第一章 10話 「地下水道」
暗闇に古びた金属特有の音が響く。
ナヤギは、一段一段足場を確認しながら梯子を下りていく。
かれこれ1分は、穴を下りているが底にはまだつかない。
「深いな・・・いつまで下りればいいんだ」
ナヤギの顔に、焦りが見え始めた。
やはりトラップだったか。
ナヤギがそう思い始めた――――その時、下からかすかに水が落ちる音が耳に入ってきた。
その音を聞き、アイテムストレージからランプを取り出す。
片手で器用に火をつけ、足元を照らした。
下から光が反射する。どうやら水が流れているようだ。
しばらくすると、目が慣れてきて様子がはっきりと見えるようになってきた。
水の流れはほとんどなく、水深もそこまでなさそうである。
降りても大丈夫だと判断したナヤギは、そのまま下へと飛び降りた。
着地と同時に水が跳ねて、大きな音を出す。水の深さはナヤギの足首までしかなかった。
「ここは・・・地下水道か?」
そこには、石造りでトンネルの様に半円で一方向に伸びている空間が広がっていた。
かなり長く、ランプの光が奥まで届いていない。
「こんな場所があるなんて・・・」
何のためにある場所なのだろうか。
ここは現実ではない。本来なら、このような構造物は必要ないはずだ。もし、ただリアリティのためだけとしたら、<Savior Lord>はかなり凝って作られているようだ。
「・・・そうだ! あの声の主は!?」
穴から聞こえた奇妙な声を思い出す。
あの声のおかげで、穴を発見することができて赤ずきん達との戦闘をさけることができた。
前後を見渡すが、人影どころか動くものさえ見当たらない。
何者の声だったのだろうか。味方か、それとも敵か、そもそも人間の声だったのか。そう感じさせるほど、様々な感情が混じったような不思議な声だった。
「誰だったんだ・・・? ・・・そんなことは後から考えればいいか」
ここで思案を巡らせたところで答えが出てくるはずがない。
そんなことよりも今は追われている身。
一応、穴は木箱で再び見えないようにしてきたが、いつまでも見つからないとは限らない。意外とすぐに発見されるかもしれない。
とりあえず、この場から離れて別の出口を探す必要がある。
ナヤギは地下水道を進み始めた。
しばらく進んで、ナヤギはこの地下水道がとてつもなく広大なものであることが分かった。
この地下水道は網目状にできており、ダンジョンの様に複雑な造りになっていること、おそらく王都の下の全体に広がっているであろうことが分かった。
この地下水道については少しわかってきたが、出口はなかなか見つからない。
この広さに比べて、出入り口が極端に少ないのか。それとも、出入り口がナヤギの入ってきた場所1つしかないのか。
「・・・ホント、何のための場所なんだ?」
その広大さから、隠しダンジョンの可能性もナヤギは考えた。
しかし、それにしてはモンスターもいないし、トラップの類もない、アイテムなどが落ちているわけでもない。
ナヤギは様々な可能性を考慮してみるが、一向に納得できる答えが見つからない。
先を照らしながらゆっくり歩いていると、左右に横道が見えた。
「・・・次は右だな」
入ってきた場所から出来るだけ遠ざかるために、ナヤギは曲がり角を左右交互に進んでいる。
さっきは左に曲がったので、今回は右だ。
右の横道に入った――――直後、ナヤギは何かにつまずいて、そのまま地面に顔をぶつけた。
手から離れたランプが水に沈む。地下水道内に光が消えた。
「ってえぇぇぇ!!!」
あまりの痛さに、顔を抑えながら地面を転がる。
警戒を怠っていたわけではないが、ナヤギはほんの少しだけ気を抜いていた。
まだ逃げ切ったわけではない。
しかし、先ほどよりも状況は好転している。
出口さえ見つけることができれば、ほぼ逃げ切ることができる。また、赤ずきんが追ってきたとしても、この広大な地下水道から人1人を捜すのは難しいだろう。
PKポイントがなくなるまで、ほぼ丸三日ある。どこかに隠れていればいい。
そんな考えが、ナヤギの頭の隅にあった。
しばらくして、ようやく顔から痛みが引いてきた。
「まじで、いてえな・・・ランプはどこだ」
何も見えない視界の中、手探りでランプを探す。
やがて、ランプらしき物が手に当たる。そのまま拾い上げてみると、やはりランプであった。
「おっ、あった あった・・・ん?」
拾い上げたランプに違和感。
先ほどよりも、一回り大きいように感じた。少し不思議に感じたが、ナヤギはそのままランプに火を灯す。
すぐにその疑問は晴れた。
火を灯して最初にナヤギの目に入ってきたのは、水の中に沈む自分のランプ。つまり、今手にしているランプは、ナヤギの物ではなかった。
「俺のじゃない・・・?」
では誰のランプなのか。
その疑問もすぐに分かった。ナヤギは自身がつまずいた場所を照らす。
赤いローブが目に映る。
「赤ずきんっ!!??」
思わず跳び下がり、ナヤギは腰の剣を抜いた。
ランプの持ち主は、目の前に倒れている赤ずきんだったのだ。
まさか赤ずきんが、すでにこの地下水道にいるとは考えていなかった。待ち伏せされていたのであろうか。
