食べ残し
パラパラと音を立てながら小石が降ってくる。
舞い上がった砂煙で視界は悪いが襲いかかってくる巨大害虫が居ない所を考えると、どうやら撃退に成功したらしい。
「マジか……、これはガチな爆発じゃねぇか。」
(……まあ、最初はこれくらいで十分じゃろ。まともな距離で戒烈を起こせれば邪龍蟲如き相手にもならんはずじゃ。)
「戒烈?……この爆発の名前か。」
(そうじゃ、リヒトの魔術は殆ど我の魔術の下位互換じゃからの。我はこれを戒めを烈するとゆう事で戒烈と名ずけたのじゃ!。)
命名に至る理由はともかく、この爆発は強力だ。
さっきのような怪物がうじゃうじゃいるようなら自衛手段は必要だろう。
「特に痛みや疲れも無いしな。割と使えるかもしれない。」
(手のひらからは血が垂れ流しになっておるがの……傷の手当も出来んのじゃからな。)
言われてから思い出したように手のひらがヒリついて来る。
だがここには傷口に当てる布も無いので我慢して進まなければいけない。
「早い所この森を出ないとな………出て終わりでも無いんだし。」
(そうじゃな……まあ、この様な僻地になら亜人の村でも有るじゃろう。焦っても良いことは無いぞ?。)
「そんな事言われるまでもねぇよ。てゆうか少しくらい案内しろよな。」
(ん?……別に構わんが数百年前の地理になるぞ?。)
「聞いた俺がアホだったな。」
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しばらく……宛もなく歩き続けた。
宛も無くと言っても一応太陽の位置を確認しながら同じ方角へ進んでいるのだが………本当にそれだけだ。
日が沈んでしまえばそれすら出来なくなるが、少なくとも今は出来る。焦っても太陽が沈む速度が遅くなる訳では無いので一定のペースを維持して歩いているが……がむしゃらに走りだしたくなったりもする。
「また居た………。」
しばらく歩いていて分かったことだが……邪龍蟲の個体数は中々のものらしく、こいつで既に6体目となる。
また、出会った奴らはどいつも俺を横にした大きさの2倍程度で、その大きさの個体ならまとめて出てこない限り敵では無い。
腕を伸ばし、邪龍蟲を握りつぶすように手のひらで覆う。
既に傷口の血はベタベタとした塊となり血を塞き止めているが、ひりつくような痛みに集中する事で『戒烈』を発動させれる。
(この傷から血が吹き出して……あいつを多う…………)
邪龍蟲の辺りに血霧のような物が漂い始め、その変化に反応した奴がこちらに気づく。
だが、時すでに遅し…………。
(そして火花が散り…………炸裂する!!!!)
黒い閃光と甲高い炸裂音………
ゼロ距離の爆発を全身に満遍なく叩き込まれた邪龍蟲は体の脆い部分………節々で木っ端微塵になる。
(ほう、中々様になってきたのぉ。威力も速度もまだまだじゃが、新しい傷を増やさずに済むところが偉いのぉ、よしよし。)
「よしよしじゃねぇよ。お前の身長じゃ頭撫でれないだろ…………てゆうか俺だって好きで傷作った訳じゃねぇよ。」
(はぁ………たまには我に優しくしたらどうじゃ?。我は褒めて伸ばすタイプなのじゃからリヒトは素直に喜べば良いのじゃっ!!。)
ルティアは相変わらずだ。
体は洞窟の水晶に閉じ込められているものの、こうして頭の中に直接語り掛けてくる以外にもどうやら俺の状況を確認できるらしく、頼んでも無いのに色々と喋りかけてくる。
「しっかし多いなぁ。あんなでかいのがゴロゴロ居たらこの森の小動物が全滅しそうだが。」
(そうじゃのお、実際に他の動物を見かけんのぉ。)
異形の怪物と言えど生き物、ならば毎日一定量の食事が必要だ。
こいつらは勿論肉食だろう。そして体が大きければその分よく食う。
人の背を超えるような個体がゴロゴロ居るこの森では明らかに獲物が不足しそうだが………
(まあ、考えられるとしたら………他の魔獣と相互捕食関係があるとかかのぉ。)
「相互捕食?……どうゆう事だ?。」
(ん、分からんかの?。食って食われての関係じゃよ。ここは邪龍蟲の縄張りだから奴らしかおらんだけで、他の魔獣と食ったり食われたりし合って個体数が維持されて居るのかもとゆう事じゃ。
1匹なら食われてしまうが2匹なら逆に相手を食うことが出来る……ような感じでの。)
