは祝福されたディーンの剣ではないか?』


花梨を無視して頭上で交わされる言葉のわからない二人の会話に、だんだん腹が立ってきた。


「ちょっと。二人でケンカする前に、今の私の状況をどうにかしようとは思わないんですか」


むぅっと唇を尖らせてしごく正統な発言をした花梨だが、次の瞬間、花梨のお腹まで派手に主張をしてしまった。


グゥゥ~―――…。


『なるほど、腹の音は万国共通なのだな』

『殿下、こいうのは聞かないふりをするのがマナーですよっ』



花梨の白い顔がリンゴのように真っ赤に染まった。



王子の登場です。でも、書けば書くほどお馬鹿になっていく気がする。冷血王子って筋書きなのに。

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