第12話
「あの、ごめんなさい?」
いちおうしおらしく謝ってみる。
微妙に語尾が上がってしまうのは、やはり自分のせいだと花梨が思えないからだ。
それでも人間関係を円滑にするためには、時には妥協も必要なわけで。
「おい、思ってることがだだ漏れだぞ」
「ん、何のことかな」
鼻を押さえたリベルトが眼差しだけでじろりと睨んできて、花梨はとっさに顔を背けた。
「適当に謝っとけとか思っているだろう。本当に悪いと思っているなら、さっさと着替えてこい。女らしい格好をしろ」
なるほど、確かにリベルトは王子さまだ。
なんて傲岸不遜な発言。
でも――。
「い・や」
にっこり花梨は笑って拒否の言葉を口にする。
ちなみに、朝食は一時お預けで、隣室のソファに向かい合わせで座っていた。ヴィンセントは間に立って頭が痛いように首を振っている。
「なっ、きさまっ」
「裸足って、このくらいなんだって言うのよ。この屋敷にいるメイドさん達の方がよほどセクシーだ。あんなに胸を見せても平気なのに、ちょっと足を見せただけでひっくり返られるこの世界の方がおかしい」
「わ、私はひっくり返った訳じゃない。少し頭に血が、いや朝から具合が悪かっただけで――」
「あぁ、そう。じゃ、日を改めてまたいらっしゃったらどうですか リベルト殿下」
「きさまに殿下と呼ばれるとバカにされたように聞こえるぞ」
「そう聞こえるのなら、そうかも知れませんね」
「なんだとっ」
リベルトがソファから勢いよく立ち上がる。
そこに。
「女性のふくよかさは、私たち男ににとって永遠の憬れですからね。今日もきれいですよ、マーガレット」
お茶の準備をしているセクシーメイドをヴィンセントが口説いている声が聞こえてきた。
なるほど。あのセクシーメイド服はヴィンセントの趣味なのか。
何だか疲れた気になって、花梨はぐったりソファに凭れた。向かいでも、疲れたようにリベルトがソファに座り直している。
「で、リベルトは何をしに来たの」
ストッキングの話を蒸し返されると面倒だから、花梨は自分から話の主題を尋ねてみた。
むっと顔をしかめたリベルトだが、それでもやはり話があったらしい。
鼻を押さえていた布をようやく取って、花梨に向き直る。
「きさまが持っている剣についてだ。女のきさまが持っていても何の役にも立たないだろう。寄こせとは言わない。だが、無期限で私に貸してもらいたい」
リベルトの視線が、膝の上に置いている闇姫を見ていた。
花梨はため息をついて闇姫を握り直す。
「だから、その話は先日断ったでしょ。この剣は我が家に伝わる大切な家宝なの。あなたたちが言う何とかの剣とは全く関係がないんだから」
先日、王宮での話し合いの時だ。
この闇姫について、その場に居合わせた皆が興味津々だった。
何でも、数百年前に存在した幻の剣にそっくりなのだという。
もちろん、花梨はそれを否定した。
闇姫は代々黒宮家に伝わっている家宝なのだ。皆の言う幻の剣の訳がない。
けれど、皆はそれを信じたふうではなかった。
リベルトは剣を貰い受けたいと申し出たし、ブルーノからは研究室で調べたいから貸して欲しいと言われ、ヴィンセントは黒い石を削らせて欲しいとのたまう始末。
どの話も即行で断ったけれど、彼らは諦めていないようだったから、その内もう一度口にするのではと思っていた。
リベルトが一番乗りだったわけだ。
「何とかの剣ではない、祝福されしディーンの剣だ。関係があるかないかは、これから調べればわかること。伝説では200年以上前に行方知れずになったとあるから、それがきさまの家に流れ着いたのかも知れないではないか。そうなると、元はこの世界のもの。私が手にして何がおかしい」
「はん、流れ着いたも何もないわよ。だって、この剣は我が家専属の刀士が打ったものなの。絶対この世界のものじゃな……い」
けれど、ふと――花梨は思いだしたことがある。
闇姫の柄に埋め込まれた黒い石。ダイヤモンドのようなこの黒い石を使って剣を打つときは、必ず石を守るように蛇のような意匠を施し、レイピアの形で剣にすることが代々決められている、と。
同じ形をした剣が、以前ここにあったとしてもおかしくないのでは――。
いや、ないない。
あるわけがない。
そこまで考えて、花梨は笑い飛ばした。
だって、全然関係ないでしょ。この世界と我が黒宮家は。
「とにかく、この闇姫は人に簡単に渡せるものではないの。それに女の私が持っていても何の役にも立たないって、何その言い方。これでも少しは剣術は出来るのよ。そりゃ、真剣を抜いたことはないけど」
「女のきさまが剣術だと? 笑わせる。女など家に閉じこもっていればいいのだ」
「うっわー、今どきすごい反ジェンダーフリー。自分で言っておいて恥ずかしくないの」
「反ジェン…フりー? 何だそれは」
「リベルトみたいな凝り固まった考えのことを言うの」
「何だと」
「何よ」
「はい、お二人とも。そこまでにしましょう」
またリベルトといがみ合いそうになったが、間に入ってきたヴィンセントに止められる。
「リベルト殿下ももう具合が良さそうですので、そろそろ朝食を取りませんか」
ナイスな提案に、花梨は一も二も無く賛成した。
まだ話は終わっていないとうるさい傲慢王子をその場において、さっさと食堂に移動する。
後ろから、リベルトが顔を真っ赤にして追いかけてくるのも、もちろん計算済みであった。
来週から少し忙しくなるため、しばらく不定期更新になります。