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第22話

リベルトが剣を振るうと、金色の鱗粉が辺りを照らすほど輝いた。

今まで前にしか進まなかった魔物がその光を恐れるように後ろへじりじりと下がっていく。

無数の黒い触手を伸ばすも、そのすべてが闇姫によって消失されるのだ。黒い霧と共に無数の触手もあっという間に宙でかき消えていく。

それはすごいことなのだろうか。

周りにいた騎士達、魔導士達が驚くような歓声をあげている。

以前との戦いの違いなんて花梨にはわからなかったけれど、その光景は恐ろしいほど美しいと思った。


「カリン、あの剣は――」


花梨を後ろから支えていたヴィンセントの手の力が強くなる。


「――あの剣は本物のディーンの剣かもしれません」


震えるようなヴィンセントの囁きが耳元で聞こえた。

それは感嘆の呟きだった。

視線の先では、リベルトが単身で魔物へ向かって駆け出していくところだ。

いや、彼はひとりではなかった。リベルトを守るように幾重もの銀色のベールが体を覆っていることに花梨はようやく気付く。

金色の鱗粉が鮮やかすぎて今まで見えなかったが、銀色のそれを作っているのは後ろで陣を組んでいる魔導士の魔法なのだろう。

そして、左右から次々に襲ってくる触手からリベルトを守っているのが俊敏な動きを見せる何か――あまりに早すぎてそれが人なのか獣なのか目が捕らえきれないが、確かに何かが、誰かがいる。花梨にはそれが獣のように見えた。しなやかで鋭い動きだった。

リベルトが魔物の懐に潜り込んだ瞬間、まばゆいまでの金色の柱が天を突き抜ける。

暗澹とした曇天を突き破り、広げた隙間から太陽の光を復活させた。


「きれい……」


天使の梯子とか言うんだっけ。

雲の隙間から降ってくる光の筋が、キラキラと舞い落ちる金色の鱗粉と相まって夢のような光景だ。


うおおおっ――――。


ぼうっと見蕩れていた花梨を我に返らせたのは野太い歓声だった。

あっと視線を魔物がいた場所へと移すと、そこにはもう何もいない。

黒い魔物も、触手の一片も、何ひとつ残っていなかった。

ただリベルトと彼に付き従うように黒い影がひとつ立っているだけだ。


「リベルトは魔物を、倒したの?」


背後を振り返ると、ヴィンセントの紫色の瞳は興奮したように濃い色に変化してリベルトを見ている。


「ヴィンセント?」

「あなたは――」


重ねてヴィンセントに問うと、彼はようやくベール越しに花梨を見下ろしてきた。


「あんな剣を携えていたあなたはいったい何者なんでしょう」


その瞳にはわずかな畏れにも似た色が含まれている。

まるでまったくの他人を見るような眼差しを向けられて、花梨はずきりと胸が痛んだ。

もちろんヴィンセントと自分は他人だけれど、花梨自身彼とはずいぶん仲良くなった気になっていたから、こんな見ず知らずの人間を見るような眼差しを向けられて少なからずショックだった。


「何者って、ただの黒宮花梨だよ」


小さな声でそれだけは言う。

ヴィンセントは不思議そうにそんな花梨を見ていたが、ふっと息をついてやっといつもの表情に戻る。


「そうですね。今はそれで十分かもしれません」

「いや、十分も何も。それ以上でもそれ以下でもないから」

「そうでしょうか? カリンはまだ私の知らない秘密を隠し持っていると思いますよ。たとえばこの唇はどんな芳しい口づけを――」

「きさまらーっ。馬上で何たるふしだらな行為をしているっ」


ヴィンセントの指先が花梨の唇の上を滑ったとき、遠くからよく知った声が近付いてくる。

見ると、土煙を上げてすごい速さで近付いてくるリベルトがいた。

その後ろに従っているのはエーメの乗る馬ともう一騎、黒い影が馬を御しているが、近付いてくるに従ってその姿がはっきりとしてくる。


「猫耳?」


いやいや、まさか。

自分の見た光景に何度も瞬きをする。

リベルトの後ろにいる白鹿毛の馬に乗っているのは褐色の肌を持つ男だった。長身でしなやかな体躯は、先ほどリベルトを右に左に擁護していたのが彼だと知らせた。全身黒尽めのスレンダーな服を着ているから黒い影のように見えたのだ。

しかし――――沈んだ金色の髪から飛び出しているのはまさに猫の耳!


「ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィンセント!」

「おや。私を愛称で呼ぼうという練習ですか」

「違うって。リベルトの後ろにいる人って何。いや、誰なの?」

「あぁ、彼はウル族です。カリンは彼に会うのは初めてでしたね。最近は表に出ることがほとんどなくなった誇り高き孤高の一族なんですよ」

「ウル族。猫耳……もしかしてしっぽなんてのもある?」

「ありますよ。彼らは変態しますからね、獣の姿に。彼らの故郷では獣のまま過ごす人も多いそうですよ」

「ほお……」


猫耳と言うことはネコ科の大型獣ってこと? そんな姿に変身できる?

あの体格だからライオンじゃなさそうだ。チーターとか豹とかかな。

ワクワクして褐色の肌の男を見ていると、その前にずいっとリベルトの顔が割り込んできた。


「ヴィンセント。きさま、この戦いの場にカリンを連れてくるなどとんでもないぞっ。しかも、先ほどは嫌がるカリンに不埒な真似をしていたな」

「カリンは嫌がってなどなかったですよね」

「そうなのかっ」


いや、そんな睨まなくても、リベルト……。


「カリンは自らヴィンセントに身を預けていたのか」

「いや、リベルト。ちょっと待って。そんなことより、闇姫ちゃんを返して欲しいんだけど」


花梨のセリフにリベルトが表情を改める。

そして腰に差した闇姫に右手を押し当てた。


「これは渡せない」

「渡せないって、何言って――」

「カリンも先ほど見ただろう、この剣の威力を。魔物を瞬時に消失できるような剣など伝説の剣以外にありえないのだ。これは伝説のディーンの剣だ。女子供の慰み物であってはならない」

「ふざけないでよっ。女子供の慰み物って何!」


二人でにらみ合っていると、緊迫したムードを散らすように手を鳴らされた。


「お二人とも。そこまでになさいませんか。リベルト殿下、時と場所を考えて下さい。カリンをいつまでもこんな場所にいさせてはいけませんよ。野蛮な戦いの場はあまりにおつらいでしょう。それに誰の目に留まるかしれません」

