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第18話

生活習慣の違いはあれど、衛生面はきっちりしていて、そこだけは花梨もホッとした。

特にこの場所には温泉が涌くらしく、源泉掛け流しの広い湯船があるのだ。


「贅沢だ~」


泳げるほど広い湯船で24時間のお風呂入り放題なんて、日本でも出来なかったことだよ。

今日も朝の鍛錬でしっかり汗を流し、お風呂で体をほぐした花梨は、ホクホクとした気分のまま食堂へと歩いて行く。

ちなみに、今の格好は膝丈のワンピース。女の子らしい華やかさはあるけれど、自分ひとりで着られる程度にはグレードが低い。

前なんて、メイドさんの手を借りなければ着られないようなドレスばかり用意してあったからな。

何度も訴えたかいがあったと、花梨は満足気味だ。

足が沈むような絨毯の廊下をぺたぺたと裸足で歩いて行く。


「ん~、お腹がすいたよ」


食堂のドアを開けると、思わぬ人物が目の前に立っていた。


「ディーンの剣を寄こしてくれるらしいな」


身長が高いから、花梨の前にあるのは軍服のみぞおち辺り。

ぐぅっと見上げると、ようやく顔が見えた。

朝日を浴びてキラキラと輝く金髪はとてもきれい。興奮しているためか、いつもより青みをました瞳が花梨を見下ろしていた。

何か、すごい偉そう。ま、実際偉いんだけど。


「リベルトか。何、すごい早いね。その話をしたのはつい昨日のことだよ」


食事の並ぶテーブルの席につきたいのに、目の前のリベルトが通せんぼしている。

花梨が左に動くとリベルトは右に動き、花梨が右に動くとリベルトは左に。

同じ方向へ移動するリベルトに花梨はつい頬をふくらませてしまう。


「それで、ディーンの剣はどうした? 今は持っていないのか?」

「ディーンの剣じゃないって。闇姫ちゃんは部屋にあるよ。でも、別にリベルトに剣をあげるわけじゃないんだから、今渡す必要はないでしょ? 魔物退治の時に、私が持っていく。で、現場で渡すつもり」

「そんな悠長なことをやってられるか。いいか、魔物の出没は往々にして突然なのだ。特に街に出没する魔物はあっという間に――」

「もうっ。リベルト、私はお腹がすいているの。その話は後にしてよ」

「何だと。きさまの腹より、伝説の剣の方が――」

「ひゃっ」


リベルトが眉をつり上げようとしたとき、後ろから花梨を抱き上げる腕があった。


「リベルト殿下。ダメですよ、女性に接するときは女性の気持ちを一番に考えて差し上げないと。女性は繊細でか弱い生き物なんですから」

「ちょっ、下ろしてっ」


脇の下に手を入れる格好で花梨を軽々と抱き上げたヴィンセントは、一度胸の前で抱き直し、片腕で花梨の膝を支えるように固定する。要するにヴィンセント腕に座るような体勢だ。

バランスが悪くて後ろに倒れそうになったから、慌てて支えを求めてヴィンセントの肩に手を回すとようやく安定した。

が、この体勢はあまり好ましくない。

身長差があるせいか、ヴィンセントが力持ちなのか。大人と幼子みたいな有様だ。

お姫様抱っこされたりするのもきっと恥ずかしいけど、これもなかなか恥ずかしいんですけど-。


「ふふ、一度やってみたかったんですよ。なかなかいい感じです」

「何、やってみたかったって。えらく屈辱なんだけどっ。子供扱いしないでよ」

「子供扱いなどではありませんよ。カリンを一度こうして腕の中に閉じ込めてみたかったんです。小さいカリンだから私の腕の中にすっぽりちょうど収まりますね。しかも、いい匂いだ」


