初恋の春
初恋なんて、大体において実らない。
そんな話をどこかで誰かから聞いたことがある。だが恋に焦がれる中学生だった俺は、そんな話を少しも信じてはいなかった。
***
春は出会いの季節。
そして恋の季節ともいう。
俺の初恋の始まりも、うららかな春のある日のことだった。
初めて彼女を意識したのは、少し用事があって普段通らない道を通った時、彼女がとある公園の桜の下のベンチで本を読んでいるのを見かけた。
春らしい白いシャツに桜色のスカートを履いている小柄な少女。
眼鏡をかけた瞳をじっと本へと向ける彼女の姿になぜか惹かれて、目が離せなくなったのだ。
知的というか、物静かというか。
それが中学で俺と同じクラスの女子だと気づいたのは、翌日登校してからだった。
クラスではひっそりとしていて誰ともつるまずただひたすらに勉強に励み、休み時間は図書室へ消えていく眼鏡の彼女。
成績はクラスでトップ3には入る良さ。それなのにまるで目立たない、いわゆるぼっちとか陰キャだとか言われる人種なのだが、不思議と彼女からは全く暗さを感じなかった。
学校の帰りは必ず例の公園に寄っているらしい。チラチラと降り注ぐ桜吹雪を浴びる彼女はとても美しく輝いて見えた。
気づいたら俺は学校内で彼女を目で追い、それどころか帰り道ではこっそり後をつけるようになっていて。
そして偶然を装って、公園で話しかけた。
「こんにちは。櫻井さん、だっけ」
ビクッと肩を震わせ、本から視線を外して顔を上げる彼女。
眼鏡越しの黒い瞳が俺を見つめた。
「…………あなたは?」
「俺はクラスメートの高橋だよ。ここで何してるの?」
平然を装って喋っていたけれど、胸は尋常じゃないくらいに早い鼓動を繰り返していた。
……その気持ちの正体を俺は、もうわかっていた。
「知らない。クラスメートのことなんて。私に何か用?」
「いや、たまたま見かけたものだから。何の本を読んでるのかなって思って」
彼女――櫻井さんは読んでいた本の名前を言った。俺が読んだことのない、なんだか難しそうな純文学の小説だった。
「それ読み終わったら俺にも読ませてよ」
読めるわけもないのに、俺はそう言ってみる。
「どうして他人のあなたに貸さなきゃいけないの」
「クラスメートじゃないか」
「クラスメートなんて、赤の他人でしょ」
そっけない態度で言いながら、再び本を読み始める少女。
そんな冷たいところも魅力的で――俺は本を持参して明日ここに来ようと、そう決めた。