第一章 1話 「Savior Lord」
『プレイヤー名を入力してください』
真っ白な空間。
目の前に文字が浮かび上がる。
文字を指で触れると、文字の下にキーボードが現れた。
「名前か、どうするかな・・・まあ、適当でいいか」
キーボードを利用して文字を打ち込む。
最後に確定ボタンを押す。
『プレイヤー名は『ナヤギ』でよろしいですか?』
確認の声が響く。
入力したプレイヤー名は苗字を軽くもじったもの。
再度、確定ボタンを押す。
『ナヤギさん――――ようこそ<Savior Lord>の世界へ』
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――――Savior Lord
VR空間へのフルダイブ技術を応用したゲームの1つ。ジャンルはMMORPG。
ゲームの売りは、「これまでの全てのVRMMOを超えるゲーム」だ。
従来のフィールドよりも何倍も広いオープンワールド、現実よりも美しいグラフィック、自身の体よりも動かすことのできるアバター。これらを可能にすると謳っている。
ゲームのPVが配信されると、大きな話題となった。発売の1時間後には初回生産版5万本がすべて売り切れるほどの人気だ。
<Savior Lord>の世界は、“プロメティア”という1つの大きな大陸で構成されている。プロメティアの広さは北海道とほぼ同じ、約80,000㎡。
世界観としては、プロメティアのほとんどを魔族の王である魔王が支配しており、プレイヤーたちが魔王を打ち倒すために立ち上がったという設定だ。
武器や魔法を使用してモンスターを倒していくシンプルなゲーム。
剣や斧、槍、ハンマーなどの様々な近接武器が存在するが、銃や弓などの遠距離武器は存在しない。
魔法も回復や武器などへの属性付与、味方や敵にバフ、デバフなどは出来るが、火の玉や氷の矢などの攻撃魔法は無い。
基本的に近接戦闘を行う。
ちなみにナヤギは、1番無難な「片手剣」を最初の武器に選択した。
そして、<Savior Lord>でのアバターは“現実再現式”を採用している。
フルダイブ技術を応用したゲームが現れた当初、ゲーム内でセクハラなどの犯罪行為が横行した。
犯罪行為を防ぐ観点から、“VR法”では一定の動作に制限をかけて自由なアバターを作る「動作制限式」か、現実の顔や体格をそのまま再現する「現実再現式」のどちらかを採用するように制定されている。
そのため<Savior Lord>では髪型など細かなところは変えることができるが、性別や顔を変えるといったことはできない。
ナヤギは、アバターを全くいじっておらず現実そのままである。
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視界が開けると、その風景にナヤギは圧倒された。
「おお~、すげえ・・・!」
感嘆の声が零れた。
今、ナヤギが居る場所は最初の街である王都の王宮前広場。
目の前には、荘厳な中世ヨーロッパ風の城がそびえ立つ。
ほぼ真っ白でありながら、しっかりと立体的に見える。現実よりも美しいグラフィックを謳っているだけある。
周囲には、何万人ものプレイヤー。
サービス開始のイベントはこの王宮前広場で行われる。そのイベントが始まるのを待っているのだろう。
ナヤギもメニュー画面を確認しながらイベントの開始を待つことにした。
ナヤギが待ち始めてから10分ほどが経った時、王宮のバルコニーから老齢の男性が出てきた。
威厳のある顔。
頭には王冠をかぶり、煌びやかな装飾が施された服を身にまとっている。
おそらくこの世界における人間の王。
『勇敢なる者たちよ。ここに集ってくれたことに、感謝と敬意を表する。 今、この世界は魔王に支配されている――――』
イベントが始まったのだろう。
最初に王様の演説がしばらく続いた。
『どうか、どうか、この世界を救って欲しい・・・あ、あれはなんだ!?』
王様が王宮とは逆の空を指さす。
その方向にナヤギが振り向くと、空に黒い点が見えた。
黒い点はだんだんと近づいてくる。
ものすごいスピード。すぐに正体が分かった。
「ドラゴンだ!!!」
プレイヤーの誰かが叫ぶ。
その声を皮切りとして、プレイヤーたちは湧いた。
「すげー!!!」
「かっこよすぎ!!!!」
「おおー!!」
広場の手前でドラゴンは止まった。
20メートルはあろうかという巨大な体躯。
硬そうな黒の鱗に全身を覆われ、紅い眼は鋭く尖っている。
イベントの演出で、自分には害がないと頭では理解しているが、ナヤギは冷や汗をかいていた。
『おろかな人間どもよ、聞け!』
ドラゴンが話し始める。
声は良く響き、威圧感が半端ではなかった。
『我は、死夜竜 ネクト=ラム=ヒュード! 魔王様配下四天王の1人である!魔王様より言づ――――づて、づてを――――ことづ――――』
急にドラゴンの声が途切れ途切れになり、輪郭もぶれだした。
「なんだ~、バグか?」
「おいおい!初日からこれかよ!」
「大丈夫か、このゲーム?」
プレイヤーたちは落胆や不満の表情に一変。
多くのプレイヤーが決して安くない金額で、この<Savior Lord>を買ったのだから当然の反応である。
「おい!王様もおかしいぞ」
王様を見ると、ドラゴンと同じように輪郭がぶれて、声も雑音交じりで途切れ途切れになっていた。
『ふざ――――ざざ、――――こうふく――――ふくな――――
ドラゴンと王様が消えた。
『やあ!プレイヤーのみんなー、こんにちはー』
空に満面の笑みをした巨大なピエロの顔が浮かんでいた。