表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

第3話

花梨がしゃべる日本語を「 」で、異国語を『 』で表記しています。

どのくらいそうしていただろう。


「ハックチンッ……」


乙女にあるまじきクシャミをしてしまった……。

その時点でようやく花梨は冷静になった。

いやいやいや。怖いとか不安とかいう前に風邪をひくでしょ。

日差しは少し暑いほど、乾いた爽やかな風は心地いいけれど、全身濡れたままではさすがに冷える。


「とりあえず、このままここにいても誰か助けに来てくれるとは思わないし」


双子の兄である草司はものぐさでちょっと軽いけど、花梨に対しては結構なシスコンだ。

何が起こったのか。もしかしたら誰かに攫われたのかも知れないけど、いずれは助けに来てくれるはずと心を落ち着けた。

今はとりあえず、濡れた服を乾かさなきゃ。


ザブザブと水をしたたらせながら泉から這い出たとき――――。


背後の茂みがガサガサと揺れる音がした。

花梨が振り向くと人影が現れる。

草司かと期待したけれど、日差しの元に出てきた姿を見て花梨はぽかんと口を開けてしまった。


外国の男だった。

ハチミツをとかしたような見事な金髪。天上にある青空のような美しい青い瞳。

名のある彫刻家が彫り上げたような顔は、あまりに整いすぎて現実味がないほどだ。その血が通っていないような白い顔が、今は花梨同様に驚きの表情を浮かべていた。

何より花梨を驚かせたのはその男の格好だ。

黒に近い紺色の軍服に、足元は革のブーツ。腰の飾り帯には二本のサーベルが差してあった。しかも、肩からくるぶし近くまでを覆う長いマント。


コスプレ――――?


しかも、本人マジですよ。

こんな森の中でこんな本気を窺えるコスプレをしているなんて。


少しヤバイ人かも……。


そんなことを考えた花梨だが、我に返ったらしい目の前の男も花梨を警戒するように半歩、左足を後ろに下げて花梨を睨みつけてきた。


『き、き、き、きさまっ。何者だっ!』


鋭い声が投げかけられて花梨は思わず体を竦ませた。

けれど、次の瞬間、ゾッと背筋が冷たくなった。


言葉がわからない……。

英語でもなかった。その他の言語なんて花梨はわからなかったけれど、何だろう。言葉の構成そのものが外国の言葉とも違う気がしたのだ。まるで、宇宙人と話しているような変な違和感を覚えた。


『兄上の手の者かっ。いや、魔物だな。私を籠絡させようというつもりだろうが、そうはいかないぞっ』

「あの、ちょっと待って。あなたが何を言っているのか……」

『……っ。言葉が通じないか。やはり魔物だな。伝説の黒い魔物かっ』


言葉の意味がわからなくても、しかし、敵視されているのは雰囲気でわかった。手は腰のサーベルにかけられており、いつでも飛びかかれるような体勢だ。

強ばった顔をしているが、その目元はなぜか赤い。視線がふらふらとさまよっているのはなぜだろう。


『そんなふしだらな格好で男の前に現れるなど尋常じゃない。だ、だが、私は誘惑などされないぞっ』

「そんな怒らないでよ。ちょっと怖いって」


花梨が四つん這いの体を起こそうとしたとき、男がサーベルにかけた手を動かす。

ジャリと金属がこすれる音がして、その瞬間、緊張状態だった花梨の頭のどこかでぷつりと音がした気がした。


「だからうるさいって言ってるでしょ。あなたが何を言っているのかわからないのよっ。何よ、何でそんな知らない人間に簡単に剣を抜こうとするのよ。普通やらないでしょ。うちの道場では教えてないわよ。っていうか、それ本物じゃないでしょ。本物じゃないって言ってよ」


癇癪を起こして一気にまくし立てる。

剣を扱ったことがある花梨だからわかる。

今の金属音は模造品のものなんかじゃない。本物の鋼がこすれる重い音がした。

そんな剣を腰に差す男。言葉が通じない男。現実にありえないほど整った男。

もうパニックを起こさなきゃ普通の人間じゃないでしょっ。

鼻がツンとする。

震える唇を必死で噛んで、こぼれそうになる嗚咽を我慢した。


私、ここで殺されるかも知れない……。


しかし――――。

花梨に怒鳴られた男は、戸惑ったように表情をしていた。

警戒する姿勢は緩めないが、先ほどの殺気に近いオーラはなりを潜めている。


それを見て、花梨はすんと鼻を鳴らした。

泉から這い出たままの四つん這いの格好にいい加減疲れていた。やるならやればいいと、ヤケクソの気分で闇姫をたぐり寄せ、ぺたんと地面に座る。

腰までの自慢の黒髪が、今は濡れて非常に重い。濡れたシャツが肌に貼りつくのも気持ちが悪かった。

何より水に浸かりっぱなしだったせいで、スカートから覗く腿は冷たさで青白く色が変わっている気がする。

今の私でまともに対戦できるかな……。

先ほどちらりと見せられた殺気からして、この男に自分が勝てるとは思わなかった。もちろん、簡単にやられるつもりはないけど。


『その剣は――――」


ふと、男の表情が動いた。

花梨が抱える闇姫を一心に見つめている。


「なによ。これはうちの家宝なの。やらないわよ。なくしたら、いくら私でも庭の柿の木に吊されるかも知れないんだから」


男の視線から隠すように闇姫を胸に抱くと、男の片眉がひょいと上がった。

外国人がやるしぐさだ。

ぼんやりそう思ったとき、男がはっと再び警戒の体勢を取った。

やられてもいいなんて思っておきながら、やっぱりやられるとなると体が身構えてしまう。

闇姫の柄に手をかけようとしたとき、男は舌打ちをする。

自らの肩に手をやってマントを外したかと思うと。


「ちょっ……ええーっ」


バサリと、花梨の頭から被せたのだ。

いきなり真っ暗になった視界に呆然とする。

もしかして、このまま串刺しにするつもりじゃ……。


「冗談じゃないっ」


慌ててマントを剥ごうとするが、それより一瞬早く、さらにきつく拘束するようにマントが体に巻き付けられていく。

そしてそのまま体が宙に浮いた。


「あだっ」


突然のことだったから、舌を噛んでしまった。

地味に痛い。


『いいか、静かにしろ。死にたくなかったら大人しくしているんだ』


頭のすぐ上から声がした。ただ、少し焦っている様子がその声音から窺えた。

そういえば、誰かを呼ぶ声がだんだん近付いてきている。名前のようだが、やはり花梨の知っている言語ではなかった。

もしかして、コスプレさんはそれを警戒している?

男が歩き出すのが振動でわかる。まるで声から遠ざかるように。

でも、何で私まで逃げるように移動されなきゃならないの。

抗議したかったけれど、噛んだ舌も痛かったし、きっと言葉も通じない。

ま、いいか。

このまま串刺しにされるわけではないなら、とりあえず、このまま力を温存しよう。多少息苦しいけど、マントは暖かいし。


男の、花梨を抱く手がやけに大切なものを扱うときのようであったのが少しだけ不思議だった。


宇宙語をしゃべる美形男。あんまりかっこよくない気がするです。読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