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第一章 3話 「選択」


 ――――――――――――――――――――――――

 ●プレイヤー状況

 生存プレイヤー数: 48,245人(内 人狼10人)

 人狼比:  0.02%

 死亡者数:  842人


 ●昨日のプレイヤー死亡状況

 死亡者数: 207人(内 人狼0人)

 人狼の殺人数: 0人

 ――――――――――――――――――――――――


 ゲーム開始3日目

 ナヤギは頭を悩ませていた。

 処刑台の前――――正確に言うと処刑台の横にある石碑の前で、途方に暮れていた。

 石碑に記されているのは、現在のプレイヤー状況と昨日の死亡者数。人狼に殺された人数も記されている。


 ‘まだ’、他の人狼も動いていないのか・・・――――


 毎日、ナヤギはこの場所に来ている。そして、どうするべきなのかを考え続けていた。人狼としてどう生きていくかを―――ではない。


 ――――生きるべきなのか、死ぬべきなのか、についてだ。



 **************



 ゲーム開始初日の夜

 俺は自分が人狼であることに、そこまで絶望はしなかった。

 人とあまり関わらずに、この街に引きこもって誰かがゲームをクリアしてくれるのを待てばいい。そんな楽観的な考えでいたからだ。


 しかし、それは甘すぎる考えであった。


 宿で寝ようとしていた時、一通のメッセージが届いた。

 差出名は「GM」。あのピエロからである。

 ベッドから跳ね起きて、恐る恐るメッセージを開いた。


 『おめでとう! 君は、人狼に選ばれました!』


 何がおめでとうだ!!ふざけんな!!始めの一文を読んだだけで、怒りは頂点に達した。もし目の前にいたら、思いっきり顔面をぶん殴っただろう。


 『ゲームシステムの変更に思ったより時間がかかってね。 君たち人狼にお祝いのメッセージを送るのが遅れちゃったよ。ごめんね(∀`*ゞ)テヘッ』


 「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 言葉にならない怒り。

 感情に任せて、ベッドを思い切りぶん殴った。


 『お祝いと謝罪はこれくらいにして、ここからは本題に入ろうか。 当然、人狼に関することだよ。まず、君がログアウトする方法についてだ』


 人狼がログアウトする方法は、ゲームクリアか死ぬかの2択ではないのか?


 『あの場所では話さなかったが、一般プレイヤーに第3の方法があるように人狼プレイヤーにも第3の方法がある。 生存プレイヤー数における人狼の割合が100分の1以上、1%以上になった時、君たちはこの世界から解放される。 つまり、人狼が10人生き残っていれば生存プレイヤー数が1000人になった瞬間、現実に戻れるということだ』


 無理だ。この方法でのログアウトは無理がある。

 もし人狼が俺1人になったなら、プレイヤーの数が100人まで減らなくてはならない。そこまで生き残るのは難しい。それにどうやってプレイヤーの人数を減らす?

 PKを行うしかない。そんなこと俺には出来ない。

 やはり、この街でおとなしくしているのが一番だろう。


 『次に、人狼のプレイヤーシステムについて教えよう。 君も知っているように、一般プレイヤーと人狼ではいくつか違いがある。 大きく分けると4つ。 安全区内でのPKが可能、人狼専用スキルを修得できる、偽のステータス画面が作成可能、そして“PKポイント”を持っていること』


 PKポイント?PKをすれば獲得できるのか?何のために?


 『前の2つは説明しなくても分かると思うから説明は省くね。 偽のステータス画面が作成可能、これは本来のステータスに加えて、偽物のステータスが自由に作ることができるということ。 そうすることで、他のプレイヤーとフレンド登録などをした時に相手に表示される情報を偽物にすることができる。 最後のPKポイントについて説明しよう。 とりあえず、ステータス画面を開いてほしい』


 書いてある通りに、ステータス画面を開く。

 HPバーとスタミナバーの横の今まで何もなかった場所に、赤くドロッとした字体で「10」という数字が表示されていた。


『気づいたかな? HPバーとスタミナバーの横にある赤い数字がPKポイントだよ。 最初の10ptは僕からのプレゼントだ。 このPKポイントは日付の変わる0時に1ptずつ減っていく。 そして0ptになった瞬間に君は‘死ぬ’』


 自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 何を書かれているのか理解できなかった。いや、理解できないわけじゃない。理解したくなかった。


