2話
アランは驚愕した。
アランは勇者パーティとして王都へ魔王討伐の凱旋を行い、沢山の褒美を受け取り自らの故郷に帰ってきた。多くの人々から感謝と祝福を受け、まだ若い力を有り余らせたアランは、新たな生活へと邁進しようとしていた所であった。
そんな凱旋から程なくして、王都から便りが来たのである。
『新王エリスによる虐殺』
「なんと言うことだ…」
アランは驚愕した。先王が死去し、実力名声共に有力な勇者エリスが新王になると言うことは知っていた。エリス本人からアランは聞かされていた。アランも是非お祝いをしたいと言ったが、今回は遠慮しておくよ、とやんわり断られていた。それが急転直下。嬉しい知らせでは無く、暗くそして同時にそんな話は全くもって信用出来なかった。アランの知るエリスは人殺しは愚か、野生の生きものを殺すときでさえも慈悲をかけるような優しい少女である。それがまさか虐殺なんて─
「まあ、王都での話はこの田舎では関係の無いこった!」
事実アランはただの眉唾であるとして真に受けなかった。一つの事件でさえも一月遅れてくるような王都の遠くで起きている事件よりも、今日何を食べるかの方がアランに取っては大きな事なのである。
しかしそんな事も言ってられない事件が起きる。
王都虐殺の報が届いてから数日程経った日の事であった。
「やめ…やめろぉ!!」
アランはやたらと騒がしい外からの音で目を覚ました。どうやら、物騒な事のようである。
「いったい何だってんだ!?」
リンゴ一つ盗まれただけで大騒ぎするようなま村だ。こんな叫び声ただ事じゃ無い。アランが外に飛び出すと、仰々しい程の甲冑を着た戦士が数十名程町の広場に集結しており、一人の男を取り押さえていた。取り押さえられていた男はこの町に住む農民の男であった。農村にしては大きいこの村でも、村人の数はたかが知れている。アランが男がこの村の者である事を判別することにさして時間は掛からなかった。
「おい!何をしている!」
アランは怒りを込めながら、騎士に向かい怒鳴りつけた。
怒鳴りつけられた騎士達はアランの存在に気がつくと取り押さえている、二名以外の者達が最敬礼をして応えた。
「お久しぶりで御座います。戦士アラン様。本日も益々精強なる力を感じまする。さてお日柄も…」
「挨拶はどうでもいい!なんだこれは!」
アランは今行われている暴挙を指して詰った。どうやら話し口調、所作、そして戦士としての勘ではあるが、ならず者では無く相当な鍛えの入った実力者である事が分かる。アランは諸々の事を勘案して、王都の騎士、それも相当な高位の騎士であると推察した。
「一体お前らはなんなんだ!そして誰がこんな事させているんだ!」
アランが言うと一人の騎士が驚いた様な反応をした、かと思うと、何か合点が行ったのか頷き、自らの甲を取りその素顔をアランに見せた。
「なっ…あなたは」
「甲を被ったまま挨拶をしてしまった無礼お許しください。改めまして、私は国王直属近衛騎士団団長兼、王国騎士団団長、エリック・ハーランドに御座います」
「エリックさん…!?」
アランのよく知る人物にして、この国の軍におけるNo.1である。それが一体何故こんな辺鄙な田舎まで出張ってきているのか、益々不思議である。アランは余計に状況が飲めなくなってきた。エリックほどの者がわざわざ来ている…となると、エリック本人を考えでこのような事を行っているとは考えにくい。誰かの、それも国の重要人物の差し金である事は明らかであった。
「一体何の用ですか?しかも彼が何をしたって言うんですか!」
こうして話している間も農民の男は苦しそうに呻き声をあげている。こんな罪も無い者を縛り上げて、良いはずが無い。それも国と国民を守る者が国民に手をあげている状況など、アランの正義感は見過ごせない。
「これは王の勅命に御座います」
「は…!?」
「王って…」
つた…と嫌な汗が額から落ちるのがアランは分かった。
「はい、エリス様の命に御座います」
「…っ」
王とはエリスのことか、とアランが言う前にエリックから回答が返ってきた。予想通り且つ、嬉しくない返答だった。
「どうして彼を縛り上げるんだ!?何か罪でも犯したのか!」
アランの知る限り彼が連行されるような悪行は働いていない。しかし、アランが何も知らないだけで、牢屋に入れられる様な事をしている可能性は十二分にある。それはアランも理解していた。しかし、アランは既に怒っていた。彼が悪行をしているとは思えなかったのである。
「いえ。王による一日一名の断罪…生贄の為に連行致します」
「生贄だと!?何を馬鹿な…」
アランは王都からの記事を思い出した。王都での虐殺と、一日一名殺害する事。どうやらその事は本当の事のようだ。
…いやどちらかというとアランは、騎士団が来たと知った時から薄々エリスによる凶行では無いのかと疑っていた。しかし、これまでの記憶が、エリスとともに歩んだ十数年の記憶がその事実に気づく事を拒んでいたのかも知れない。
「では、申し訳ありませんが失礼致します」
「待ってくれ!」
余りにも事務的に、あまりにも儀礼的に淡々と仕事をこなすエリックの背中を呼び止めてしまった。エリックはアランの言葉に素直に応じアランに向き直っている。
「如何なさいましたか?」
あまりにも変わらない。何も変わらない。王都で出会った時も、初めて先王にエリスとアランが謁見した時に会った時とも何ら変わりの無い声音であった。アランは自らが置かれている状況が飲み込めなくなっていた。
明らかにおかしい事が行われている。しかし、旧知の友は何事も無いかのように過ごし、ましてそれは自らの勇者による差し金である事が分かっている。呼び止めたは良いものの何を聞けば良いのか、というか聞きたいことがありすぎて頭がパンクしそうなのだ。
「…エリスは元気にしてるか」
「ええ。エリス様はお変わりの無いご様子で御座います」
「そうか…」
交した言葉は一つなれど、アランには沢山の意味が含まれている様な気がした。
王はご乱心ではない──
考えすぎかも知れないが、アランには、エリックがそう言っている様に感じられて仕方が無かった。
「エリス様の事がお気になるのでしたら是非王都まで会いにいって見ては如何でしょう。必ずエリス様もお喜びになるでしょう」
アランはそう言われても黙って俯くしかなかった。
「では、失礼致します」
エリックは別れの挨拶を済ませると馬にまたがり部下を指揮しつつ村を後にした。
彼らの去る後ろ姿をアランは呆然と眺める事しか出来なかった。
騎士団が去った後には、若干の混乱と動揺だけが残っていた。