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 俺は彼女――櫻井さんに恋をしていた。俺にとってこれはまぎれもない初恋だった。

 馬鹿らしい話だが春のあの日のことは運命の出会いのような気さえした。そして、いつの頃からか、この想いはきっと叶うのだと思うようになっていた。


 櫻井さんとは学校ではほとんど顔も合わせない。

 登下校の際はいつの間にか現れていつの間にか消えてしまっているし、休み時間は図書室に篭り切りになる。俺は友達付き合い上、そこまで彼女を追いかけることはできなかった。


 家にあったラノベ本を持ち寄って毎日のように公園に行き、彼女の座っているベンチにどっかり腰掛ける。

 隣同士、肩が触れ合いそうな距離に座る俺たち。彼女は気まずそうに俺を見る。


「……何なの、あなた」


「別に」


「ふぅん」


 公園でも特段言葉を交わすわけではない。ただ近くで寄り添って、読書をしているふりをしながら彼女の様子を横目で伺うだけ。

 でも俺は、触れられそうで触れられないその距離がたまらなく愛おしかった。




 公園を彩っていた桜が全て散っていき、春が過ぎてからはあっという間で、気づいたら緑の茂る夏になっていた。

 真夏日の激しい日差しがギラギラと照りつける中でも彼女は桜の木の下のベンチにいる。俺のことなんてまるで気にせず、この日はやたらと分厚い歴史本を読んでいた。


 俺も同じものを読んでみようとして買ってみたことがあったが、到底理解できない内容だったので諦めた。

 それなのにこうして共に過ごしているのは普通じゃない。俺の激しい恋心がそうさせているのだった。


 それでもさすがに夏の暑さは体に堪えていたけれど。


「暑いだろ。どうしてこんなところで読むんだ」


「……あなたこそ。そんなに私に付き纏いたい?」


 眼鏡をくいっと上げながら俺を睨む櫻井さん。

 俺は、もう隠せないなと思って頷いた。


「君のことを知りたいんだ」


「…………」


「まずは友達からとか、どうだろう」


「つまり恋人になりたいってこと?」


「そうだけど」


 そう言うと、櫻井さんは黙り込んでしまう。

 そしてしばらくの沈黙の後、彼女が一言だけ放ったのは、意外なもので。


「……ロマンのカケラもなければ面白みもない。出直してきて」


 今度は俺が何も言えなくなる番だった。

 胸の中がカァッと熱くなる。今まであれだけ暑く感じていた外気温よりもずっとずっと、熱を帯びているように感じられた。


「わかったよ」


 恋に浮かれる俺を嘲笑うように桜の葉がカサカサと揺れたことに、俺は気が付かなかった。

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