「うむ。そうだった」

「ちょっと、誤魔化そうって気?」


慌てる花梨だが、気付くと続々と騎士や魔導士達がこちらへ向かってきていた。

遠目だが、誰もがこちらに注目しているのがわかる。


「とりあえず、移動しましょう」

「カリン。しっかり捕まっていてください。少し飛ばしますよ」

「ぇっ…ぅわ」


リベルトを先頭に馬を走らせていく。


「――ねぇ、あの人達は置いていくの」


土煙の中、花梨が振り返ると地面に横たわる数人の騎士が遠目に見えた。

魔物との戦闘で亡くなった騎士達なのかもしれない。

それだけ激しい戦いだったけれど、だからこそ頑張ってくれた人たちをあの場に残していくのは何か嫌だ。


「彼らは魔物の呪いにかかった者達です。魔物の触手に触れ、少しでも生気を吸われた者はああして眠りにつく。永遠に目覚めない眠りに」


ヴィンセントの声に冷たい憤りを感じ取れた。

花梨は、以前見た魔物を憎んでいる峻烈なほどの悲しみに満ちたヴィンセントの眼差しを思い出す。

ヴィンセントは誰よりも魔物を憎んでいる気がする。

何かあったんだろうか。

それが気になったけれど聞くことも出来なくて、花梨はもう一度、もう見えなくなった騎士達がいた辺りを振り返った。


「あの人達は、あそこで死んでいくの?」

「いえ。彼らは専用の病棟で手厚く看護され安らかに眠りにつきます。苦痛を感じないのが唯一の救いでしょうか」

「それでも、何だか悲しいね」


花梨はヴィンセントに背中を預けて俯く。

闇姫が魔物を倒したときの皆の歓喜の声を思い出す。

魔物は、倒してもその場に禍を残す――。

けれど、伝説の剣は魔物をきれいに消失してしまうのだという。今日の闇姫のように。

唇をきつく噛んでいた花梨は、何度か口を開き、言葉を紡ごうとする。

数度目にようやく言葉が出た。


「闇姫を戦いに使えば、あんな人たちも少なくなる?」

「カリン?」

「闇姫は魔物を何の跡形もなく消したんだよね? それって伝説の剣のようなことが出来たって事でしょ? 闇姫を使ったらもっと楽に魔物を倒せるのかな」


闇姫――たったひとつの花梨のよすが。

花梨が日本にいた証しを手放すのは心が痛むし不安だ。

それでも人が亡くなっていくのを知らんぷりして持ち続けるなんて出来やしなかった。

ヴィンセントの答えはやはり花梨の思った通りだ。


「あなたの剣を使えば魔物の呪いにかかる人たちも確実に減るでしょう。戦うリベルト殿下の負担もずいぶん少なくなります」

「――うん。じゃ、いいよ。闇姫ちゃんはリベルトに貸すことにする、無期限で」


きゅっと、一度奥歯をきつく噛みしめてから花梨は言った。

その瞬間、背中に触れるヴィンセントの体が小さく震えた気がする。


「カリンっ」


ヴィンセントに抱えられた頭に唇を押しつけられたのに気付いた。フード越しだけど。

けれどそれはいつもの女たらしの手管のひとつじゃなく、純粋に感極まった行為に思えた。


「あなたの優しさと勇気に感謝します。カリンは本当に素晴らしい女性です」

「ちょっ、苦しいって」


歓喜の抱擁はちょっときつすぎる。

けれどあんまり強くは押し退けられない。何たって今花梨は馬上にいるのだから。


「ヴィンセントっ。馬上でふざけるなっ」


前方を駆けるリベルトには背中に目でもついているのだろうか。

タイミングよく鋭い叱咤が飛んできて、強すぎる抱擁から抜け出せた花梨はようやくホッとした。

そんな時、横からの強い視線に花梨は顔を上げた。

見ると、ヴィンセントと花梨の乗る馬を守るように隣に付き従う馬が一騎。さっきの猫耳の男だ。

驚くような速さで馬を駆けさせながらも、金色の瞳は花梨をじっと見ていた。

もしかして、ずっと見られていた?

ヴィンセントとのあれやこれやも全部見られていたのかもしれないと、執拗なほどの男の眼差しに花梨は思った。そして彼の目は薄いベール越しにカリンの黒い瞳さえ捕らえている気がした。

眦のつり上がったアーモンド型の目は鋭い。それでも花梨を見つめる金色の目は子供のように純粋で、そのアンバラスさに花梨は目を奪われた。

元々表情が少ないのだろう。

彫像のような整った顔だから、動かない表情は男を少し冷たそうに見せる。

猫耳の男と見つめ合っていた花梨の注意を引いたのはヴィンセントの手。


「カリン。私以外の男をそんなに見つめないでください。嫉妬でおかしくなりそうです」


ヴィンセントの片手が花梨の目を覆う。

突然真っ暗になった視界にぎょっとした花梨だが、ヴィンセントはさらにその大きな体で花梨を覆い隠してしまうように抱きしめてくる。


「そこっ、何をやっているっ」


そんな二人に前方からまたもや鋭い叱咤が飛んできた。

ようやく彼を出せました。何と猫耳、尻尾つきです。彼の変態後の獣姿が見たい

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