恋の技法
ヴァン・ヘイレング卿がミアを知ったのはオルタナ国を訪れた時のことだ。
ウェイ・スコットランド侯爵とカートコ・バーン伯爵にエスコートされた彼女、ミア・キムゴードン令嬢は花のようだった。
身に着けた華麗なドレスよりもその微笑みは可愛らしく、ヘイレング卿は一目で恋に落ちた。
恋は人にパワーを与える。ヘイレング卿は新たな恋の技法をいくつも編み出した。中でも耳元で恋を囁く『ハミングバード恋法』と右の人差し指を駆使して切ない心を伝える『タッピング・ラヴ』は後の恋人たちにも影響を与えたほどだった。
「貴方の恋の技法はやり過ぎですわ」
そう言って微笑むミアは、花の咲き乱れる城の中庭で、ヘイレン卿をからかった。
「それでは、貴女の恋の技法を見せてください」
ヘイレング卿は笑顔で彼女に求めた。
「この僕に、貴女の恋の技法を見せてほしい」
するとミアは、花のような笑顔で、ノイズのような歌を歌い出したのだった。
それはノイズのようでありながら不思議と耳に心地よく、心優しく響いた。
小鳥たちも楽しげに、ミアの周りを飛び回った。
「その歌は?」
ヘイレング卿が聞くと、ミアはにっこりと柔らかく、教えるように答えた。
「これはグランジ。わたくしのスタンド『ソニック・ユース』の能力ですわ。シンプルなノイズで殿方の心をメロメロにしてしまいますの」
美しかった。可愛らしかった。
あのミアが失踪してからもう30年になる。
ヘイレング卿は歳をとらない。若いままだ。
しかしミアは今、すっかり可愛い熟女になっていることだろう。
「ミアはこちらですわ」
魔城の主人、タル・アイオミはヘイレング卿を案内した。
薄暗い石の廊下を歩き、鉄の扉の前に立つ。それをゆっくりと、開いた。
「どうぞ。中へ」
おそるおそるヘイレング卿が入ると、中は真っ暗だった。しかし彼のコウモリの目にははっきりと見えた。大きく開いた窓の中心に、懐かしい恋人がこちらに背を向けて、立っていた。
「ミア!」
思わず駆け寄った。
「会いたかった!」
ミアがゆっくりと、振り向いた。
その顔は蒼白く、血の色に罅割れていた。