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第19話 そは闇より出でし魔性の女(リベルト視点)

リベルト目線のお話です

その者はひどく蠱惑的な姿をしていた。

闇より生まれ出た魔物のように、この世界の人にはありえない黒い色素を身に纏っていたのだ。

それが妖しくも美しかったせいで魔物ではないとリベルトは瞬時に判断できたのだが、同時に、これほど妖しくも美しい存在が魔物ではなくて何なのだと思ってしまったのも事実。

泉から生まれ出てきたようなその者はまるで子供のようであったのに、その体には匂い立つような青い色香が確かにあった。

濡れて体に張りついた衣服のせいではっきりと浮き出ていた体の線は未発達の控えめすぎる凹凸なのに、リベルトには花開く間近の蕾のような印象さえ受けてしまった。

腰までの流れるような黒髪は艶やかで、濡れたような黒々とした瞳はまるで赤ん坊の瞳のように無垢そのもの。その瞳で真っ直ぐに見上げられた瞬間、リベルトは雷にでも打たれたかのような大きな衝撃を受けた。


この者は危険だ!


眼差しひとつで心の奥深くにある水面を簡単に波立たせてしまうような者など今までいやしなかった。女性など見向きもしなかった自分が、これほど視線を奪われてしまうような女がこの世に存在するとは思えない。

だから、魔物だと判断した。

伝説に残る、黒い魔物とはきっとこのような面妖な女性なのだと思った――――。






椅子に埋もれるように座る小さな少女は、まるで人形のようだった。

日差しを斜めから受けて艶めく漆黒の髪が小さな顔を縁取っている。その白い面には心の底に隠しているものまで見透かしてしまうような澄んだ黒瞳。今はそれが濡れたような輝きを放っている。

人形作家が苦心して作り上げた逸品のような端整な顔貌だが、くるくると変わる表情はそれを少しも損なうことなく、どころかさらに魅力的に見せるようだった。

小さな体を飾るのは、ヴィンセントが特注して作らせているらしいマダム・ヤイン作の流行のドレス。

花梨を最上級の人形であるように見せているのはこの上等なドレスが一役買っているのだろう。

何もかもが人形のような花梨。幼子にも見えてしまう小さな作り。しかし、リベルトには確かに女に見えるのだ。

魔性の存在だ――。

花梨を前にするといつも覚える落ち着かないような胸の内に、リベルトは今一度気持ちを引き締めて口を開いた。


「カリン。では闇姫とやらはこの黒水晶が発見されて新たに作られたものだというのか」

「そう。だからね、リベルト達が言う伝説の剣なんかじゃないと思うんだ。でも、そう言ってもきっと信じてくれないでしょ? だから、一度違うって事を証明するために闇姫ちゃんを貸し出すってわけ」


媚びもへつらいも含まない眼差しが何の躊躇もなく自分に向けられることに、毎回胸が熱くなるのは何故だろう。

まるで小鳥がさえずるような声に思わず聞き惚れていたリベルトは、咳払いしてそれとなく体裁を繕うと、花梨が膝の上に置いている剣に視線を落とす。

声はいい。声だけは認めてやってもいいだろう。


「し…しかし、私が何度言ってもそんなことを言い出さなかったのに、ずいぶんな心変わりだな」


それを承諾させたのが、先ほどから頬杖をついて花梨を物憂い眼差しで見つめているヴィンセントだと思うと面白くない気がする。

何をそんなに花梨ばかりを見つめているのか。

最近、女性の間を渡り歩くような外出を控えているらしいヴィンセントには驚きだが、その情熱がもしかして花梨一筋に注がれているのではないかと思うといても立ってもいられないような気にさせられるリベルトだ。

自ら国賓扱いにした初めての女性だからこんなに気になってしまうのだろうが、だからといって花梨を王宮へ連れて行くことも出来ないことが歯がゆくてならない。

現在リベルトを取り巻く状況は芳しくなく、それが花梨にも及んでしまうかもしれないと思うと、こうして安全な場所にいてくれた方が断然いい。

それはわかっているが、女性に手が早いヴィンセントと花梨が親密であることを見せつけられるとイライラしてしまうのだ。

どうも、最近自分の心の制御がうまくいかない。

少し疲れているのかもしれないな……。


「だって、リベルトはいつも一方的じゃない。上から目線で、黒と言ったらリベルトは黒以外の答えを絶対許さないみたいな感じだし」

「なっ」


リベルトはむっとするが、背後ではエーメが噴き出す音がした。


「ま、王子さまだからね」


椅子が大きいのだろう。

床につかない足をブラブラと揺らす花梨は、諦めるように肩を竦めている。いや、もしかしたらあしらうようにか。

靴下をはかないすらりとした足は、真っ白で、膝に浮き出た骨の形すら美しい。爪の先まで傷ひとつなかった。

が、自分は決して惑わされたりしないぞ。

そう強く決意していたリベルトなのに。


「リベルト殿下。みっともないですよ、女性の足に見蕩れるなど」


背後にいたエーメがそっと耳打ちしてくるから、リベルトはカッとなってそんな近習を睨みつけてやった。


「別にカリンの足に見蕩れてなどいないっ。はしたなくもまた今日も素足なのかと見咎めていただけだ」

「おや。今にもよだれを垂らさんばかりに注視していたくせに?」

「エーメ。きさまっ」

「まぁまぁ、健全なる男子が美しい女性の足に見蕩れて何が悪いというのです。特に、花梨のように健康的な足というのは滅多に見られるものではなく、しかも存外に色気がありますからね」


