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第17話

「どうしてヴィンセントまで、リベルトに剣を貸せなんて言うの? これは伝説の剣なんかじゃないって言ってるのに」

「えぇ、では伝説の剣ではないことを確かめるために貸していただけますか」


ヴィンセントは微笑んでいたけれど、その目は決して笑っていなかった。

花梨は一瞬だけ部屋に置いてきた闇姫のことを心配するが、闇姫を奪おうと思うならこれまでもいくらだって機会があったはずだと肩から力を抜く。


「リベルト殿下のことです。居丈高に剣を貸せとの一辺倒だったのでしょう? 何の説明もなしに。もしくは、あなたが何も聞こうとなさらなかったか」

「それはっ……」


言い訳しようと思ったけれど、花梨は何も言えなかった。

だから、悔し紛れに言ったセリフは本当に子供みたいなものになった。


「だって、違うもの。闇姫はそんなんじゃない」

「おや、何も知らずに『そんなではない』と断定できるのですか? カリンは」


片眉を上げるヴィンセントを憎らしげに見つめる。


「……っ。わかったわ。じゃ、聞く。伝説の剣のこと、ヴィンセントが教えて。話を聞いても絶対違うと思うけど」


だから花梨がそう言うと、ヴィンセントはよくできましたというような表情で「わかりました」と頷いた。


やられたっ!

この人ってもしかしてものすごく頭がよかったりするの? ナルシストなのに? 女たらしなのにー?

ヴィンセントから、伝説の剣の話を聞くと言わせるように誘導されたことをようやく気付いて花梨は頬の辺りを強ばらせる。

目の前の狐(どう見ても狸じゃない)を睨みつけると、ヴィンセントは小首を傾げて見つめ返してくるけれど。


「伝説の剣――祝福されしディーンの剣と申しておりますが、これは本当はこの世にはありえない剣なのです」


紅茶を注ぎに来たセクシーメイドににっこり微笑んだ後、ヴィンセントは口を開いた。


「伝説の通りだと、魔物を消滅できる唯一の剣になるんですから」

「え? 魔物を消滅できるって。だって、さっき魔法でも剣でも魔物を退治できるって言ったじゃない」

「言いましたね。確かに魔法でも剣でも退魔は可能です。ですが、これは先ほど申し上げませんでしたが、魔物は退治した後、その場には痕跡を残してしまうのです」

「痕跡?」


花梨は眉をひそめる。

ヴィンセントの口調が厳しいものへと変わったせいだ。


「魔物の痕跡とは土地の汚染です。魔物を倒したその場は穢れた土地となってしまい、何年も生物が住めなくなります。病気が発生しやすく、闇がたまりやすい。そうなると、また魔物が発生しやすい場所になる」


ヴィンセントの言葉にゾッとした。

魔物って存在自体が悪なんだ。

そんな生き物がこの世界には普通にいるなんて。


「もちろん私たちもそれを黙って見過ごしているわけではありません。穢れた土地は丁寧に浄化するとずいぶん回復も早くなるのです。それでも、一年以上は近付くことも出来ませんが」

「――もしかして、伝説の剣というのは」

「えぇ。土地を穢すことなく魔物を消滅することが出来るといいます」


けれど、それを聞いて花梨はますます闇姫がそんなたいそうな剣とは思えなくなった。

だって、専属の刀鍛冶とはいえごく一般的な日本の職人が普通に打った剣なのだ。


「そんなすごい剣が闇姫のわけないよ」

「黒き宝石を四方の蛇が守りたもう、祝福されしディーンの剣――言い伝えではそう語られています」


否定する花梨を説き伏せるように、ヴィンセントの説明は続く。


200年ほど前に起きた大きな戦で紛失したディーンの剣だが、実は詳しい形状はあまりわからないそうだ。

それというのも、その大戦の原因こそがディーンの剣をめぐって起きた争いで、その事態を重く見た当時の国王がディーンの剣の存在を隠蔽したのだという。

元々上層部にしか知らされなかった剣の存在だが、幾重にも箝口令が敷かれ、書物に書き残すことさえ許されなかったらしい。

それゆえに、すぐに人々の記憶から忘れ去られてしまったディーンの剣だが、それでもとある一族で口伝として語り継がれていった。さっきヴィンセントが言った『黒き宝石を四方の蛇が守りたもう』という行は、その一族から秘密裏に教えてもらったものらしい。


花梨は手の中のカップをぐっと両手で握りしめる。

闇姫が、皆が望む伝説の剣のはずない。

そう言いたいのに、伝説の剣のことを語るヴィンセントの声音にこもっている切迫するような願いに、唇が動かなかった。

伝説の剣であって欲しい――痛いほどの思いがひしひしと伝わってくる。

ぐっと、花梨は一度奥歯を噛みしめて気持ちを引き締めた。


「――闇姫はそんな剣とは違うと思う。思うけど、それを確認するために一度だけリベルトに貸してもいい」

「カリンっ」


ヴィンセントの表情に喜色が表れる。


「でもっ」


それをねじ伏せるように花梨は語気を強めた。

意地悪だって言われるかも知れない。

でも、私だって絶対譲れない。


「でも、その場には私も行く。目の前で、闇姫はそんな剣なんかじゃないってことを確認したいから」

「それは許可できません。魔物は大変危険な生き物なのです。私たちでさえいつも命がけで退魔しているのですから」

「じゃ、貸さない。魔物を消滅できないのに、消滅できたって嘘をつかれても私にはわからないもの」


闇姫は私にとってたったひとつの大切なものなのだ。元の世界から持ってきた、唯一の証。

それをわけがわからないうちに取り上げられたくない。


唇を引き結ぶ花梨に、ヴィンセントの紫色の瞳が揺れる。

心配する色が浮かぶ瞳を、花梨はあえて見ないよう視線を逸らした。


「――――わかりました。今度の退魔の際、カリンもお連れしましょう。私が全力で守ります」


最後に折れたのは、ヴィンセントの方だった。




少しシリアス展開が続いています

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