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 奏音(カノン)はいつものように立っていた。

 「あれぇ、見かけによらず胸あるんだぁ?」

 耳障りな声と不快な手が奏音の身体を弄る。

 教室の真前、教師のいない中、誰もが注目する場所で、奏音は絢瀬(アヤセ)から胸を揉まれていた。

 勿論、了承はしていない。

 絢瀬はにやにやと不愉快な笑みを浮かべてわざと声をあげる。奏音にとってこれはいつものことだった。

 「ねぇねぇどうやったらそんなに大きくなるの? 教えてよぉ、皆も知りたいよねぇ??」

 周りの人間は面白がるだけで、奏音が嫌がっても助けてはくれない。

 ならば、反応せずやり過ごすしかない。いつもと同じ、満足すればこの不快な女は次の玩具に遊びに行く。

 そう思って奏音が耐えていた時だった。

 大きな揺れと共に教室の床にヒビが入る。その隙間からはあり得ない程の光が漏れていた。

 突然の出来事に悲鳴と怒号が入り混じる。

 「なっ、何よ! 地震!?」

 立っていられない程の揺れに絢瀬がへたり込む。奏音はじっと揺れに耐えて、漏れ出す光を凝視した。

 何かが溢れてくる。

 そんな予感がした奏音は咄嗟に身構える。

 奏音の予感は正しかった。

 割目は徐々に広がり、目が眩む程の光が教室中に満たされる。奏音を除く生徒達はパニックだった。中には失神している者もいる。近くにいる筈の生徒達の悲鳴が遠くに聞こえる。見えているはずの風景は光に押し出されて真白の空間しか見えない。

 奏音は己が世界から切り離されるのを感じた。

 ……来る!

 直感がそう告げる。

 瞬間、光の中から無数の腕が伸びてきて奏音の身体を引っ張った。



 「……ん」

 硬い地面の感触に、身体の節々の痛み、騒めく声の波が押し寄せる。

 意識を取り戻した奏音は怠い身体を起こして周りを見渡した。

 レンガのような石で出来た床は広く、何かの模様が円になり描かれている。室内の大きさは体育館程だろうか。床は簡素な作りであるが柱や壁は白を基調として金の模様が描かれた豪華なものであり、全体として見ればちぐはぐな印象である。

 それよりも、である。

 床の上には奏音と同じように倒れている人達が大勢いた。

 ざっと見て二十人以上はいるだろうか。皆、バラバラに倒れ、その姿は様々である。スーツ姿の男性もいれば、奏音と同じ学生服姿の女子生徒もいる。中には明らかに外国の人だとわかる人もいた。

 年齢も性別も、国籍も様々な人達が横たわっている。何人かは奏音と同じように意識が戻り、起き上がる者もいた。

 「う……ううん」

 よく見れば奏音の隣には絢瀬もいた。どうやら彼女も連れて来られたようだ。

 「おお……おおッ! ついに成功した! 魔王を倒す勇者と聖女だ!!」

 「これで勝利したも同然!」

 「やっとこの地獄から救われるのか!」

 「起こせ! 早く勇者達を起こして戦わせろ!」

 「そうだな!」

 声のする方を見遣ると壁の周りに立っている白い衣装を着た男達が何やら興奮した様子で捲し立てている。

 勇者? 聖女……?

 奏音や他の起きている者達が困惑した様子で見ていると、男達は乱暴に倒れている人達を起こしていった。奏音の隣にいた絢瀬もまた激しく揺さぶられて目を覚ます。

 「う、うぅん……何……」

 「起きてください! 聖女様!」

 そう言って男は別の人を起こしに行く。そして全員が起きると男達は奏音達に説明した。

 曰く、この世界、ラグハノンズは魔王と魔物の侵略により人間の半数以上が死んでしまったこと。残った人間が集まり、禁忌と言われる魔術を用いて唯一魔王に対抗出来る勇者と聖女を召喚したこと。これから奏音達は魔王を倒してほしいと言った。

 それに対しての反応はまさにそれぞれだった。

 訳のわからないことを言うな、元の世界に帰せと怒り喚く者がいれば、まるでゲームの主人公だと魔王討伐に意欲を湧かす者がいる。しかし大半は困惑する者が主で、奏音のように静かに状況を見極める者もいた。

