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第一章 5話 「PK」

 ―――――ああ、コイツにしよう。


 隣の席の短髪の男を今夜のターゲットすることに決めた。


 人狼(俺たち)が死ねばいいか・・・

 自分が助かるためなら、他人が死んでもいいってことかよ。

 なら、別にいいよな。俺が生きるためにお前を殺しても。文句はないだろ。

 自分が助かるために他人が死ねばいいと思っているってことは、他人のために自分が死んでも構わないってことだろう。


 殺意のこもった視線を短髪の男に向ける。

 しかし、泥酔している男はナヤギの視線に気づかない。



 すっかり冷めてしまった料理を口にしながら、ナヤギは短髪の男が店に出ていくのを待った。

 これからPKをするという緊張のせいか、料理の味は感じなかった。



 小一時間後、隣の男たちは席を立った。

 男たちが店を出ていくのを見ながら、ナヤギも席を立つ。慎重に後をつけていく。


 大通りを短髪の男は連れの男に支えられながらゆっくりと歩いている。

 尾行が気づかれている様子はない。

 今は他のプレイヤーの目が多すぎる。まだ、行動は起こすわけにはいかない。人気がなくなるのを待つしかない。


 しかし、なかなか2人は大通りから離れない。

 ナヤギは焦りを感じ始めていた。

 再びターゲットを選びなおす時間はない。早く人気のない場所に行ってくれと、ナヤギは願った。


 ナヤギの願いが通じたのか、男たちはだんだんと大通りを離れていく。

 しばらくすると、ほぼ人通りがなくなった。


 「じゃあ、俺こっちだから」

 「おう、また明日な。 気をつけて帰れよ」


 連れの男と別れた短髪の男は人気のない細い路地へと入っていく。

 俺は1番の懸念材料がなくなりほっとする。

 2人が同じ宿に泊まっている可能性があった。その場合、2人ともPKしたかもしれない。あまりリスクの高いことはしたくなかったし、妻子持ちの連れの男を殺したくはなかった。


 短髪の男を追いかけてナヤギも暗い路地へと入っていく。

 路地に入ってすぐにアイテムストレージを開き安物のローブを装備。

 顔が隠れるまでフードを深くかぶる。もし失敗したときや誰かに目撃されたときに正体がバレるのを防ぐためである。


 PKをするタイミングを見計らいながら、短髪の男を追いかける。

 少しずつ距離を詰めていく。

 短髪の男が路地の角を曲がった。ナヤギは急いで角に張り付く。顔を少し出して様子をうかがう。


 「・・・ったく。 早く帰りてぇ~」


 まだ、だいぶ酔っているようで千鳥足。

 後ろを気にする様子もなさそうだ。


 ナヤギから男まで距離は5m。

 辺りに人影もない。絶好の機会。

 今日買ったばかりの銅の剣を手にして、頭の中で背中から急所を突き刺すシミュレーションを行う。ちなみに急所とは現実世界で心臓のある左胸部。

 シミュレーションは十分。実行に移すために角から出ようとする。




 ―――――本当にいいのか?


 誰かがそう問いかけた。

 いや、誰かじゃない。俺だ。心の中の俺自身。

 まだ俺は心の底で悩んでいる。今が引き返すことのできる最後。今なら、人の道を踏み外さなくてすむ。PKをしてしまえば、もう後戻りはできない。


 確かにアイツの言葉にむかついた。

 他のプレイヤーたちのために人狼(俺たち)が死ねばいいという言葉に。

 だけど、それだけでPKする理由になるのか。もし俺が普通のプレイヤーだったら、言葉には出さないまでも同じことを思ったかもしれない。

 それなのに、俺はあいつを殺すのか。


 ここにきて、再びナヤギの心に迷いが生じ始める。




 ――――――いや、悩むな!俺は生きたいんだろ!!


 無理やり迷いを断ち切る。


 角から飛び出たナヤギは、一気に男との距離を詰める。

 そして、男が振り向く間もなく、“必殺技”を使って目の前の背中を貫いた。


 「がっ・・・!!!」


 短い悲鳴が上がった。

 モンスターを倒すときと変わらない感触。だが、同時に得も知れない寒気を感じた。


 なかなか男は光の粒にならない。

 HPがゼロになったら、すぐに光の粒になりはじけ飛ぶはずだ。もしかしてゼロにできていないのか?嫌な予感が全身の肌を伝わる。

 早く死んでくれ――――!!

 誰に願っているのかも分からないが、ナヤギはとにかく強く願った。


 剣に刺されたままの男がこちらを振り向く。


 「い・・やだ・・! ・・・しに・・・たく・・・ない・・・」


 男と目があった。

 男の目は驚愕と絶望に染まっていた。


 その直後、男の体が光の粒子となりはじけ飛んだ。


 PK成功。一撃でHPはゼロになっていた。

 ただナヤギが緊張や焦りから一瞬を長く感じていただけだった。

 男が光の粒となって天に昇っていくのを見たナヤギは、一気に体の力が抜けてその場に倒れこむ。

 緊張感から解放された全身に安堵と歓喜がいきわたる。やったことはPKという最低の行為であるはずなのに達成感があり、明日も生きていけるという喜びを感じていた。


 「・・・ハハハ!!」


 自然と口から笑いが零れた。


 ――●スキル≪PK経験値up Lv.1≫を修得しました――

 ――●スキル≪人喰飢餓 Lv.1≫を修得しました――


 無機質な声が頭の中に響く。スキル修得を知らせる声。

 もしかしたら、この2つがピエロの言っていた人狼専用スキルかもしれない。



 冷たい地面にしばらく寝転がったまま、明日の生への喜びをかみしめた。





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