「・・・?」
剣を構えるが、地面に倒れた赤ずきんはピクリとも動かない。
いつまでも起き上がってこない赤ずきんに、ナヤギは警戒しながら近づく。そして、おそるおそるフードをめくった。
フードの下は、20代くらいの女性であった。目は閉じており、気を失っている。
「・・・ううっ」
女性が呻き声を上げる。
どうやら、現実の脳との接続が切れたとかではなさそうだ。
「じゃあ、どういうことだ・・・?」
なぜ、この女性は倒れているのか。
何かの不具合か。それとも誰かにやられたのか。
「そんなことはどうでもいいか。 それよりも・・・」
この女性が倒れていることはさほど重要ではない。
重要なのは、赤ずきんがすでに地下水道に潜り込んでいるということだ。この女性だけとは考えにくい。数は分からないが、他の赤ずきん達もこの場所に潜んでいるはずである。
つまり、赤ずきん達と鉢合わせる可能性が大きい。早急に、出口を見つけなくてはならない。
先を急ごうと、ナヤギは剣を鞘に戻して歩を進める。
しかし、すぐに何かを思い出したように道を引き返した。
倒れた女性の前で、ナヤギは立ち止まる。
そして再び剣を抜いて、ゆっくりと剣先を女性の首へとあてがう。
ものの数秒ほど、ナヤギはそのまま動かなかった。
「・・・っ!!」
一瞬、ナヤギの顔が険しくなる。
剣を持つ手に力が入った。
しかし、ナヤギは何もしなかった。すぐに手の力を緩めて、剣を鞘へと納めた。
「・・・ははは」
呆れたような空っぽの笑いが零れた。
しばらく立ち尽くした後、ナヤギは女性に背を向けて再び先へと歩を進めだした。
本当はあの女性を殺そうと思っていた。
どうせ生かしておいても、いつか自分の前に敵として現れるだけだ。なら今のうちに殺しておいた方がいいに決まっている。ついでにPKポイントも増えるし、運が良ければ赤ずきんのローブがドロップするかもしれない。
だが、最後の最後でナヤギは手を止めた。
今、殺しておいた方がいいはずなのに、それでもしなかった。別に、かわいそうだと感じたわけではない。
これは、自分の価値観の問題。
最初にPKをした日、生きるために何でもすると決めた。自分はすでに最低な人間、いや人間ですらないかもしれない。
だが、それでも人を辞めたくはなかった。
倒れている人を殺すような下劣には、心のない化物にはなりたくなかった。
何かを振り払うように、ナヤギは足を速める。
少し進んだ先で、再び地面に広がった赤いローブとそこからはみ出した足が目に入ってきた。
先程と同様に、ナヤギは慎重にフードの下を確認する。
今度は、年端もいかない少女。最初の女性と同じく、気を失っていた。
「意味がわからん・・・」
ヤナギは怪訝な顔をする。
しかし、足を止めている場合ではない。ナヤギはそのまま先に進む。
進む度に、倒れた赤ずきん達を発見した。
その全員が気を失っていた。
なぜ赤ずきん達は気絶しているのか。謎が深まるばかりだ。
赤ずきん達に何が起こったのか、ナヤギには検討がつかない。
しかし、一つだけ気づいたことがある。
それは、赤ずきん達は等間隔で倒れていることだ。前の赤ずきんが見えなくなるくらいで次の赤ずきんが見えるほどの距離。
まるで誘導するように意図的に置かれたのでないかと、ナヤギは感じていた。
現にナヤギは、赤ずきん達をたどるように進んでいる。
何人目かの赤ずきんを見つけたと同時に、倒れた赤ずきんの上に穴が開いているのに気づいた。ナヤギが入ってきた穴と同じくらいの大きさ。穴からは梯子が伸びていた。
おそらく出口。
「よし!!」
思わず喜びの声が出た。
助走をつけて、ナヤギは跳び上がる。梯子の一番下の段をつかんだ。そのまま体を持ち上げて梯子を上っていった。
下りた時と同じくらいの時間をかけて、ようやく地上に着いた。
蓋がされていたが、さほど重くなく簡単に開けることができた。蓋の隙間から辺りの様子をうかがう。周囲には人が居なさそうだ。
絶好の機会、だと感じたヤナギは一瞬で穴から飛び出る。
「う、まぶしいな・・・ここはどこだ?」
東の空が明るくなっていた。
ナヤギの目の前に真っ白で巨大な壁が建っていた。
王都をかこむ城壁。
どうやら王都の隅に出たようだ。地下水道に入った場所からはだいぶ離れている。しかもフィールドに出る門に近い。
「もうここにはいられないか・・・」
赤ずきんは人狼を逃がしたことで、警戒を強めるだろう。
直に人狼の捜索も始めるはずだ。
もう、王都で生きていくのは無理だろう。王都を離れて、他の場所で生きていく必要がある。
門へと向かってナヤギは走り出す。
朝日とともに、ナヤギは住み慣れた狩場を後にした。
ナヤギが王都を出てからしばらくした後、暗闇に包まれた地下水道には奇妙な歌が響いていた。
喜んでいるようにも、怒っているようにも、悲しそうにも、楽しそうにも聞こえる声。
様々な感情が混ざり合っているよう。ただ、今回はいくばか楽しさの割合が多そうだ。
『チリリン クルクル ガンガラガン、 さてさて、オオカミさんはだ~れかな~♪』




