198X年 人間の街
200年ほどの時が経った。
エディー・ヴァン・ヘイレングは西暦198X年の人間の街に溶け込んでいた。白いTシャツにジーンズ姿で、工場勤めの若者になりきっている。
TV画面の中でヘビーメタル・バンドが演奏している。見知った顔が多かった。あの魔女の森で見知った者たちだった。皆、200年の時を超えて転生し、現代社会に溶け込んでいるのだと思うと、ほっこりした。
永遠の時を生きる彼は、しかし孤独ではなかった。
「ハロー、エディー。調子はどう?」
単調な作業の最中、工場長の娘がいつも気さくに声をかけてくれる。どこかミアの面影があった。巻き毛だったミアと違い短いストレートだが、美しい金色の髪が彼女を思い起こさせた。
「やあ、エミリー。絶好調だよ」
逞しい胸筋を見せつけて、彼女の気を引こうと頑張る。
「ルーマニアから来たのよね? この国には慣れた?」
「ああ。アメリカはいい国だ。僕みたいな流れ者にも自由をくれる」
「それじゃ頑張ってね」
「あ……、あの……。エミリー」
「ん?」
背を向けかけたエミリーが笑顔で振り向く。
「何?」
「こ……今夜、一緒にライヴを観に行かないか? 駆け出しだけど、いいメタルバンドを見つけたんだ」
「メタル?」
「メタルは嫌いかい?」
エミリーは意味ありげな含み笑いをすると、答えた。
「あなたが好きなら私も好きになると思うわ。連れてって」
エミリーは父親の工場で経理をやっている。仕事のままのスーツ姿でハイヒールを履いてやって来た。
「おまえらも蝋人形にしてやる!」
歌舞伎のようなメイクを施した男たちがステージ上から黒くギラギラした爆音を奏でるライヴハウスで、エディーとエミリーは並んで立っていた。
「なかなか面白いわね!」
クールな表情でエミリーがはしゃいだ声を出す。
「だろ!? 気に入った!?」
「気に入ったわ、エディー!」
長い時を超えて生きてきてよかったとエディーは思った。
ライヴ後にエディーは彼女を人気のないところへ誘った。森を見下ろす展望台だった。
「君を愛してる」
エディーはエミリーを抱き寄せると、愛を語った。
「君なしでは僕はもう、生きられないよ」
「私もあなたが好き。エディー」
エミリーの青い目が、彼を熱烈に見つめた。
「もう……狂ってしまいそうなほど、あなたが好きだわ」
エディーは彼女に口づけた。エディーも気が狂ってしまいそうなほどに、その口づけは懐かしい味がした。
がりっ! と、檸檬を齧り取るような音が、満月の下に響いた。
エディーが驚いて身を引くと、下唇を齧り取られていた。唇を開いてそれを見せつけながら、エミリーが嬉しそうに笑う。エディーの血液を口の周りにつけて、それを咀嚼しはじめる。
「気をつけてって言ったでしょう?」
エミリーが言った。
「恋に狂った女は誰でも邪悪なものだからって」
その声に聞き覚えがあった。