 そんな中、絢瀬は興奮した様子で男達の話を聞いている。どうやら彼女は魔王討伐にやる気があるようだ。

 「さぁ! 勇者様、聖女様! 戦う術はその高貴な魂に刻まれています! どうか憎き魔王を倒し我々を導いてください!!」

 男が両腕を上げ、そう叫んだ時だった。

 「愚かな人間はどこまで行っても愚かだな」

 その男の声は大きな声ではないのによく通った。

 底冷えするような冷たい声音はその場にいた者達の背筋を凍らせる。

 「だ、誰だッ」

 誰何すれば、その男は姿を現した。

 スラリとした体躯に騎士のような服を身に付けマントを靡かせている。その顔はまるで人形のような現実味のない程の精巧な造りで美しく、一見すれば人と変わりない様だがその口元には鋭い牙が生えている。

 「まッ、魔王だ! 魔王が来たッ!!」

 「逃げろッ!!」

 誰かが恐怖に叫ぶとその感情は伝播していき、忽ち混乱へと陥った。

 そこからはあっという間だった。どこからか異形とも呼べる者達が出てきて次々と人を襲っていった。

 まず先にやられたのは奏音達を召喚したという男達だった。彼等は真っ先に逃げるもすぐに退路を断たれ捕まった。大きな手が彼等の胴体を掴むともう片方の手で頭を握る。その先は奏音は目を瞑って見ないようにした。

