一話
その国では国王によって選ばれる命がある。
「一日に一名の命を天に捧げる」
王が即位した時、国民に告げた。そして次の瞬間─
─広場に鮮血が舞った。
「キャアアアアアアア!!」
何処とも無く、誰が合図したわけでも無いのに、その場にいた連中は悲鳴をあげた。先程まで、新たな国王が即位する事を祝いに来た者達は一瞬にして恐怖のドン底にたたき落とされたのだ。
しかし、これはただの始まりに過ぎなかった。本当の恐怖はこれから始まるのだ。
「これは見せしめである。逆らう者も同様に切り捨てる」
そう言うと広場に居た兵達が叫ぶ者、王の暴虐を非難する者も広場を赤で染める事に協力する羽目になった。広場にいた者達は逆らうことを諦めた。そして自らが置かれている立場を理解した。─ああ何をしても無駄なのだ、と。
王直属の兵が囲むこの広場で、武器を持たぬ者共が抗うすべなど無い。否、例え武器を持っていたとしても無駄であろう。そしてその事を、この場にいた者達が皆知っていた。
国の最高戦力、勇者の存在である。
魔物が巣くうこの世界で、人類の希望となる勇者。その勇者は昨日魔王を討ち果たし無事に帰還したのだ。英雄と崇められたその力は並の人間では太刀打ちできず、他国に取っては脅威。まさに天から与えられし力とである。
その勇者こそが─
「今ここに宣言しよう。我が第十三代ファジルス王エリス・ファジルスである」
─この国の新たな女王なのであるから。
魔王におびえて暮らしていた国民は勇者によって救われた。そしてその勇者によって地獄のドン底に落とされたのだ。
誰が想像しただろうか。誰が予想できようか。
裏切られたという考えも、何もかもこの場では怯えと恐怖で考えられなかった。自らの敵に、人類の敵に向けられていた最強の刃が、今喉元に突き立てられようとしているのだから。
「ひれ伏せ国民。我がこの国を支配する!!」
「っ!!ははぁ!!」
その場にいた者達は一斉にひれ伏し、王に頭を垂れた。
王の威光に、恐ろしさに。
魔王の死により恐怖の物語は終わったかに見えた。しかし、魔王の死は新たな恐怖の始まりに過ぎなかったのだ。魔王と勇者。図らずも釣り合っていた天秤は崩れ、絶対的強者が誕生し、そして暴虐の王となったのだ。
今ここに、生け贄の王国が始まる。