なるほど………確かに見てないだけで他の魔獣と食いあっている可能性は十分ある。
群れている所を見た事は無いが、1個体同士でそのような関係になっている可能性も有る。
そうやって歩いていると再び邪龍蟲が居た。
…………だが、こいつはそれまでの奴とは様子が違った。
(ほれ、話をすればじゃ。あやつ……何か食うとるぞ。)
ルティアの言う通り、静かに近づくとパキパキと硬いものを噛み砕く音とグチャグチャとゆう柔らかい物を咀嚼する音がした。
「…………う、何だこの匂い…………。くせぇ………。」
(そりゃぁの、リヒトのように蟲を丸焼きにしてるのでは無いからの。また多くの肉食獣は内臓から食う……つまりは腹を口破るから糞便が入った腸もグチャグチャになる。)
なるほど、濃い血の匂いに混ざって漂うこの不快臭はクソの匂いって事か…………食後で無くて助かった。
「にしても何ならこんな匂いがすんだよ………。」
(まあ、悪臭の強くなりやすい生き物と言えば雑食や肉食の生物じゃな。………どれどれ生態調………査………、、、。)
ルティアが急に静かになった。
何故かは回り込んで邪龍蟲の食事を確認した時……分かった。
それは人間でゆう子供の大きさだ。
だが人間とは明らかに違う、来てい服は原始的な物で……肌は緑色。
「ゴブリンか………あの体格差なら食われても仕方ないか………。」
(…………リヒトよ…………あやつを吹きとばせ………。)
「………どうした?。………大丈夫か?。」
ルティアの声が震えていた。恐怖に侵された少女のように……怒りに震える『魔王』の様に。
(我が戦ったのは、人間により虐げられてきた亜人の為じゃった。人間に会えば……男は殺され、女は犯され、子供は売られる。そんな境遇を嘆き、立ち上がった奴らの味方をしたかったのじゃ。)
「そうか……、まあ人間と敵対って事は亜人の味方をしていたって事だもんな。」
(…………我が水晶に封じ込められてからも………、人間は亜人を虐げ続けると思っていた………。じゃから人間を殺す為に生み出した魔獣共に言い聞かせたのじゃ………『人間』を襲えと……、なのに………。)
「………あぁ、そうゆうことか……。」
実際、ただの虫に理解出来る訳がなかったのだろう。
人間と亜人の違いなんて。
ルティアは深く考えてなかったのだ、生み出した魔獣が危険な為……そいつらが住み着く場所に人が寄り付かない事を。
人が寄り付かない所には……人から逃げる亜人が住み着くことを。
………そして、亜人と出会った邪龍蟲が………人間を襲うとゆう習性によって積極的に亜人を襲う事を……。
(我は………我はこんなつもりで魔獣を創った訳じゃ…………、そんな………あぁぁぁ…………。)
「…………クソ………やりづれぇな。」
今までのように、ある程度距離を取ってから戒烈で吹き飛ばしても良かった。
だが、脳内で響く少女のすすり泣く様な声がそれを阻む。
「………はぁ…………、よし。」
頬を軽く叩き、心を奮わせると俺は食事に必死な邪龍蟲に向かって『走り出す』。
出来るかは分からない……だが俺は一般的な人間でない事は確かだ。
ドタドタと派手な足音を鳴らした為邪龍蟲は直ぐにこちらを認識した。
ゴブリンの血で赤く染った大顎を開き、体を持ち上げギィギィと音を鳴らしながら威嚇してくる。
「流石に…………そいつごと吹き飛ばす訳にはいかねぇよなぁァァ!!!。」
うねるように連動して動く多数の足、明らかに敵を示す大型の虫に突っ込む今、明らかな恐怖と嫌悪感を感じている。
強まる匂い………だがそれでも突っ込む。
「ギィギィうるせえんだょ害虫がァ!!!。」
走った勢いを全て乗せて飛び蹴りを放つ。
足の裏で邪龍蟲の無数の足が生えている腹部を捉えるが、奴の方が重かったのだろう。蹴りを入れた瞬間に、俺は来た方へ数メートル弾かれ、背中を強く地面に打つ。
だが、俺よりは飛んでないものの邪龍蟲の方も先程の場所からいくらか離れた所に弾かれていた。
(……もうこれ以上は無理だ。)
痛みによって冷静さを取り戻す頭が……これ以上道徳観にさく余裕は無いと叫ぶ。
背部の痛みを堪え、邪龍蟲に腕を向ける。
血が吹き出し炸裂するイメージ………、
そしてそれまでの個体と同じように邪龍蟲を爆発によって吹き飛ばした。
違いと言えば………近くにあったゴブリンの死体も吹き飛ばした事ぐらいか…………。