エーメとの密かな言い争いに、それが聞こえたらしいヴィンセントが加わってくる。

が、口にする内容は全くもってけしからぬものだ。

憤然とヴィンセントを見るリベルトだが。


「は、何。色気があるってこれが?」


花梨はというと呆れたような声を上げている。

しかも、ブラブラさせていた足をリベルトに向かって真っ直ぐ伸ばして見せる花梨に、リベルトはかっと体が熱くなる気がした。


「カリンっ、何をふしだらな事をしているっ。さっさと足を下ろせ」

「そうですね。例えばこの辺り――」

「っい!」


が、目の前でヴィンセントが花梨の足のふくらはぎ辺りを撫でているのを見てしまった。


「きさまっ、ヴィンセントっ」


思わずリベルトは椅子を倒す勢いで立ち上がる。

顔を一瞬にして赤くした花梨も、防衛のためかにょっきりつきだしていた足をスカートの中に隠し込んでしまった。

見えるのは貝殻のような足の爪だけだ。

なのにヴィンセントだけはまったく態度が変わらず、微笑みまで浮かべて口を開く。


「今触れた辺りに男とは違う美しい筋肉がついていることに驚きました。それが男の目を惹きつけるのですよ、カリン」

「きさま、ぬけぬけと何を言っている。女性の素足を触るなど無礼千万だぞ!」

「そうなんです。素足に触るどころか、素足を見せることさえ子供だってしないもの。だから気を付けましょうね、カリン。もっとも、妙齢の女性はベッドの中でだけは素足をさらけ出しますけどね」

「ぎゃーっ、なんて下ネタ!」


下ネタ――?

ヴィンセントを諫めようと思っていたリベルトは思わず知らない言葉に首を傾げてしまう。

しかしすぐにヴィンセントを諫めるより何より今後の防衛策だと花梨に向き直る。


「カリン。いいか、ヴィンセントの前でも他の男の前でもそんな無防備な格好はするな」

「えぇ~」

「そもそも、靴下を履かないなどレディのすることではない。素足など裸を見せることと同等だぞ」

「だってあんな窮屈なストッキングもどき、日本でもはいたことがなかったんだよ。それに、家ではいつも裸足だったの。私が靴下嫌いだっていうのもあったけど、実際冬でも家ではほとんど靴下なんてはかせてもらえなかったんだから」


無邪気にそれを口にした花梨だが、リベルトはぐっと胸に迫るものがあった。


「貧しかったのか……」


我が国では靴下をそうそう買えない平民は足を隠せる長いスカートをはくのだが、花梨の世界でもそういう感じだったのだろう。もしかしたら、布地を多く使う長いスカートさえ買えなかったのかもしれない。そういえば、初めて会ったときもひどく短いスカートだったか。

そう思うと、少しだけ花梨を不憫に感じた。


「いやいやいや。そこ、何勝手に誤解して哀れんだ顔してんのよっ」


が、花梨は頬をふくらませて睨みつけてくる。


「貧しいとかと違うからね。鍛錬の一種だよ。それにあんな繊細で上等な素材、私だったらあっという間に破っちゃうもん」

「おや、それは大丈夫ですよ。結構乱暴に扱ってもあの靴下はそう簡単に破けたりしませんから。まぁ、破くほど乱暴に扱うのもまた一興ですが」

「何言ってんの、ヴィンセント。それって絶対下ネタだよね。ヴィンセントがあれを履くわけじゃないし!」


顔を真っ赤にしてヴィンセントを睨みつける花梨に、ヴィンセントは謎めいた微笑みを向けたが、リベルトはそれよりも先ほどから気になって仕方がないことが――。


「カリン。下ネタとは何だ」

「!」


しかし、リベルトがそう言ったとたん花梨はさらに顔を赤く染めた。わなわなとリベルトを見据えてくる。

そんな花梨に何故か目を奪われながら、リベルトがさらに口を開こうとすると。


「私に下ネタのなんたるかを説明させるなんて、セクハラ行為なんだからね!」


花梨は小さな指をリベルトに突き付けてきた。

潤んだような目でぐっとリベルトを見上げてくる花梨は、子猫が毛を逆立てるような愛らしさすら感じる。

また惑わす気か。この魔性の女め――!

衝動的に子猫を抱きかかえようとした己の腕を、リベルトはぐっと押さえつけるのだった。


リベルトはいつもこんな事を考えていたなんて(笑)

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