第一章 4話 「ターゲット」
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●プレイヤー状況
生存プレイヤー数: 47,434人(内 人狼10人)
人狼比: 0.02%
死亡者数: 1,653人
●昨日のプレイヤー死亡状況
死亡者数: 95人(内 人狼0人)
人狼の殺人数: 5人
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ゲーム開始10日目
決断の日。ナヤギはいつも通り石碑の前に来ていた。
PKポイントは残り1pt。
何もしなければ、今夜の0時にあの世行き。
他の人狼たちの多くは、生きていくことに決めたのだろう。ここ数日、人狼の殺人は増加している。
結論を出すために、今日まで様々なことを考えた。
俺が死ねばどうなる?
両親は姉は友達は悲しむだろうか。正しい選択をしたと誇ってくれるか。他のプレイヤーからは感謝されるのか。それとも、当然の判断だと思われるのか。
逆に生きて、このゲームから脱出できたとしたらどうだ?
俺は普通の生活に戻れるのか。両親は姉は友達は喜んでくれるのか。人を殺して生き永らえた俺を受け入れてくれるのか。怒られて恐れられて、これまでの関係と変わってしまうのではないか。世間はどう思う。生きるためなら仕方ないと思ってくれるのか。それとも、大量殺人鬼として断罪されるのか。
この世界で生き抜けるのか?
PKを続けていくことは出来るのか。いつか自分が人狼とばれるんじゃないか。仲間を作ることは出来るのか。他の人狼を見つけられるのか。
ゲームから脱出した後、生きていけるのか?
人を殺し続けて、精神を保つことができるのか。学校に行くことは出来るのか。就職は、結婚は、どうなる?
家族や友達、世間の反応。ゲームを生き抜けるか。脱出した後の将来。考えられる限りのことを考えた。これまでの人生の中で最も頭を使ったと思う。何度も結論を出そうとしたが、自問自答を繰り返して、苦しんで、結論はなかなか出なかった。
だが今朝、とうとう決断を下した。
考えて、考えて、考えまくって、答えを決める鍵になったのは、最も単純な問いだった。―――――俺はまだ生きていたいか?
俺は「生きたい」――――
日が暮れた後、ナヤギは酒場に居た。
酒場の見た目はレンガベースの木造建築、多くのプレイヤーが食事や情報交換に利用している場所だ。
ナヤギは隅のテーブル席に座っている。
テーブルの上には、肉料理とパンがおかれている。肉料理からは香ばしい匂いが辺りに溢れ、パンは見るからに柔らかくおいしそうな印象。
しかし、ナヤギの視線は料理に向けられておらず、まるで興味がないかのようだ。それを裏付けるように、料理に一切手は付けられていない。
ナヤギの視線は、料理ではなく他のプレイヤーに向けられていた。
今、店の中にはプレイヤーが30人ほどいる。
数人のパーティー、1人でいる者、カップルであろう男女、様々なプレイヤーが食事や会話をしている。楽しそうな雰囲気を醸し出している者たちがほとんど。
ゲーム開始から10日も経ち、この世界の生活にそれぞれ順応してきたのだろう。
ナヤギはそれを恨めしく感じた。
自分が自身の生死を考え苦しんでいるのに、他のプレイヤーたちはのうのうと生きていられる。羨ましいと同時に許せないと思った。
落ち着け――――
俺はそう自分に言い聞かせ、心の中のドス黒い感情を押さえつける。
感情的なって目的を忘れてはいけない。この店に入った目的を思い出す。この店に入ったのは食事をとるためではなく、PKをする最初のターゲットを選ぶためだ。
当然だが、PKが失敗すれば自分が死ぬことになる可能性は大きい。
その場で逆にPKされることはあり得ないが、俺が人狼だとバレるかもしれない。そうなれば、今夜を生き残れたとしても後日捕まり処刑されるだろう。そうならないためにも、PKしやすそうな相手を見定める必要がある。
まず、複数人のパーティーを狙うのは論外。
