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第20話

平穏な日々を過ごせたのは二日だけだった。

伝書鳩のような鳥がヴィンセントの屋敷に飛んできたのは、午後も日が傾いてきた頃だ。


「カリン。魔物が出没しました」


濃紺色のローブを身に纏い、流れる銀髪を後ろで緩く結わえているヴィンセントは、いつもは見せないわずかに緊張した顔をして花梨の前に現れた。

紫色の瞳もいつも以上に濃い色をしている。


「カリン。魔物はクリネの森に生きる生物を食い尽くして強大化しているそうです。今回、我が国の新鋭騎士団一小隊と魔導士団の半分が出動する要請がきています。そのくらい危険な任務になるのです。剣は私がリベルト殿下に渡しましょう。今回は同行は諦めてください」


ヴィンセントは脅すわけではないのだろうけど、花梨にはわけのわからないことを聞かされてまるで脅されているみたいに思えた。

食い尽くしたって何よ。強大化って何よ。

闇姫を握る手に汗が滲んでくるような気がする。けれど、それを落ち着かせるように冷たく反応を返してくる闇姫に心がスッと落ち着いた。


「いやよ」

「カリンっ」

「嫌だって言ってるの。闇姫が伝説の剣じゃないところをこの目で確かめる。約束したよね? ヴィンセント」


ヴィンセントが苛立つように目を尖らせる。

まるで心の内で激しく葛藤しているように、紫の瞳は荒れた大海のように何度となく大きな感情の波が浮かんだ。

それでも、幾ばくもなくヴィンセントから答えが返ってくる。


「わかりました。同行を許可します。カリンは私がお守りしましょう」


その言葉にホッとして花梨は勢いよく立ち上がった。


「カリン、申し訳ないのですがその格好は着替えてもらえますか? 本来、魔物との戦いの場に女子供を連れてはいけないので」


ヴィンセントは花梨の着ているドレスを見て言う。

ヴィンセントの言うことももっともだと花梨は頷いた。何を着ればいいかと考えていると、ヴィンセントがメイドに何かを持ってこさせた。

それは道着だった。いや、形は道着だけれど、上のカシュクールシャツにもパンツにも細かな刺繍が施されていて、裾や袖も美しいラインにカットされている。

もうこうなると道着と言うより外出着だな。

もっとも、女性と言うより中性的な感じに見える。貴族出身の少年といった感じだ。

ヴィンセントが退出した部屋でそれに着替えた花梨は、鏡に映る自分の姿にため息をついた。


「いったいいつの間にこんなものを用意していたのか。あの人って結構な着道楽だよね」


部屋の外に出ると、ヴィンセントが壁にもたれて待っていた。

出てきた花梨を見てわずかに眉を上げる。が、特に何も言わずに腕に持っていたフードつきのローブを花梨に着せた。結わえていた花梨の黒髪をフードの中にすっぽり隠すように。


「いいですか。カリンの見た目は独特です。それを今はあまり人に知られたくはありません。ですから、絶対そのフードを取らないでください」


限りなく黒に近い紫色のローブは光沢があって軽い。

前面は鼻のラインまで深くフードをかぶるようになっているが、そこだけまるでデザインのように紗の生地が使ってあって視界は良好だ。けれど、外からは中は暗くて顔は見えないだろう。

まさに花梨のために作られたようなローブだった。


「女性があの場にいることが知られるのもまずいです。誰かに話しかけたりするのも禁止ですよ。それから危険だと思った場合、私はすぐにあなたを連れて場を撤退します。それはあなたが何を言ってもです。それは最初に了承しておいてくださいね」

「わかった。その時は私も文句は言わない。でも、それは非常事態の時だけにしてね」

「約束しましょう」


その言葉を最後に、二人は移動した。

厩舎の外に繋がれていたのは馬だった。(額に小さな一本角があったけど)白栗毛のきれいな毛並みをしているそれは、花梨が今まで見たこともないほど大きかった。ヘタしたら小型の象くらいあるかもしれない。


「うわ、大きい。これに乗るの?」

「本来二人では乗らないのですが、あなたは軽いからいいでしょう。それに、これは気性が激しい動物なので私でないと御せませんし。いいですか? もう一度確認します。あなたは私の縁戚の魔導士見習いですからね」

「了解」


警察官がよくやるように、手刀をぴっと額に斜めに当てたポーズをした花梨だが、もちろんヴィンセントには通じなかった。

生暖かいような表情を見せるヴィンセントは何も言わず、花梨に腕を伸ばしてくる。


「失礼」


気付いたときにヴィンセントに抱き上げられていた。

動揺したのもつかの間、花梨を横抱きにしたままヴィンセントの体が宙に浮く。


「わっ」

「あなたに直接は魔法はきかないようですが、あなたに触れていても魔法は使えるようです。あなたに触れたまま魔法が私に作用するかどうかは、今度調べてみましょう」


ヴィンセントの言葉に、今彼は魔法を使って自分の体を浮かせていることを知った。

馬の背に花梨を載せると、その後ろに自分も跨る。

花梨の体を胸に抱えるように手綱を握ると、花梨に自分の腕を掴むように指示する。

ローブ越しの太い腕にしがみついた花梨に、ようやくヴィンセントは頷いて馬を走らせた。


「うっは。自分で馬に乗るのとはまた違う」

「カリンは馬に乗れるんですか。本当に色んな意味で規格外ですね、あなたは」

「規格外って、それって褒めてる? ぁたっ」

「舌を噛みますよ。もう黙った方がいいですね。もっと飛ばします」


もっと早く言って欲しかったんだけど……。

花梨は背中に感じる自分とは違う体温の主を恨めしく思う。

かなり急いでいるのだろう。そして、それに応える馬もすごい。

まるで飛んでいるみたいな速さだ。

ヒューヒューと耳元で風がうなり、開けている目が乾燥してシパシパした。

この速さで駆けるこれは、もう馬とは呼べないんじゃないかな。

そんなことを思っていた花梨だが、気付けば、周囲にはヴィンセントを囲むように馬に跨るローブ姿の集団がいた。


「団長。どうしたんですか。ずいぶんのんびりですね」

「あなたたちは先に行きなさい。預かっている子供と一緒なんです。今回、私は戦力外だと思って戦ってください」

「へぇ。子供とはいえ男をそこまで守ろうとする団長なんて初めて見ましたよ。宗旨変えですか」

「冗談はよしてください。鳥肌が立ちましたよ。変なことを言うより、さっさと魔物の触手でももぎ取りに行きなさい」


重い地響きと共に、豪快な笑いが次々に二人を追い越していく。

うは、疾い。

あっという間に土煙となって見えなくなっていく馬の集団に花梨はあ然とする。

もしかして、ヴィンセントはこの速さでも手加減しているんだろうか。


「間もなくクリネの森に到着します。本当にこのまま行きますか?」


耳元で言われたその問いに、花梨は奥歯を噛みしめる。

さっきから気のせいか腰に下げている闇姫が震え鳴いている気がする。あくまで気のせいだけど。

だんだん見えてきた、大きな土煙が上がっている方面を睨むように見据えて花梨は口を開いた。


「うん、行く。連れて行って」

「仰せのままに。私の姫――」


鳥肌が立つような美声が囁かれ、花梨を抱く腕の力が強くなる。

その頃、ようやく馬の歩みがゆっくりとなった。

裏山の半分ほどの土煙の中に炎が見え、走った稲光が一瞬だけ土煙を払った。

そこに蠢く黒い物体が花梨の目に飛び込んできた。



更新が遅くなりました。すみません……

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