第二章 12話 談話①
「ーーーーそういえば、まだギルドとしての当面の目標を話していなかったね」
そう言うと夜佐久は、紅茶を口にする。
「当面の目標……ですか?」
ナヤギの眉がわずかに動く。
「ああ。 当然、人狼ギルドの最終目的はメンバー全員での現実世界への生還。 この世界の誰かが、魔王を倒すまで生き残らなければならないわけだ。 ーーーーそれには、あとどのくらいかかると思う?」
「ええっと……、この10ヶ月の間に中ボスが14、四天王が1体倒されているわけで……残りが40体だから、単純計算で2年と少しくらいですかね」
これまでの傾向から1ヶ月あたり1.5体のボスの攻略が行われている。
そこから、中ボス36体、四天王3体、魔王1体にかかる時間を計算すると、27ヶ月。2年3ヶ月と言う結果になる。
「そうなるね。 ……だけど、それはあくまで今まで通りに攻略が進んだ時の話だ。 ゲームってのは、基本的に後半になるほど難しくなっていく。 この世界もその例にもれないだろう。 特に最後の魔王城のあるイレ地方の攻略は困難を極めはずだ。 僕は、このゲームがクリアされるのは最速でも”あと3年”はかかるとみている」
「あと3年ですか……」
夜佐久の言葉に、ナヤギはシビアな表情を浮かべる。
3年、それはナヤギにとって余りにも長い時間。
ゲーム開始からの10か月の間での、命の危機は片手の指では足りない。彼自身、よく今まで生きてこれたものだと感じている。
この生活をあと3年、あと何度死線をくぐり抜ければ、現実へと生還できるのか。
無意識に、自身を落ち着けようとナヤギは紅茶を口にする。
しかし、次に夜佐久から放たれた言葉は、ナヤギの顔をさらに重々しくさせることとなった。
「――――そして、おそらくこのことはゲーム内の何人かは予想していると思う。 最前線にいる攻略連合のリーダーたちなんかはひときわ理解しているはずだ」
ナヤギは口に含んだ紅茶を飲み込み、ティーカップをゆっくりとおく。
夜佐久の話がどういう意味を持つかを理解して、ナヤギは頬を引きつらせた。
「それはつまり……今後、攻略組が人狼狩りを行う可能性があるってことですか……?」
すでに1年近くゲーム内に閉じ込められたプレイヤーたちの不満は相当なものだ。
正攻法では、最速でも3年は脱出できないと分かれば、人狼討伐派に転身するプレイヤー、ギルドも出てくるだろう。
それは攻略組も例外ではない。
「その可能性はあるだろうね。 ……と、言っても今のところはまずないとは思うけど」
「え……、そうなんですか?」
「攻略連合の最大ギルド『剣聖の集い』は攻略一筋で、人狼討伐には一切関与しないスタンスなんだ。 だから、攻略連合全体も『レッドフード』は例外として、攻略の妨げ、大きな治安の悪化につながらない限りは、人狼を放置している。 だから、攻略連合が人狼討伐に参加してくる可能性は低いと思うよ」
ナヤギは、胸を撫で下ろす。
攻略連合が、自分たちの命を狙ってくるか否かでは、これからの生存率に天と地の差が出てくる。
「――――ただ、それはあくまで攻略連合に限った話だけどね」
夜佐久の含みを持たせた言葉。
ナヤギもその真意は分かっている。
「……人狼討伐ギルトですね」
「ああ、人狼討伐ギルドはあと3年も僕たちを取り逃がしてはくれないだろう。 遅かれ早かれ、間違いなく『赤ずきん』『白羊』とはぶつかるだろう」
2大人狼討伐ギルド「レッドフード」「逆襲の白羊」
人狼であるナヤギたちとは、切っても切れない関係にある。
「夜佐久さんは、正面切ってのギルド同士の戦いになると考えているんですか?」
「こちらが逃げ切れるのが一番だけど、そううまくはいかないだろうね。 最悪の場合、相手を潰す選択を取らなくてはならないかもしれないと僕は考えている。 ナヤギもその覚悟を持っておいてほしい」
「大丈夫です。 屍の山を築く覚悟はとうの昔に出来ています」
片側の口角を上げ、当然とでも言わんばかりのナヤギ。
「……そう……それは少し心配だね……」
そんなナヤギを見て、夜佐久はわずかに顔に影を落とす。
そのことにナヤギは気づかない。
「何か言いましたか?」
「いや……、何も言ってないよ」
「……? そもそも人狼討伐ギルドを壊滅させるって可能なんですか? あっちの人数が3桁を超えますし、トッププレイヤーも何人かいますよ。 こっちは3人で、幹部連中とまともに戦えるのって夜佐久さんだけじゃーーーー」
「そうだよ。 ーーーー今はね」
夜佐久の思わせぶりな発言に、ナヤギはハッとする。
「そういうことですか…… 当面の目標っていうのは、『戦力強化』ですね」
「察しがいいね。 具体的には、仲間を探すことと、自分の能力を上げることだね」