そりゃ、お風呂に入ったばかりだから――って、そんな問題じゃない。

顔を近付けるな。

首はくすぐったいんだっ。

うひゃ、鼻を首を後ろに潜り込ませるなーっ。



「やめっ、くすぐったいって。ちょ、ヴィンセント。どさくさに紛れて足を触るなーっ」

「カリンがまた靴下をはいていないから、お仕置きですよ」

「ぎゃー。何がお仕置きなのっ」


さわさわとすねを触られて花梨は悲鳴を上げる。ぐぐぐいっとヴィンセントの顔を押し退けたら、ようやく止めてくれたけど。

ヴィンセントと地味な攻防を繰り返していたら、何だか唸るような声が聞こえてきてふと動きを止めた。

ヴィンセントを両手で押し退けた格好のまま音の発生源を探してみると、目の前にいたリベルトがわなわなと震えているのを見つけた。


「リベルト?」

「リベルト殿下?」

「き、き、きさまらっ。何を朝っぱらからふしだらなことをやっているっ」


いきなり落ちてきた雷のような怒声に花梨は首をすくめる。


「ヴィンセント。きさま、つい先日私が申しつけたことを忘れたのかっ。カリンを軽々しく扱うなとあれほど――」

「リベルト殿下。羨ましいなら羨ましいと素直におっしゃったらどうですか? それに殿下はもう少し女性に柔軟になられた方がよろしいですよ。いい機会ですから、このまま差し上げますよ」

「あ、よせっ」


リベルトの剣幕に固まったままだった花梨は、何故か腕から腕へトレードされてしまっていた。

はっと気付くと、リベルトの腕の中だ。

リベルトも長身で力持ちだから、花梨は難なくリベルトの腕にホールドされたが、当の本人が何故か異様に体を強ばらせているせいで、ひどく居心地がわるい。

何だか、すごい嫌そうだな。

別に喜んで抱きかかえて欲しいわけじゃないけど、だからってこうして固まられるのもちょっとむっとする。

いつまでもこんな状態でいるのも癪だからと、花梨がリベルトの胸を押しやって下りようとしたとん。


「ふぎゃっ」


リベルトの腕が勢いよく体から離れたせいで、花梨はそのまま床に落とされてしまった。

まるで腕の中にいるのが毛虫だったと思い出したみたいな反応だった。


「ったたた」


思いっきり打ち付けたおしりを撫でながら、花梨は悔しげにリベルトを睨む。


「何も急に手を離さなくてもいいでしょ。おしり打ったじゃない」

「なっ。カリン、きさま。いや、ヴィンセントだっ。きさまがっ」

「三人ともそこまでになさいませんか」


パニクっているリベルトの肩に落ち着くように手を置いたのはエーメだった。


「リベルト殿下、女性に今のような扱いはありませんよ。ケガをされたらどうするんですか。しかも、自分の非は認めず他人を一方的に責めるなどもっての外です」

「いや、しかし――」

「どのように言い訳なさっても正当性は認められませんよ。それに、ヴィンセント様。あんまりリベルト殿下をおからかいになるのは止めて下さい。ようやくリベルト殿下が女性に目覚められたというこの大切な時期に、変な刷り込みが入ったらどうするんですか。ヴィンセント様のようにおなりなるのは、私はあまり感心できませんからね」

「エーメ。君、何気に失礼なことを言っている気がするのですけどね」

「おや、そうでしょうか」


茶色の目を心外そうに大きく開いているエーメは、どこか隣の家のお兄さんといった顔のせいか、花梨には何だか慕わしい気がする。


「おはようございます、カリン。おしりは大丈夫でしょうか? リベルト殿下の騎士にあるまじき振る舞い、私が代わってお詫びいたします」

「エーメ、女性に向かっておしりとか口にするのは……」

「殿下も今口になさっておいでですよ」


リベルトは王子なのに、いつもエーメにやり込められている気がする。

見るからに美形の王子さまでもてるはずなのに、花梨を前にすると変に強ばることにも気付いていた。もしかしたら、あまり女性に免疫がないのかもしれない。

何となく気の毒そうにリベルトを眺めていると、そんなリベルトとバチリと視線が合う。


「何だ、その憐れむような眼差しは」


尖った声で言われ、心の中がだだ漏れになっていたと、慌てて花梨は表情を引き締めた。


「リベルト殿下。ですから、そんなに冷たい言い方をなさいませんよ。カリンに嫌われてしまいます」

「カっ、カリンごときに嫌われようが、別に私は――」

「はいはい。そんな強ばった顔でおっしゃられても説得力がありませんから。それより、カリン。この度はディーンの剣の貸与を認めて下さってありがとうございます」


何だか軽くあしらわれているなぁ、リベルト。

王子なのに。

あ、二度目だ。


「いや、だからディーンの剣じゃないって――」

「あぁ、そうでしたね。闇姫といいましたか?」

「お!」


どんなに王子を軽くあしらい、やり込めるような近習であっても、この人が一番常識人で、話がまともに通じる人かも知れない。

エーメと仲良くなりたい。

この時花梨は切に願った。



何でだろう。話が先に進まないです~

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