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第8話

「うわ、お化けみたい。こんなに目がはれるなんてあるんだ」


鏡に映る寝起きの自分の顔を見て、花梨はげんなりする。

あんなに泣いたのって久しぶりだからなぁ。

もう昨日のことになる――とんでもない事態を思い出して、花梨はため息をついた。


自分が全く知らない世界に来てしまったことをようやく自覚したとき、一番に感じたのは心細さだった。

たったひとり、ここからちゃんと帰れるのか。

帰れなかったらどうなるのか。

向こうでは、いなくなった花梨を心配しているだろうに。

そんなことを思うと、涙が止まらなくなった。


周りにいる男たちがオロオロするほど大泣きしてしまって、今思い返すととても恥ずかしいのだけど、どうもあの男たちは自分のことを小さな子供扱いしている気がする。

泣く女の扱いは得意だろうとか言われて押し出されたヴィンセントが、子供は専門外だと尻込みしていたり、皆が押し合い圧し合いして、最後にはリベルトがおっかなそうに頭を撫でてきたり。

いや、リベルトのあの手つきは、子供と言うよりまるで珍獣かなにかのような扱いだったな。

花梨はふっと遠い目をする。

外国の人からすれば日本人は平均年齢より低く見られるって聞くけれど、花梨はさらに童顔のうえ、身長も日本女性の平均身長よりさらに低く、145センチしかない。

彼らは、いったい花梨を何歳ぐらいの子供だと見ていたんだろう。

むーんと少しだけ考えたが、花梨がここでそれをどんなに考えても詮無きこと。


「ま、いっか」


今日、彼らと話をする機会があるだろう。

その時にしっかり訂正しておこう。

枕元にきちんと置いてあった闇姫を振り返り、花梨は頷いた。

あの人達はきっと信用に足る人たちだろうから、本当のことを全て話してみよう。

まずは、このはれた目を何とかしよう。

部屋そのものがアンティークのような空間だったが、レストルームはホテルなどにあるものとほとんど変わらず花梨はホッとした。

使い方がわからないものもあったけれど、適当に触っていたらどうにかなった。多少、全身が水浸しになったが。

それを見て、花梨は何だかおかしくなる。

よし、笑えるぞ、私……。


「花梨さまは復活した!」


ぐっと、こぶしを天に突き上げた。

これでも立ち直りが早いのが取り柄。

いつまでも泣いてばっかりじゃいられないよね。

結局、昨日はあのまま泣き疲れて気を失うように寝てしまったのだから、今日はきちんとこの場所の詳しい説明を聞いて、元の世界に帰る方法を知ろう。


そう心に誓ったとき、ドアから誰かが覗いているのが鏡に映っているのに気付いた。

ぎょっとして振り返ると、ひとりの女性だった。誰かを思い出させるような優しそうな茶色の瞳の女性が、今は少し困った顔で花梨を見つめている。


「ごめんなさい、何度かノックしたんですけど。あの、それって何かのおまじないですか? それともあなたの国の宗教儀式だったりする?」


女性の視線が、未だ突き上げたままのこぶしに向かっているの気付くと、花梨は顔を赤くして慌てて手を下ろした。


「これは、その、朝の体操なの。美容にいいの」

「まあ、今度教えてくださいね。入ってもいいかしら?」


冷や汗をかきながら花梨が頷くと、女性が両腕に大きな布を抱えて入って来た。


「おはようございます。カリンさんですね? 初めまして。私、シェリー・ブラッドレイと言います」

「ブラッドレイ……」


あれ? 何か聞いた名前だ。それもごく最近。


「昨日お会いしたそうですね。エーメ・ブラッドレイは兄になります。今日は、兄から言われて宮殿に上がったんですよ。あなたのお世話をするようにって」

「あー、エーメ。そうか、誰かに似ていると思ったら、エーメに似ているんだ」

「ふふ。そんなに似ていますか? 自慢の兄なんです、うれしいわ。さあさ、それよりいつまでもそんな下着のような格好をしていてはいけないわ。少し準備してきたんです、間に合わせだけれど、可愛いドレスよ。着替えましょう」

「え?」


下着のような格好か……。

言われて、花梨は昨日のままの、シャツと短めのスカートといった自分の格好を見下ろす。

そうか、ここではこの格好は下着扱いか。

もしかして、昨日執拗にマントを巻き付けられていたのはそのせいだったのかもしれない。

リベルトの趣味かと思っていたけれど、あれはれっきとした紳士たる行動だったのね。

ほんの少し、リベルトを見直した花梨だ。本当にほんの少しだけど。


「まぁ、お人形さんみたいね」


外国製のシュミーズのような下着は、裾にたっぷりとフリルが入っていた。

その上から着たのは膝丈のマオカラーワンピース。襟元の繊細なリボンや、上品にふくらんだパフスリーブなどやたら可愛く作ってあった。しかも、足に履くのは絹で作られたようなストッキング。

これ、子供用じゃないよね……。

花梨は複雑な思いで鏡に映る自分の姿を見つめる。

日本でいうところのロリータ服を少し上品にした感じだが、子供らしい可愛らしさが先立つようなファッションだ。

我ながらよく似合っているから悔しい。


シェリーの着ている、シンプルだが上品なワンピースなどが一般的な女性が着る服だろう。

機会があったらこういう服を用意してもらおうと、花梨は決意した。

丁寧に髪をくしけずられて、ようやく隣室へと移動した。


「おはよう、カリン。かわいいよ、今日のドレス姿」


にっこり挨拶をしてくれたのは、ブルーノだ。

薄い水色の瞳にも賞賛する色を浮かんでいて、花梨は恥ずかしくなる。

その隣にいるのがナルシスト。じゃなかった、えっと、名前は何だっけ……?

腰近くまである銀色の髪を今日は緩くひとつに結んでいる男の名を、花梨は唸りながら思い出そうとした。


「おはようございます、カリン殿。昨日の大胆な格好も個人的には好きですが、やはり今日のようなドレス姿は格別ですね。このまま水晶の中に閉じ込めておきたいくらいです。まんざら、リベルトと殿下の気持ちがわからなくもない。黒い髪や黒い目には、妖しい魅力があるのかもしれません」

「……おはようございます、ブルーノ」


変態はこのナルシスト男もか。

名前を思い出すことをさっさと放棄して、花梨はにっこりブルーノだけに挨拶をした。

部屋にいたのはこの二人だけだ。

聞くと、リベルトやエーメは軍に属しているせいで、朝の全体練習に参加しているらしい。

しかしそんな説明より、花梨の意識はテーブルに並ぶご馳走の方に向かっていた。それこそ、熱心なぐらいに真っ直ぐに。

くすりと、ブルーノが苦笑している。


「いいよ。朝食を食べながら話をしよう」


ゴーサインが出た瞬間、まるでお預けを食らっていたワンコのように、花梨の手は勢いよく昨日食べたキューカンバーサンドイッチに延びた。

ひと口食べて、しかし花梨は顔をしかめる。

キュウリでもグレープフルーツでもなく、今日のそれはしいたけの食感がした。しかも、すこぶる甘い。

花梨は口の中にあるそれを死ぬ気で飲み込んだ。



昨日に間に合わなかった。いろいろと謎が未解決ですが、少しずつわかっていく予定です。そこまでどうぞお付き合いください。読んでいただいてありがとうございます。

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