表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レンとレンの恋物語  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
1/42

001 ファーストキス

挿絵(By みてみん)

 


「私……キスしたんだ……」





 夢の中にいるようで、頭がふわふわしていた。


 ――胸の鼓動がおさまらない。


 泳いだ後の様に重い体。脱力感が半端ない。

 それなのに足取りは軽やかで、そのまま宙に浮いてしまいそうな……不思議な感覚だった。





 赤澤花恋(あかざわかれん)。高校2年の17歳。


 夏休み前、終業式の今日。

 いつものように幼馴染の同級生、黒木蓮司(くろきれんじ)と寄り道をした。


 子供の頃からずっと一緒だった二人。名前に「レン」が入っている二人は、互いのことを「レン」と呼び合い、その仲睦まじい姿は近所でも有名だった。


 近所にある人気のない神社。

 付き合い始めて半年になる二人は、学校帰りにいつもここに来ていた。

 他愛もない日常の出来事や愚痴を話し、互いの気持ちを共有する。

 とは言え、話すのはいつも(れん)の方だった。

 無口な(れん)(れん)の話を聞き、静かに笑ってうなずいていた。


 しかし今日。

 (れん)の様子が少し違っていた。

 いつもの様にオチのない話を続ける(れん)も、その様子に気付き声をかけた。


「ちょっと(れん)くん、聞いてる?」


「う、うん、聞いてるよ」


「ほんとに? だったら京ちゃんが何したか言ってみてよ」


「……ごめん、分からない」


「ほらー。もう、どうしちゃったのよ。今日の(れん)くん、ちょっと変だよ。もしかして具合でも悪い?」


「そんなことは」


「ほんとに?」


 そう言って(れん)の額に手を当てると、少し熱く感じた。


「もしかして熱あるの? 帰る?」


 心配そうに(れん)の顔を覗き込む。

 その時だった。

 額に当てられた手を(れん)がつかみ、そのまま握り締めた。


「……(れん)くん?」


 (れん)は大きく息を吐くと(れん)に向き合い、肩に手をやった。


 いつも物静かで穏やかな(れん)

 ずっと想ってきた初恋の相手。

 半年前、泣きそうな顔で告白してくれた、気弱でかわいい幼馴染。

 しかし今の(れん)は、何かを決意したような強い視線で(れん)を見つめていた。




 こんな(れん)くん、見たことがない。




 ゆっくりと(れん)が近付いてくる。その時初めて、(れん)は何をされるのかを悟った。


 夢にまで見た、(れん)とのキス。


 人気のないこの神社に来ていたのも、その為だった。

 いつなんだろう。今日だろうか、明日だろうか。

 ずっと思っていた。

 しかし女の自分から言える訳がない。

 こういうことは男からするものなんだ。そう思い、ずっと待っていた。


 ついに、ついに(れん)くんとキス、するんだ……


 (れん)が静かに目を閉じる。

 (れん)の息が間近に迫る。


 そして。


 (れん)の唇の感触が伝わってきた。


 その瞬間、(れん)は全身に電気が走るような感覚を覚えた。

 待ち望んでいた瞬間。

 それなのに心の中には、満足感と同時に「怖い」という気持ちが生まれていた。

 歯がカチカチと音を立てる。




 ――初めての経験って、こんな感じなんだろうか。




 しかしやがて、その感情は静かに消えていった。


「……」


 頬に伝わる一筋の涙。

 それは(れん)の中に生まれた、満ち足りた幸福感だった。


 ああ、私は幸せだ。

 もう何もいらない。

 私には(れん)くんがいる。

 それだけでいい。


 唇が静かに離れる。

 (れん)がゆっくりと目を開けると、涙のせいで(れん)の顔が歪んで見えた。

 その時初めて、自分が泣いていることに気付いた。


「あははっ……ごめんね、私ったら」


 そう言って涙を拭う。


「……ご、ごめん……」


 涙に動揺した(れん)が、囁くようにそう言った。


「え? あ、あははっ、何謝ってるのよ。そんなんじゃないから」


 (れん)の手を握り、(れん)が微笑む。

 しかし(れん)はいつもの様にうつむくと、小声でもう一度「ごめん……」そう言った。





「きゃーっ!」


 枕に顔を埋め、身をよじらせる。

 体を振る度に、腰まである長い髪が揺れる。

 あの時のことを思い返すと、体が燃えるように熱くなった。

 足をばたつかせ、枕に顔を押し付け、何度も「きゃーっ、きゃーっ」と声を上げる。


「……」


 しばらくしてようやく落ち着いた(れん)は、枕を抱き締めたまま起き上がった。


(れん)くん、(れん)くん……」


 (れん)とのキスは、想像していた以上に(れん)の心を乱していた。


 明日から夏休み。

 学校があれば毎日(れん)くんと会える。一緒に登校出来る。

 しかし休みになると当然、会う機会は減ってしまう。

 それは嫌だ。

 毎日(れん)くんと会いたい。

 私にはもう、(れん)くんしかいない。(れん)くんと一緒にいたい。

 (れん)くんだって、きっとその筈だ。

 そうだ、毎日一緒に宿題をしよう。

 そしてその後で遊びに行く。うん、これなら自然だ。


 そんなことを考えていると、口元が緩んできた。


「ふっ……ふふふっ」


 二人きりの部屋で勉強会。そして勉強が終わったら……

 妄想が止めどなく広がり、(れん)はその度に枕を抱き締めて声を上げた。





「え? 何の音?」


 妄想が広がる(れん)の耳に、何かを叩く音が聞こえた。

 慌てて枕を置き、耳を澄ませる。

 音は窓の方からしていた。


「……何の音? ここ、二階なんだけど……」


 ゆっくりと立ち上がり、窓の方へと進む。

 そして小さく息を吐くと、勢いよくカーテンを開けた。


「……え?」


 窓の外にいたもの。

 それは白い子猫だった。


「……子猫? どうして子猫がこんな所に……あ、ひょっとしてあなた」


 そう言って窓を開けると、子猫はかわいい鳴き声をあげて部屋に入ってきた。


「やっぱり! あなただったのね」


 頭を撫でると、子猫は嬉しそうにもう一度鳴いた。


「元気になったみたいだね。よかった」


「ありがとう、(れん)ちゃん」


「いいのよ別に。それよりこんな時間にどうしたの?」


(れん)ちゃんにどうしても、お礼がしたくてね」


「お礼だなんて、そんなのいいってば。気にしないでよ」


「そんな訳にはいかないよ。受けた恩はちゃんと返さないとね」


「恩って、ふふっ、おませな子猫ちゃんだね。困った時はお互い様で………………え?」


「どうしたの、(れん)ちゃん」


「……」


(れん)ちゃん? おーい、聞こえてる?」


 (れん)が目をパチパチさせて子猫を見る。

 そして叫んだ。


「ええええええええっ? 猫が、猫が喋ってるうううううっ!」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