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第一章 8話 「赤ずきん」


 十数分前、路地裏――――


 「ぐばぁ!!」


 目の前の男性プレイヤーが光の粒になる。

 もう何十回と見た光景。

 自分の手に持つ剣によって為されたことだ。いつも通りに、背後から心臓を一突き。つい数分前に顔を知ったばかりのプレイヤーはなすすべもなく命を散らした。


 これでナヤギのPKポイントは「3」。

 今日を含めてあと3日は生きることができる。



 ――スキル≪人喰飢餓≫がLv.2になりました――



 スキルレベルが上がったことを知らせる声が、頭の中に響く。


 「人喰飢餓」のレベルが上がったことは嬉しい。

 効果がどの程度上がったのかは、ステータス画面を見なくては分からないが、これでまたPKをする回数を減らす事ができるだろう。


 最近は、残りの生存時間に余裕を持つためと、PKする回数を最低限にしたいという思いから、日付が変わりPKポイントが「1」になる深夜にPKを行うようにしている。



 とりあえず今日もやるべきことは終わった。

 これで部屋に帰ってゆっくりと寝ることができる。

 

 彼は安堵していた。

 スキルレベルが上がったこともあり、いつも以上に気が緩んでいた。



 「じ、人狼・・・!」


 背後から聞こえた声に思わず振り向く。


 そこには、赤いローブをまとった男女2人組。

 2人とも見てはいけないものを見たような顔をしていた。


 「なっ!?」


 しまった――――!

 とうとうPKの現場を他人に見られた。


 「すぐに“ギルマス”に知らせてこい!! 俺が足止めする!!」


 男性の方が女性に指示を出す。


 「分かった! 無理はしないで」


 その指示に従い、女性はすぐにナヤギのいる方向とは逆に走り出した。

 男性は一瞬たりともナヤギから目を離さない。


 「くっ・・・、よりによって“赤ずきん”の連中か・・・!」


 赤いローブの男性に向かって、ナヤギは剣を構える。

 男性の方も背負っている長槍を、ナヤギに向かってゆっくりと構えてきた。そのままジリジリと距離を詰めてくる。


 どうする?このまま応戦するか?この男もPKするか――――?


 いやリスクが高すぎる。

 まず相手のレベルが分からない。もしかしたら自分と同じくらいか、それ以上かもしれない。そうなれば時間がかかるし、PKをすることができないことも十分考えられる。

 仲間を呼ばれている今、時間をかければ捕まる可能性は高くなる。


 そもそも対人戦の経験がない。

 今までのPKは背後から一撃で終わらせたものばかりだ。うまくいくわけない。


 逆に、逃げるなら今しかない。

 仲間が集まってくるまで、まだ時間がある。それに、フードを深くかぶっているため、彼らに顔は見られていないはず。


 

 そう考えたナヤギの行動は早かった。

 身をひるがえし、一目散に逃げだした。


 「なっ・・・! 待て!!」


 あまりの行動の切り替えの早さに、男性は追いかけるのが遅れた。


 


 

 路地を左へ右へと、とにかく追い付かれないように走った。


 もう十分以上、全速力で走っている。

 スタミナバーも徐々に減っていき、そろそろ限界に近い。


「こっちに居たわよ!!」

「追え!! 絶対に逃がすな!」


 しかし、追っ手を振り切るどころか続々と赤いローブの連中は増えている。

 このままでは捕まるのも時間の問題だ。


 一般プレイヤーは、安全区内において他のプレイヤーにダメージを与えることはできない。だが、他のプレイヤーに触れることが出来ないわけではない。

 他のプレイヤーに触れることは出来るし、武器で切りつけたりすれば衝撃を与えられる。腕や足を切り落とすことも可能である。


 腕や足を切り落とされた場合、再生には一定の時間がかかる。

 そうなれば、その間に簡単に捕まえられてしまうだろう。


 「・・・見つけました」


 逃げた先に、真っ赤なローブをまとい、フードを被った小柄な人物が見えた。

 後ろから追っ手と合わせて、挟み撃ちの形になる。


 「くそっ!!!」


 挟み撃ちを避けるために、ナヤギはとっさに横の路地へと逃げ込む。


 「はぁ・・・!はぁ・・・、ん?」


 息切れをしながら、彼は違和感を覚えた。


 さっきも同じようなことがあったような――――

 つい先ほども挟み撃ちされそうになったことを思い出す。しかも、1度だけではなく何度も。嫌な予感が脳裏をよぎる。

 しかし、彼にはそのことを深く考える時間も余裕もない。


 自分が助かるために必死になって足を動かすしかなかった。


 


 「どうしますか?」

 「・・・半分は引き続き人狼を追ってください。 残りは次の場所へ」

 「了解しました」


 一人だけ他よりも真っ赤なローブをまとった小柄な少女が、他のメンバーに指示を出す。

 少女の指示に従い、メンバーは二手に分かれていった。


 「・・・もうすぐ、もうすぐですよ」


 


 

 「はぁ・・・、はぁ・・・、ようやく撒いたか」


 自分以外の足音が聞こえなくなったところで、ナヤギは足を止めた。

 後ろを振り返るが、赤いローブは見えない。周囲に誰かいる気配も感じられない。

 どうやら彼は逃げ切ることができたようだ。



 「ははっ・・・!逃げ切ってやった、逃げ切ってやったぞ・・・!」


 建物の壁にもたれながら、小さくガッツポーズをする。


 逃走劇は半時間ほどにもわたった。

 長時間の全力疾走のおかげで、息も絶え絶えで足もガクガクである。壁にもたれているのもしんどくて座り込むほどだ。


 しかし、疲労による体の痛みよりも逃走劇に勝利したことへの喜びを多く感じていた。

 もし捕まえられてしまったならば、明日にでも処刑台に送られていただろう。殺されること間違いない。


 何はともあれ、死線を乗り越えた。

 この喜びは、初めてPKをした時に似ている。あの時程の高揚感はないが、自らが生を勝ち取ることができたという達成感と解放感を合わせたような感情を感じていた。


 


 

 しばらくして、ようやく息が落ち着いてきた。

 足の疲れも回復しつつあり、歩くのにも支障がなさそうである。


 立ち上がってメニュー画面を操作し、アイテムストレージを開く。

 装備しているローブを脱ぎ、予備で持っていた別の色のローブを装備する。

 一瞬で灰色のローブが青色へと変化した。気休め程度ではあるが、これで再び人狼であることがバレるのを防ぐことができるかもしれない。


 

 足音を殺しつつ慎重に路地を進む。

 曲がり角では、手鏡を使って先に誰もいないかを確認するほど注意を払っている。ちなみに、この手鏡はPKをした際にドロップしたアイテムだ。


 手鏡に赤いローブが映る。


 「こっちはダメか・・・」


 来た道を引き返し、別のルートを進む。

 赤いローブの連中は、まだナヤギを探しているのであろう。どのくらいの人数が居るかもわからない。周囲を十分に警戒する必要がある。


 途中までは順調だったが、再び手鏡に赤いローブが映った。


 「くそ、またかよ!」


 再度、ルートを修正する。


 だが、またもや連中に道を阻まれる。仕方がないので、またルートを変える。

 その先でも同様のことが何度も起こった。


 「・・・おかしい」


 どのルートを通ろうとしても、赤いローブの連中が居る。まるで、自分を包囲しているような――――


 そこまで考えて、ナヤギはハッとした。

 今、彼がいる場所は逃げ切ったと思っていた場所。


 「マジかよ・・・、赤ずきんの奴ら・・・!!」


 そうである。包囲しているようではない。

 ナヤギは包囲されているのである。


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