薔薇の園
「アッハァーッ!」
突然、白いアザラシの顔をもつ男が叫んだ。
「インギーが見事にトゥルーパーを全滅させたよ! 暴動収めた! バイバイ・ボーイ……! うぉーりゃあーっ!」
「流石は我が弟子よ」
リッチーが頷く。
「剣を振る速さにおいてはあやつは誰にも負けぬ」
「これでゆっくり思い出話が出来ますわね」
魔女タル・アイオミはヘイレング卿を見下ろして、笑った。
「思い出されたのよね? わたくしのことを……」
棺桶に縛められた格好で、ヘイレング卿は頷き、呟いた。
「私は……君を……確かに愛していた」
「過去形ですの?」
魔女は憎しみを眉間に表しながら、嘲るように笑う。
「懐かしの薔薇の園で……バーサーカ家のギーザーと、君を奪い合った」
彼女の表情には気づきもしないように、ヘイレング卿がさらに呟く。
「……しかし、大昔の……160年も前のことだ!」
「今はあの女を愛していると仰るの?」
「そうだ! 今は……いや、30年も、私は彼女だけを愛し続けているのだ!」
「わたくし……、貴方のお邸におりましたのよ」
鉄鍋の中で何かを混ぜながら、魔女が笑う。
「家政婦に化けて、貴方を驚かそうと、ずっと側におりました」
「あれは……君だったのか」
ヘイレング卿は記憶の中に黒髪の家政婦の姿を見た。床の掃除をしながら、花の手入れをしながら、そう言えば自分たちをいつも睨むように凝視していた。
「あの女との口づけは……美味しゅうございましたか?」
花咲くテラスでミアと口づけを交わした時、そう言えば視線を感じていた。暗い部屋の中から、地を這うトカゲのような、禍々しい視線を。
「君は死んだと思っていた!」
ヘイレング卿は急いで弁解した。
「これは心変わりではない!」
「さァ……、美味しいお薬が出来ましたわよ」
鉄鍋の中を混ぜる手を止め、嬉しそうに魔女が言った。
「黒イモリと目玉イカ、ネズミの尻尾とミミズの粉を混ぜ合わせた素敵なお薬よ。早速貴方に飲ませて差し上げましょう」
「待て! 何をするつもりだ!?」
「不死のヴァンパイアを殺すお薬ですよ?」
「私を愛しているのではないのか!? 愛しているならなぜこんなことをする!?」
「愛しているからこうするのです」
魔女は大きな匙に薬を掬うと、ヘイレング卿の口元に差し出した。
「さァ、お飲みなさい。わたくしの愛しいエディー……」
「そんなことをする女は永遠に愛せぬぞ!」
「Lost and never found」
魔女は、歌うように言った。
「貴方の恋人はもう永遠に失われたのですよ。そしてわたくしの愛する貴方も……」
その時、戸口のほうで、透き通るような美しい男の声がした。
「失礼」
その場にいた全員が、戸口のほうを振り返った。そこに真っ白な頭をした、髭のないサルバドール・ダリのような容姿の男が立っていた。
リッチーが声をあげる。
「貴様……! ジョリン・ジョリン・ターナー! 毛のない頭を下げて何をしに来た!?」
「今晩は、みなさん」
ジョリン・ジョリン・ターナーと呼ばれた男は飄々と部屋に入って来た。
「唐突ですが、虹伝説を届けにやって参りました」