全員をPKするのは難しいし、1人でも逃がせば正体がバレる可能性がある。次に自分より高レベルのプレイヤーは駄目だ。急所を貫いたとしても、HPをゼロにすることができないかもしれない。
この2点が今回というか今後もターゲットを選ぶ上で重要だ。
ナヤギのレベルは「3」。
これ以下のレベルのプレイヤーがターゲット。
しかし、<Savior Lord>ではプレイヤーの頭上にレベルが表示される仕様ではない。それどころかHPバーもプレイヤー名も表示されない。だから、防具や武器などの装備からレベルを推測するしかない。
レベル3以下のプレイヤーは、おそらくはまだ初期装備の者がほとんどだろう。今日、ナヤギもようやく武器を初期装備の「木の剣」から性能が1つ上の「銅の剣」に変えたばかりである。
俺はターゲットを1人でいて初期装備である者に絞りこむ。
店の中を見渡すと1人で食事をしているプレイヤーが何人か居た。1人ずつ注意深く見ていく。
1人目、座っていても分かるくらい大柄な男。明らかに初期装備ではない。背負っている大剣も銅よりさらに上の鉄製。候補からは除外。
2人目、赤い髪をした若い男。料理を綺麗に食べている。育ちがいいのだろう。装備は武器が初期装備の木製だが、防具は初期装備より1つ上の物。おそらく、レベル3か4。とりあえずターゲットにするか保留。
3人目、俺と同じくらいの歳の少女。少し短い茶髪、ちらりと見える八重歯が特徴的だ。武器も防具も初期装備。多分、レベル1。死の恐怖からフィールドに出ず、街に引きこもっている人なのかもしれない。1番条件に合っている。
1人でいるのはこの3人。
1人目は無しとして、2人目と3人目のどちらをPKのターゲットに選ぶか。
もちろん少女の方が条件に合致している。しかし、同年代の女の子をPKするのはかなり気が引ける。ただでさえ人を殺すという常軌を逸した事をするのだ。さらに心の負荷になるようなことはしたくない。だったら赤髪の男にするか。だが、レベルは一緒で防具は初期装備ではない。一撃でPKをすることができずに失敗する可能性がある。
また、選択するのかよ。
嫌な選択。どちらを選んでもきっと後悔する。イライラして舌打ちをした。
「もう十日だ。 はやく、現実に戻りてえよ」
「そうだな。 この世界から帰って妻と息子の顔が見たいな」
頭を抱えていたナヤギの耳に、隣の席の会話が入ってくる。
壮年男性の二人組。一人から短髪で少し強面な印象、もう一人からは真面目そうな印象を受ける。
「かー、いいねえ! 家庭を持っている奴は。 心配してくれる家族がいて羨ましいよ」
「お前だって、親御さんや兄弟が心配してくれるだろ」
「どうだろうな。あまり仲が良くねえし、心配なんざしてねえかも。 むしろ、早く死ねって思われているかもな」
「そんなことはないと思うぞ」
「お前に俺の何が分かるんだよ! 俺は仕事一筋で生きてきた。 なのに、こんな世界に閉じ込められてよ。 いつ戻れるか分かんねえ。 1年後、2年後、現実に戻れたとして会社が俺をクビにしてない保証がどこにある!?」
短髪の男はだいぶ酔っているようだ。
この世界にも酒が存在する。酒を飲むことにより、現実世界の自分の脳に微弱な電波が送られる。脳が麻痺することで、現実世界での飲酒と同じように酔った状態になるわけだ。
「飲みすぎだ。 少し休憩しろ」
「ああ!? 飲まずにやってられるか! 明日にも死ぬかもしれねえんだぞ。 早く帰りてえ。 くそっ!あいつら、さっさとしろよ!」
「なんのことだ?」
「決まってるだろ! 早く人狼ども死んじまえってことだよ!」
その言葉にナヤギは思わず顔を上げた。
押さえつけていたドス黒い感情が心の奥から湧き出てくる。
「おいおい! 滅多なことを言うなよ」
「なんでだよ? みんな思っていることだ。 人狼どもがさっさと死んでくれれば、俺たちは現実に戻れる。 たった10人死ぬだけで残りは助かるんだぜ!」
「落ち着け、悪目立ちしているぞ。 他のプレイヤーの迷惑になる」
連れの人がなだめるが、短髪の男は白熱したまま。
他のプレイヤーの注目の的になっている。
ナヤギも視線を短髪の男に向けていた。
―――――ああ、コイツにしよう。
今夜のターゲットが決まった。