 骨の砕ける音、肉の千切れる音、体液の滴る音、そして生臭い、鉄のツンとする臭い。目を瞑っていても奏音にはわかった。

 悲鳴があちこちから上がり、泣き叫ぶ声が耳を劈く(つんざ)。悲鳴に混じって、戦ってくださいと叫ぶ声が聞こえるが、誰もその言葉に耳を傾けることは無かった。

 「イヤッ、イヤァアアアア!!」

 女性の声が聞こえて思わず奏音は目を開ける。周りを見渡せば、一人の女性が馬乗りになった異形に服を剥かれていた。そうして女性は抵抗するも異形に身体を暴かれていく。

 「嫌……何よ、あれ……気持ち悪い」

 隣にいた絢瀬の呟きに、ああ、まだ居たのだなと奏音は他人事のように考えていた。

 「あんなのに犯されるなんて死んでもごめんだわ!」

 自身の身体を守るように絢瀬は己の身体を抱き締める。ほんの数分しか経っていないのにあれだけいた人間は片手で数える程度しか居なくなってしまった。

 殺され、犯され、嬲られ、血溜まりの中に人であったものが沈んでいる。

 やがて異形のものが奏音達の方へやってきた。

 潰れた動物の頭部に毛むくじゃらの身体を揺らしながら二本足で立ち、手には大きな刃物を引き摺って此方に向かってくる。先程の女性を犯していた魔物だ。

 「ヒッ、嫌よ! アンタ身代わりになりなさいよ!」

 そう言って絢瀬が奏音の背を突き飛ばした。

 あまりの強さにつんのめり、魔物の前まで出てしまう。

 「あ……」

 奏音は魔物を見た。

 魔物の落ち掛けた目玉はまだ神経が繋がっており、ギョロリと奏音を見てくる。半開きの口からは涎が垂れ、呻き声のような音が漏れていた。

 魔物は持っていた刃物を重たそうに持ち上げるとそのまま天高く掲げる。

 「ヴッ、ヴァ、アア」

 何か言っているが、生憎と奏音にはわからない。

 このまま、刃物を下ろされて殺されるのだろうか。

 奏音がぼんやりとそんなことを考えていた時だった。

 「何をしている」

 冷たい声が奏音のすぐ真後ろから聞こえた。

 気配などしなかった。けれども、この声は魔王と呼ばれていた男の声だ。

 奏音は慌てて振り返ると思っていたよりも男が近くにいて驚いた。

 近くで見れば見るほど人間味のない完璧な顔である。

 魔王は自身の後ろに控えていた全身緑色の巨大な大男に命令を出した。

 「連れていけ」

 短い命令に緑の魔物は無言で奏音に近付く。

 目の前には魔王と魔物、後ろにも刃物を持った魔物。奏音にとって絶体絶命のピンチである。

 しかし、ここで割り込んで来たのは奏音を生贄にした絢瀬であった。

 「ま、待ってください!」

 タタタッと走ってきて、奏音と魔王の間に滑り込む。

 絢瀬は胸の前で手を組み、慈悲を乞うた。

 「この子には手を出さないでください。その代わり、私が身代わりになります」

 先程の態度とは打って変わってもはや別人である。

 どういうつもりだと奏音が眉を上げた。絢瀬は奏音のことなど見ず、魔王だけを睨み付けている。いや、あれは睨んでなどいない。上目遣いをしているだけだ。

 そこで奏音は合点が入った。

 魔王側につくのか。そしてあわよくば抱かれたいと。

 絢瀬の瞳には人の機微に疎い奏音でもわかる程、情欲に濡れていた。

 ……馬鹿な子。

 どこか遠い気持ちで奏音はそれを眺めた。

 魔王は一拍思案した後、嘲笑を浮かべると「いいだろう」と頷いた。魔王は緑の大男と動物頭の男を見て再び命令を出した。

 「俺はこの女の相手をする。お前達は……わかっているな?」

 その言葉に大男も動物頭も大きな声を出して興奮したように奏音の身体を持ち上げた。

 「……ッ」

 持ち上げられた時に重力によって負荷がかかり息が詰まる。反転する視界の中、僅かに見えた絢瀬の表情はそれはもう愉悦に塗れていた。

 これから奏音は酷い目に遭うが、己はこの美しい男に抱かれるのだという優越感がありありと見て取れる。

 それを無表情に流し見て、奏音の視界は再び戻った。

 大男が奏音を抱え、その後ろに動物頭が刃物を掲げながら上機嫌に付いてくる。血溜まりの中を歩き、建物からそろそろ出るというところで大男は奏音を抱え直した。一回、奏音の身体は宙に浮いて、大男の腕に座り直す。圧迫感がなくなり、先程よりも楽な姿勢に奏音はおやと首を傾げた。

 まるで大人が幼児を抱える体勢は、逃げてくださいと言っているようなものだ。おまけに大男は奏音を抱えている反対の腕で彼女の背中を落ちないよう支えている。

 とてもじゃないが、これから非道なことする者の態度では無かった。

 もう少し様子を見てみよう。

 奏音は一先ず逃げずにこの魔物達に身を委ねることにした。

 奏音が大男に抱えられ建物から出ていき、その場には絢瀬と魔王が残された。

 「さて、娘、お前が身代わりになるのだったな?」

 魔王は絢瀬を舐めるように見た。下から上へ、ねっとりした眼差しが彼女の身体を隅々と見ていく。服を着ているのにまるで裸を見られているようで、絢瀬は熱のこもった息を無意識に吐いた。

