第16話
魔法のことだけではなく、この世界の成り立ちや地理なんて方面も勉強することになったのは成り行きからだ。
まさか、こちらの世界に来てまで苦手な勉強に取り組むはめになると思わなかった。
でも、仕方ないよね。
もしかしたら、それで帰る方法のヒントが見つかるかも知れないんだから。
ヴィンセントの話によると、この世界は神様のため息から出来たらしい。
日本だって何とかのミコトとやらが山を蹴っ飛ばしたりして国を創ったりしたと言うからそういうものなんだろう。
おとぎ話のようなこの世界の成り立ちとやらを教えてもらったけれど、もうそれ以上割愛。というか、花梨が覚えきれなかった。
「カリンの頭は見た目通りあまり大きくないのでしょうか」
なんてヴィンセントには言われたけど!
で、今花梨がいるのはキャロウエヴァーツ国。
大きな大陸と周囲に小さな島々から成り立っているこの世界で、一番大きな国だという。
国の起源は、大陸が生まれてからまもなくというからずいぶん古いらしい。
神が立ち寄る禁足地があるせいか、昔から魔力が強い人間が多く生まれるキャロウエヴァーツ。
そのおかげで、魔物に怯える暮らしからいち早く抜け出し、国として確立したという。
「その魔物って、どういう生物なの? 動物とは違うんだよね?」
「違いますね。魔物は、闇から生まれる生物なんです。一説によると、人の思念が澱となったものだとか、使い方を間違った魔力のなれの果てだとか言われていますが、魔物が生まれる原因はまだわかっていないですね。闇が凝り固まって魔物の前身が出来、そこに容れ物があれば魔物が出来上がることはわかっていますが」
「容れ物って?」
「たとえば、動物の死骸。時には、かつて人であったものもあります。容れ物であればいいのですから、それが元の形状をなし得てなくても魔物には関係ありません」
それって、例えば腐乱しかかってる物体でもいいんだ。ってことは、ゾンビみたいなものか。
うわ、すごいグロテスクかも。
話を聞いて、花梨は顔をしかめる。
「魔物は人間や動物の生気が大好物で、欲深い生き物ですからね。たとえ森の奥深くで生まれても、そこに生きる動物の精気を奪い尽くすと、やがてより多くの生気を持つ人間を求めて近付いてくるのです。だから決して野放しには出来ない存在なのです」
宙を見つめるヴィンセントの眼差しは、今まで見たこともない冷たさに満ちていた。心から魔物を憎んでいることがはっきりと見て取れる。
今までずっと見せていた軽薄な女たらしの顔ではない。どころか、まるで自分以外の何もかもを拒絶しているような表情だった。
心が痛くなるほど峻烈で、悲しい――。
「ヴィンセント?」
花梨が思わず声を掛けると、すぐに瞼を伏せて表情を隠してしまったけれど。
「そういう魔物を倒すために、魔法が使われるのです。魔導士団とは魔物を撃退するために作られた組織なんですよ」
「――ヴィンセントはその団長さんなんだね」
ヴィンセントが変えた話に、花梨も努めて明るい声で便乗した。
ヴィンセントが使う魔法は、魔力をそのまま風や火、水といった属性に変えて攻撃するもの。
実は魔物にも属性があるらしく、魔導士達はそれを利用して攻撃するのだという。例えば、火の魔物は水に弱いから、魔導士は水の魔法を使って倒すというふうに。
「人は生まれながらにして、体の中に魔力の器があります。成長するに従って少しずつ器は大きくなりますが、10歳前後でそれも止まる。そして器の大きさで使える魔力も決まるのですが、一般的に魔導士になるためには器が大きくないとならないんです」
ヴィンセントは、花梨の前にある紙を使って、人形の中にコップの絵を書いて説明してくれた。
人それぞれが持つ魔力。それを、そのまま純粋に魔法として使うか、武器に付帯して使うかの2種類があるらしい。
前者が魔導士。そして後者が騎士だという。
言ってみれば、前者がヴィンセント。後者がリベルトというところか。
ブルーノが花梨の耳にはめたピアス型の翻訳機も、仕組みは後者のものを使っているらしい。
なるほど、と花梨が頷くと、ヴィンセントがわずかに口元に笑みを浮かべた。
「普通、武器に自らの魔力を付帯させて攻撃力を上げるというのが、強くなる一番早い方法です。魔力をそのまま魔法として使うのには、とにかくコントロールが不可欠ですからね。簡単な魔法でしたら、先ほどカリンに見せたように何も唱えなくても出来ますが、魔物を倒すほど強力な威力がある魔法を使うにはやはり護符の使用と呪文が必要になるんですよ」
「難しいの?」
「そうですね。一般的には難しいと言われます」
ヴィンセントは飄々とそう言った。
ヴィンセントにとってはそう難しいことではないのね。
「じゃあ、リベルトよりヴィンセントの方が強いってわけ?」
「それはどうでしょう。リベルト殿下は本来魔導士の資格もお持ちなんですよ。ですが、王子でいらっしゃいますからね。キャロウエヴァーツの騎士団の総帥には代々王族出身の人間が選ばれるのです。殿下の初陣は10歳でしたから、本当に素晴らしい限りです」
初陣が10歳って、素晴らしいと言うより悲しいような気がするんだけど。
花梨は眉を顰める。
「さて、カリン。実はここからが本題なのですが。あなたが持っている剣をリベルト殿下に一時的にでもお貸しいただけないですか?」
ヴィンセントのセリフに、花梨はあの言葉を呟きたくなった。
「ブルータス、おまえもか」
「――ブルータスとは誰ですか? 私のライバルになり得る男性でしょうか?」
「違う、違うっ。せっかく決まったと思ったのに、力抜けるようなことを言わないでーっ」
説明が多くてすみません! まだ続きます~