第14話
「あなたは17歳――もう立派なレディでいらっしゃるんですね。道理で、私が魅了されるわけです」
ヴィンセントはリベルトより立ち直りが早かった。
今まで見せたことがない、したたるような色香あふれる笑顔を花梨に向けてくる。
男としての顔だ。
スクリーンの中にもなかなかいないような美形の男が自分に向かって微笑みかけてくることに何か思うより、花梨としてはヴィンセントの身代わりの早さに呆気にとられていた。
まるでイタリア人みたいだな。顔や雰囲気は恋多きフランス人だけど。
「ヴィンセント、きさま。ついさっきまで私のことを変質者扱いしていたくせに」
「いつまでも過去に拘るなんて度量が小さいと思われますよ、リベルト殿下。大切なのは前を見ることです」
「きさま――」
仲が良いなぁ、二人って。
にこにこして二人を見ていたら、ヴィンセントの眼差しがふとそんな花梨の口元に止まった。その右手が延びてきたかと思ったら、テーブルを挟んで花梨の口元に指先が触れる。
「――失礼」
きれいな手だった。けれど、男の指だった。
曲げられた人差し指の第2関節で、花梨の口元を拭ってくる。
突然の暴挙に花梨は反応できないまま、また戻っていくヴィンセントの指先を見ると、そこにはさっきまで食べていたトライフルもどきの生クリームがついていた。
「ぅ…あ」
なんて早業。しかも、ごく自然な恋人同士であるみたいなしぐさだ。
指に付いた生クリームに、ヴィンセントが舌を伸ばして舐め取る。
そのまま、斜めに花梨を見つめてきた。
「……甘い。あなたの肌もこんなに甘いのでしょうか」
鳥肌が立つような甘い声だった。
ど、ど、ど、どうしたんだ。ヴィンセント。
花梨が17歳だと知って、急に口説きモードに入ってしまった。
それとも本当に、女性を前にしたら口説かなければという義務感を覚えるらしい、イタリアの血が混ざっているんだろうか。
「やめろ、ヴィンセント。カリンを、きさまの周りにいる女性と一緒の扱いをするな」
ぼうっとなるというより、サブイボが浮かんでしまう肌を花梨がさすっていると、主席にいたリベルトが口を挟んでくれた。盛大なしかめっ面も、今は何だか頼もしく見える。
「キャロウエヴァーツ国王子、リベルト・ル・アヴァロンが申し渡す。今を持って、カリンは国賓扱いとする。よって、カリンを軽んじるような真似はするな。心をもてあそぶような真似事も断じて許さない。いいな?」
「――御意に」
椅子から立ち上がったヴィンセントが胸の前で腕を交差させ、リベルトに対して膝を折る。
金髪碧眼の冴え冴えしい美形の王子を前に膝を折る魔導士。その長い銀髪は、床に幾筋の波紋を描いていた。
映画の中のようなワンシーンに、花梨はほうっと見とれる。
そんな花梨を楽しげをちらりと見たヴィンセントは恭しく言葉を続けた。
「しかし、殿下の言では、本気であればよろしいということですよね?」
「む。本気かどうか、何を持って証明するつもりだ。とにかく、カリンに近付かなければいいのだ」
「あぁ、それが本音ですか。殿下も案外可愛らしいことをなさいますね」
ヴィンセントが人の悪そうな笑みを作ってリベルトを見る。そんなヴィンセントをリベルト睨みつけた。
「とにかくだ。きさまの屋敷にカリンを滞在させるのは非常事態ゆえ。本来であれば、女たらしのきさまの屋敷など一番に回避すべきなのだが仕方がない」
「カリンも」と、リベルトの意識が急に花梨に向く。
どうやら自分のことを話しているようだと思いながらも、いまいち話の真意を図りかねていた花梨は思わず椅子の上で姿勢を正した。
「ヴィンセントは女性に対して過剰に優しい。が、どの女性に対しても同じことをする男だということを、しっかり覚えておけ」
ヴィンセントのような色気がありすぎる男ってどうも苦手だ。
出来るならあまり関わりたくない。
こくこくと花梨が素直に頷くと、リベルトが愁眉を開いた。
「リベルト殿下。あんまり人の恋路を邪魔していると痛い目に合いますからね。恋に狂った男は怖いんですから」
「ひとりの女性に十日も持たないきさまが恋に狂うだと?」
「心外です、殿下。私はいつだって最後の恋だと信じて女性に恋していますよ」
いるんだなぁ、こんな男。
ナルシストの上に女ったらしか。
ま、お世話にはなるけど私には直接関係ないからいいか。
そんなふうに軽く考えていた花梨だけど、そう単純に事が進まないことを知るのはそう遠くない日のことだった。
話の落し所に迷いました。次回から少し話が動きます。動くつもり、いや、動いて欲しい…。




