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第32話

「このカリンはここより遙か東方の、険しい山岳地帯に隠れ住んでいた少女なのです。珍しい双黒の一族で、しかしカリンが一族最後の人間となってしまいました。私の曾祖母の縁者なのですが、先日家系図をひもといてようやく思い出した存在。懐かしさに便りを出したところ、ついこの間両親を亡くしたとのことで、それでは私のところへ身を寄せればと誘いかけ、遠路はるばる単身旅してこの国までやってきたのです」


後から齟齬が出ないようにだろう。花梨やリベルトに聞かせるように、ヴィンセントが滔々と嘘を並べ立てていく。

花梨が別の世界からやってきたという話を公にするのはマズイのだと暗に言われているのだ。

リベルトはどうか知らないが、確かに花梨に聞かれたら馬鹿正直に自分は別世界の人間だと口にしていただろう。

しかし、ただでさえ珍しい黒い髪や黒い目の持ち主である自分が別の世界の住人だと言うことを知れば、ここにいる人間達はさらに花梨を珍獣扱いするに違いない。

もしかしたら、牢屋に入れられる可能性だってある。

それで言えば、一番最初に出会ったのがリベルトでよかったのかも知れないと、花梨は改めて思った。

王宮は恐ろしいところだと言われていたけれど、それは本当のことだった。こんな王や周りの男たちに見つかっていたらどんな扱いを受けていたか。


「話が違うではないか? リベルトが保護していると申しておったぞ」

「リベルト殿下には私がお願いしました、彼女をぜひこの国に住まわせたかったので。無理なお願いでしたが、殿下には快く聞いていただき、深く感謝しております」

「ふん。しかし双黒の一族とは。私は一度も聞いたはないぞ」

「そうでございましたか。確かに、人前には滅多に姿を現さない一族でしたからね。人々に知られていないのもムリはありません」


飄々とうそぶくヴィンセントにマキス王もとうとう気分を損ねたように顔を背けた。


「もういい、黙れ。不愉快だ」


王の発言を機に、今度は両側に座っている男たちが声を上げる。


「レスコット公。マキス王は不愉快だと申されておる。早く退出されたらいかがか」

「カッター大臣のおっしゃる通りですね。それでは私たちはこれにて失礼いたします」


ヴィンセントが花梨を促したとき、鋭い声が飛んだ。


「その娘は残して去られよ。その者は私が預かることになった。王の宮へ献上するために、私が一から技術を教え込まねばならぬからな」

「リプンナ大臣、それは私の役目だ。レスコット公、娘は私が預かるゆえ安心されたし」

「何をおっしゃるのです。その大役は、このルフラ伯にお任せを」


両側に座っていた男たちは大臣達だったのだ。

なんて考えた花梨だが、その発言を聞くとのんびりもしてられなくなる。

本人の意思無しに、勝手なことばっかり言ってんじゃないわよっ。

思わずいきり立った花梨だけれど、口を開いたのは目の前の男が一瞬早かった。


「カッター大臣、並びに、ここの臨席しておられる大臣に告ぐ。カリンは私が保護している大切な少女だ。よって、他の誰にもその身を預けたりすることはない。兄上、申し訳ございませんが、この少女だけはお許し下さい」


リベルトの凛とした声が石で作られたホールに響く。

冷たい憤りにわずかに語尾が震えたのを、花梨は聞いた。


「リベルト、そこを退け」

「兄上」

「退けと申しておる。私の宮に入ることを女が嫌がるわけがなかろう。どれ、私が直接その者に尋ねてみようではないか」

「兄上っ」

「何を慌てておる。きさま達の言っていることはその者の意思ではないと私に知れるのがまずいからか? 私の宮に入るとその者が申したときは、そなた、どうしてくれようか」


マキス王はやけに自信たっぷりに広言する。

花梨の位置からその表情は見えないが、にやにやと顔を緩ませているのがその声音から伝わってくるようだ。

冗談じゃないっ。

花梨は大声で叫びたかった。

これでも初めては好きな人と、なんて乙女な心を持っているのよ。

あんな尊大な男なんて、触られるのさえ嫌だ。

しかも、リベルトやヴィンセント達とは敵となるらしい男の元へ自分が身を寄せるはずがないではないか。

そんなことはリベルトもわかってくれていると思っていたのに、まさか自分が王の言葉に頷くとでも考えているのかと、目の前から退こうとしないリベルトに逆に怒りがわいてくるほどだ。


「リベルト、退いて」


だから花梨の方から声をかけた。

とたん、大臣達の席で声が上がるのが聞こえた。王子を呼び捨てとは、なんて声だ。非難にも聞こえる。

けれど、花梨は構わずもう一度声を上げた。


「退いて、リベルト。私が自分の口からちゃんと言うから」

 

けれど、その瞬間。花梨を取り巻く男たちが過敏に反応した。

エーメは難しい顔をして小さく首を振り、背後のシピは緊張感をさらに高めているようだ。ヴィンセントは何かを考えるように花梨を見つめたままだった。

そしてリベルトは。


「黙れっ、カリン。おまえは知らないからっ」


焦ったように花梨の口を縫い止めようとする。

いったい皆は何をそこまで警戒しているのか。花梨は眉をしかめたとき、マキス王の声が飛んだ。


「リベルト。本人も望んでいるのだ。本人の口から、返事を聞こうではないか。何、私も望んでもいないのに宮に入らせるつもりもない。もっとも、後宮入りを断る人間がいるとは思わぬがな」


自信たっぷりに言われて、花梨は奮い立つ。

じゃあ、私がその高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやる。

顔色を真っ青にしているリベルトを押し退けて、王の前に立った。

が、その瞬間。空気が変わった気がした。粘り着くような気配がマキス王から発せられている。生暖かくて、鳥肌が立つような気味悪さだ。


「子供。きさまは私の宮に参るであろう?」


花梨は大きく息を吸った。

リベルトが少しかっこよくないですか? ない、ですか…。

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