 魔王は徐に近付き、絢瀬の顎を掬い取る。上を向けられた彼女は強制的に魔王を見ることとなった。

 「……ほう、人間にしておくのが惜しいな」

 どちらかが動けば唇が触れてしまいそうな距離。絢瀬は魔王の輝く瞳に魅入られたかのように、身体を動かせずにいた。

 そうしてくっついている間に魔王はもう片方の手で絢瀬の腕を退かし、服を鋭い爪で裂いていく。外気に触れ、冷える身体に絢瀬は身震いした。

 「寒いか? 大丈夫だ。じきにそんなもの感じなくなる」

 そう言って魔王は絢瀬の腹に指を這わす。

 「んっ」

 擽る様な弱い刺激が逆に気持ちよくて、絢瀬の口からは時折甘い声が漏れた。暫く魔王の手が上の方を優しくなぞっていると、やがてそれは下に降りていく。

 「はぅ……あぁっ」

 足を震わせて立てなくなった絢瀬を片手で抱え、魔王の指はするりと下へと潜った。

 「随分と厭らしいな。そんなにこの快楽を先程の娘に味合わせたくなかったのか」

 喉の奥で笑いを堪えながら、魔王は彼女の耳元で囁く。身体を震わせながら、ぼんやりする頭で絢瀬は答えた。

 「当たり前じゃない……んんっ……あんな根暗で気味の悪い女……あぁっ……化け物に犯されて殺されてしまえばいいのよ」

 「そうか」

 魔王は一言そういうと彼女の温かい胎に硬いものを挿れた。

 「あぁッ」

 「残念だな。お前があの娘と真の友であったなら、俺はこのまま見逃してやろうと思っていたのだが」

 「……え?」

 ふと魔王が絢瀬から離れる。支えを失った彼女は地面へと膝をつき、そこで自分の身体の中にある異変を感じた。

 「え……何……え、え?」

 彼女の下半身にある違和感。魔王によって挿れられた違和感が徐々に大きくなっていく。

 それは物理的にだった。下腹部が膨れ、内臓が圧迫される。

 何だこれは、どういうことだ。この身体はどうなっているのだ。

 混乱と言い知れぬ恐怖に呼吸が早くなる。

 「何っ!? 何をしたの!?」

 髪を振り乱して、絢瀬は少し離れた所で己を見てくる魔王を問いただした。

 「俺の部下に人間の女が欲しいと言う奴がいてな。もしそんな女がいれば是非とも実験したいことがあり、機会があればその者の胎に挿れてくれと頼まれた」

 「じっ……けん……?」

 「そうだ。人間の女の胎に魔物の受精卵を埋め込むとどうなるのか」

 その言葉に絢瀬は息を呑んだ。身体が冷えていく感覚と共に恐る恐る自身の下腹部を見遣る。

 腹はすでにはち切れんばかりに膨らみ、まるで妊婦のようだった。

 「まさ……まさか……」

 絢瀬はあまりの恐ろしい予想に歯をガチガチと鳴らした。その様子を魔王は冷めた表情で見ていた。

 「その魔物はお前達で言うところの昆虫がもととなっていてな。肉食であるが故に生まれた子は母を喰ってしまうのだ。子は沢山生まれるが、仮に母親が生きていればもっと子を増やすことが出来るのではないかと考えた其奴は代わりの母親を探すことにしたのだ。ここまで言えば……もうわかるな?」

 ふと嘲るような笑みを浮かべて魔王は立ち去る。

 「ま、待って!」

 絢瀬が手を伸ばすが、力の入らない彼女は立つことも出来ず、ただ魔王が去るのを見ることしか出来なかった。

 やがて彼女の膨らんだ胎の中が蠢き出す。

 「うッ!?」

 無数の何かが胎の中でひしめき合い、それは下へと向かっていく。

 「あ、あ……ああッ、ああーーッ!!」

 股の裂ける痛みと共に幾つもの何かが這い出てくる。それらは絢瀬の世界では爪ほどの大きさで、家や外でよく見かけた。

 「嫌ッ! イヤァ!!」

 それは蜘蛛だった。しかも大きさは子供の頭ほどのもの。

 そんな大きな蜘蛛がわらわらと絢瀬の股から這い出て、彼女を見上げる。止めようにも止める手立てなどなく、痛みよりも恐怖と嫌悪で身体が震える。

 「い、いや……やめて……気持ち悪い」

 紅い無数の瞳が一斉に絢瀬を捉える。彼女の脳裏には魔王の蔑む瞳が言葉と共に何度も反復していた。

 『その魔物はお前達で言うところの昆虫がもととなっていてな。肉食であるが故に生まれた子は母を喰ってしまうのだ』

 喰ってしまうのだ。

 魔王はそう言った。自分は蜘蛛なんて産んでない。

 違う、産まされてなんかない。

 違う、お前達の母じゃない。

 違う、私は違う。

 違う、こっちに来るな。

 

 違う! 私は、こんな結末望んでない!

 

 絢瀬が逃げようと後ろを振り向いた瞬間、蜘蛛達が一斉に飛び掛かった。

 「……残りの人間共を始末しろ。この城を落とせば暫く大人しくなるだろう」

 肉に食らい付く蜘蛛の山を視界に捉えつつ、魔王は指示を飛ばした。

 

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