 『でも、大丈夫。 当然、ポイントを増やす方法もある。 名前の通り、PKを行うことでポイントを獲得できるよ。 PK1回につき1pt獲得だ』



 ああ・・・やっぱり。そういうことか。


 ポイントをゼロにしないためには、PKを行うしかない。つまり、‘生きたければ人を殺せ’ってことかよ。


 『以上で、説明はおしまい。君がどうするかは自由だ。 でも、最後にもう1度。 君が懸命にこの世界を生きてくれることを心から願っているよ』


 メッセージは、そこで終わっていた。

 だが、ナヤギは呆然とメッセージを見続けていた。

 現実味がない。ただでさえ仮想空間に閉じ込められて、死ぬかもしれないゲームをさせられているのだ。なのに、自分だけ他者を殺す事を強要されている。



 なにかしなくてはいけない。

 漠然とそう思い、とりあえずメッセージを閉じる。開いたままだったステータス画面が目に映る。



 ―――――PKポイントが「10」から「9」に減っていた。



 **************



 「生きる」のか「死ぬ」のか―――――


 あのメッセージを見た晩から、寝ても起きてもそればかりを考えている。


 そりゃ俺だって生きたくないわけがない。

 だが、「生きる」選択を取るってことは、無関係な誰かの命を奪うってことだ。その誰かだって生きたいに決まっている。このゲームに無理やり参加させられて、無事に現実世界に戻れるか不安で、俺と一緒だ。そんな人の命を何十、何百と奪うのか。


 なら、「死ぬ」べきなのか。それなら誰も殺さなくてすむ。他のプレイヤー達が早く現実世界に戻れるようになるかもしれない。

 でも、俺はそれでいいのか。

 もう2度と両親にも姉にも友達にもクラスメイトにも先生にも先輩にも後輩にも誰にも会えない。

 まだ、17歳で人生これからだ。まだ読みたい漫画もあるし、やりたいゲームもある。海外に旅行してみたいし、大学だって行きたい。また友達と馬鹿やって遊んでたわいのない会話を楽しみたいし、彼女だって欲しい。したいことは山ほどある。


 どれだけ考えても、堂々巡りで結論は出ない。


 そりゃそうだろ。だって俺、ただの高校生だぜ。

 成績は中の中。顔も中の中だと思う。

 仲の良い友達が数人いて、クラスの中でも目立った存在でもなければ浮いた存在でもない。部活は卓球部に入っているが、別に全国大会を目指すとか本気でやっているわけじゃない。少し体を動かせたらいいなと思って入部しただけだ。

 家族仲も悪くない。公務員の父と専業主婦の母、女子大学生の姉がいる。父と母からそれなりの愛をもらって育った。姉とはケンカをすることもあったが、色々と可愛がってくれた。そんな普通の生活を送ってきて、普通としか言い表せないのが俺だ。


 今回の<Savior Lord>だって、たまたま手に入っただけだ。前から話題になっていて手に入れれば友達に自慢できるなと、初回5万本の抽選に応募したら運良く当選した。それだけで、特別にこのゲームに思い入れがあるわけでもなければ、プロゲーマーというわけでもない。どちらかと言えばVRMMOは素人だ。


 そんな俺が、人を殺す?無理だ。できるわけがない。

 でも、それができなければ俺は死ぬ。17年という短い人生に幕を下ろさなくてはならない。

 なんだそれは?なんで俺は、こんな選択を迫られている?


 ナヤギは頭を抱える。今日、何度目か分からない。

 考えて、考えて、考えて、でも答えは見つからなくて、それでも考える。

 頭は疲労感でいっぱいだった。



 考えるのに疲れたナヤギは、気晴らしにモンスターでも倒してこようとふらついた足取りで街の外へと向かう。



 結局、この日も結論は出なかった。





 ――――――――――――――――――――――――

 ●昨日のプレイヤー死亡状況

 死亡者数: 72人(内 人狼0人)

 人狼の殺人数: 1人

 ――――――――――――――――――――――――


 ゲーム開始5日目

 ナヤギは石碑を見て、目を見開く。

 人狼の殺人数が「0」ではなくなっていた。とうとう人狼の誰かが動いたのだ。

 自分が生きるために、他人を殺した。


 失望に似た感情を抱いた。頭が重くなる。

 生きるか死ぬかをずっと考えていた。その選択は、この人生の中で1番重たく苦しいものだ。

 結論は今だ出ていない。

 だが、これまで考えて1つの結末を思いついた。自分で選択することができないなら、誰かに任せてしまえばいいと。

 もし自分以外の人狼が10日目までPKを行わないなら、自分も潔く死のう。そう思っていた。人狼が全員死ねば、残りのプレイヤーは現実世界に戻れる。人狼がPKを行わなければ10日目の0時には5万人近い人々がこのデスゲームから無事に脱出できる。それでいいと、それが一番いい、そう自分に言い聞かせた。


 しかし、その考えも打ち砕かれた。

 「生か死か」、このシンプルだがとても重たい選択からは逃げられない。自分で決めるしかないのだ。


 ――――――決断の時は刻一刻と迫ってきている。


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