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第一章 6話 「人狼の決意」

 

 「うっ・・・! おえぇぇぇ!!!」


 強烈な吐き気。

 頭から指先まで不快感が半端じゃない。

 ここは仮想世界だ。胃に食べ物はない。それどころか胃すらない。なのに、嘔吐がしたくてたまらない。


 なぜ、ナヤギが吐き気をもよおしているのか。簡単な事だ。



 彼は『罪悪感』に苛まれていた。





 初めてPKを行った後、ナヤギはまっすぐ宿に戻った。


 ベッドに腰を下ろし、一息つく。

 それをきっかけに、徐々に自分のしてしまったことを理解し始める。


 「・・・そうか・・・俺は、人を殺したのか・・・」


 ゲームでの死が現実での死に繋がるという異常な世界。

 人を殺さなくては自分が死ぬという異常な状況。

 ナヤギはこの異常な世界に閉じ込められて、この異常な状況に置かれている。

 だが、したことは紛れもない『殺人』。見ず知らずの赤の他人を殺した。


 自分が死ぬのが怖くて、死にたくなくて、生きたくて、だから身代わりを差し出した。


 殺した短髪の男の最期の言葉を思い出す。


 『「い・・やだ・・! ・・・しに・・・たく・・・ない・・・」』


 自分が死にたくないのだ。

 当然、あの男も死にたくなかったに決まっている。


 誰だって死にたくない、生きたいはずだ。

 それを分かっていたはずなのに、我が身可愛さにそのことを考えないようにしていた。

 高揚感が薄れ、徐々に冷静さを取り戻し始めて、ようやく自分の軽率さ、愚かさを認識する。


 「うっ!」


 気持ち悪い―――――


 頭が痛い、胸がムカムカして、吐き気をもよおす。

 時間が経つにつれて、体中の不快感は増していく。


 「うっ・・・!おえぇぇぇ!!!」


 まるで、体全体を締め付けられているようだ。

 自分の中身をすべて出してしまいたい。それぐらい強烈な吐き気。


 「俺は悪くない・・・、俺は悪くないっ!!」


 自分は悪くない。

 ナヤギは、何度も自分にそう言い聞かせる。


 心では、分かっている。悪くないわけがない。


 あのピエロによって、生きるか死ぬかの状況に置かれた。

 人を殺すか殺さないかという選択をさせられた。

 ピエロが人狼という制度を作らなければ、このゲームを乗っ取らなければ、存在しなければ、こんなことにはならなかった。


 だが、選択したのは自分自身だ。

 生きるために、他人を殺すことを決めた。殺さない選択肢があったにも関わらず、殺人という選択肢を取った。


 何の罪もない他人を死に追いやることが『悪』でないわけがない。


 「悪くない、悪くない、悪くない、悪くない、悪くない、俺は悪くない・・・っ!」


 自分が悪だとは十分に理解している。


 理解しているからこそ、自分は悪くないと思い込ませて、責任を転嫁しようとしている。

 そうでもしなければ、罪悪感に押しつぶされて自我が崩壊してしまうだろう。



 「・・・誰か、俺を助けてくれ・・・」



 この日、ナヤギは眠りにつくことができなかった。






 ゲーム開始11日目


 いつもの癖で石碑の前に来ていた。


 昨日の人狼の殺人数は13人。

 この13人の内、1人はナヤギが殺した。彼が生きるために殺した。


 まだ新しい記憶がフラッシュバックする。

 男を貫いた感触、死に際の絶望に染まった目。

 再び、罪悪感が体を襲い、吐き気をもよおす。胸中をよく分からない気持ち悪いものが泳いでいる感覚。最悪、最悪の気分だ。


 こんな気持ちを味わうなら、PKなんかやるんじゃなかった。やらなければ良かった。

 後悔しても遅い。やってしまったことをなかったことには出来ないのだから。


 「うっ・・・! ・・・頭がいてえ・・・!」


 吐き気とともに、頭痛がひどい。

 あまりの痛さに視界が歪むほどだ。


 ここ数日、四六時中考え事をしていた。

 それに加えて凄まじい罪悪感、睡眠不足も重なった。脳がパンクしてもおかしくない。


 ぼやけた視界の中、再度石碑を見る。


 見間違いであってほしい。

 人狼の殺人数が13人というのが見間違いで、実際は“0人”であってほしい。昨日の出来事は夢で、殺人など犯していない。そうであってほしい。


 馬鹿馬鹿しい願望。

 昨日のことが夢なら、自分はここに存在していないはずだ。とっくにPKポイントがゼロになり死んでいるはずだ。そんな簡単なことが分からないわけではない。

 でも、そう思わずにはいられないほど、ナヤギは精神的に追い詰められていた。


 絶対にありえない希望を抱きながら、石碑に書かれている数字を確かめる。



 「――――えっ」



 ――――――――――――――――――――――――

 ●プレイヤー状況

 生存プレイヤー数: 47,311人(内 人狼 9人)

 人狼比:  0.02%

 死亡者数:  1,776人


 ●昨日のプレイヤー死亡状況

 死亡者数: 108人(内 人狼 1人)

 人狼の殺人数: 13人

 ――――――――――――――――――――――――



 眼を見開く。

 別に殺人数が変わっていたわけではない。自分がPKを行った事実がそのまま。

 ナヤギが驚いたのは、その上の死亡者数の欄。


 人狼が1人死んだ。



 とうとう一人目。

 PKに失敗して、逆に殺されたか。それとも臆病者で最後までPKをすることができなかったのか。


 「・・・ああ、そうか」


 きっと違う。

 最後まで人を殺すことを拒んだのだ。

 この異常な世界、異常な状況で、自分を見失わずに、自らが死ぬことになろうとも人としての道を踏み外すことなく、最後まで人として生き抜いた。そんな生き方をできる強い人だったのだろう。


 直感的にそう感じた。

 本当にそんな人だったのかは分からない。自分が道を踏み外し、何かにすがりたいがためにそう思っただけかもしれない。

 だが、ナヤギは確信していた。


 この人は自分と違う結末を選んだのだと。


 「羨ましい・・・」


 思わず羨望の言葉が零れる。


 自分の弱さが嫌になる。弱さゆえに人を殺した。人の痛みを考えずに、自分のことばかり考えていた。

 この人みたいに強く生き抜くことができたならばどれだけ良かったか。


 だが、もう遅い。

 死んだ人間は生き返らない。ナヤギが殺人を犯したという事実は消えない。決して曲げてはいけない自分の生き方を曲げたのだ。再び真っすぐ生きることができるわけがない。


 出来ることは一つだけだ。

 罪を背負い、さらなる罪を重ね続け、罪に押しつぶされるまで生き続けることだけだ。




 名も顔も知らない仲間に黙祷を捧げた。


 「絶対に、この世界から生きて脱出する。俺はこの世界で――――」



 人狼として生きてやる――――





 ――――――――――――――――――


 ゲーム開始11日目・・・人狼 残り9名


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