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第一章 9話 「包囲網」

 

 『レッドフード』 


 今、ナヤギを追い詰めている連中のギルド名だ。

 トレードマークは、赤いローブ。ギルドメンバー全員が装備している。その特徴から、“赤ずきん”の通称で呼ばれている。


 攻略組である一方、人狼討伐にも積極的なギルドでもある。

 構成人数の大半が女性と珍しく、ギルドの長である“ギルドマスター”も女性である。ちなみに、ギルドマスターは超絶美少女であるとの噂だ。


 **************


 


 「やられた・・・っ!」


 ナヤギの額から一滴の汗が流れ落ちる。


 「赤ずきん達が追ってこなくなったのは、俺が逃げ切ったわけじゃなくて、追いかける必要がなくなったからか・・・」


 赤ずきんの連中は闇雲にヤナギを追いかけていたわけではなかった。

 挟み撃ちにするように見せかけて誘導していたのだ。絶対に人狼を逃がさないために。


 「どうする、どうする・・・っ!?」


 完全に包囲されており、どこを通ろうとしても連中と鉢合わせてしまう。相手は攻略組であり、交戦すれば間違いなく負ける。1対1でさえ、負ける確率の方が大きいだろう。

 かといって、このまま隠れていても、いずれ見つかるだけだ。


 どちらにせよ遅かれ早かれ捕まるだろう。

 捕まれば待っているのは死。

 連中が処刑せずに生かしておいてくれるわけがない。

 人狼を全滅させれば自分たちがこのデスゲームから解放されるのだ。処刑をしないという選択肢はないだろう。


 

 「ふざけんな・・・! こんな、こんなところで死んでたまるか!」


 2か月前、人狼として生きていく覚悟を決めた。

 自分が生きるために、他人を身代わりにするという最低の生き方を選んだ。悩んで、悩んで、悩んで、苦しみ抜いて出した結論。


 ただ「生きたい」だけなのに、人の道を踏み外さなくてはならなかった。

 多くの命を奪って、やっと生きながらえている。


 何のために人を殺した。何のために自分の尊厳を捨て去った。

 そうだ。自分が生きるため、現実世界に帰るためだ。

 ここで死ねば、全てが無意味になる。


 「・・・そんなことさせるかよ!絶対に生きて、現実に戻ってやる!!」



 生きる決意を再びしたナヤギは、状況を整理する。


 「どのルートも赤ずきん達がいて、通ることは出来ない。戦闘はさける必要がある・・・」


 とりあえず包囲から抜け出ないことには話にならない。

 だが、包囲から抜け出すには必ず赤ずきん達とぶつかる。抜け道でもない限り、見つからずに脱出することは出来ないだろう。


 「まてよ・・・!建物の上や中ならどうだ?」


 都市内の建物は、“非破壊オブジェクト”に設定されており破壊することはできない。

 しかし、屋根に上ることはできる。それに建物の中を通り、窓を伝うことも可能だ。


 「建物の中を通るか・・・。いや、追い詰められたときに逃げ場が無くなるか」


 建物から建物へと移動することが、一番見つかりにくく安全だろう。

 だが、向かい側の窓が開いているとは限らない。窓も建物の一部であるため、外からぶち破ることはできない。

 その場合、逃げ場がなくなる。赤ずきん達は、路地で人狼が見つからなかったら、建物内をしらみつぶしに探すだろう。そうなれば終わりだ。何も出来ない。


 残った選択肢は1つ。屋根の上を伝って包囲の外へ逃げるしかない。

 下への注意もしなければならないし、赤ずきんだけではなく、他のプレイヤーに見つかる可能性も高くなるなどリスクも高い。

 しかし、今取れる最善策だろう。


 「・・・よし、やるか!」


 辺りを見回して、屋根に上りやすそうな場所を探す。

 レンガ造りで凹凸が多く、1階ごとの高さも低い建物を見つけた。


 さっそくナヤギは1階の窓の縁を踏み台として、そのまま飛び上がる。2階の窓の縁をつかみ、壁のでっぱりに足をかけてよじ登っていく。

 おそらく現実ではできない芸当。だが、この世界ではレベルが上がるにつれて身体能力も上がっていく。この程度なら余裕である。


 屋根から頭を少し出して、様子をうかがう。

 流石に赤ずきん達も、屋根の上に居ないだろうが、用心するに越したことは無い。


 「まじかよ・・・」


 風になびく赤いローブが見え、思わず口から驚愕の声が零れた。

 予想に反して、数人の赤ずきんが屋根の上にも居た。

 今、ナヤギのいる場所を中心として、円状に等間隔で待機していた。


 このまま屋根の上に上がるわけにはいかない。一旦、地面へと飛び降りる。


 「くそっ! どうすんだ!!」


 感情に任せて、近くの壁を思いきり蹴った。壁に非破壊オブジェクトのマークが表示される。

 最善だとだと思われた策も、すでに手が打たれていた。

 足場の悪い屋根の上で、逃げ切ることは出来ないだろう。屋根の上を伝うこともできなくなった。


 もう打てる策はない。

 おとなしく捕まり、処刑されるのを待つしかないのか。


 「あきらめて・・・、あきらめてたまるかよ!!」


 こんなところで、終わるわけにはいかない。

 そんな簡単に自分の命をあきらめられるわけがない。


 「最後まであがいてやる!」


 策はもうない。だが、何も出来ないわけじゃない。

 1つだけまだ出来ることがある。


 「・・・正面からぶち破る」


 正面から包囲を突破する。

 突破できたとしても、逃げ切ることはまず難しいだろう。そもそも包囲を突破できるかも怪しい。


 しかし、これしかない。

 か細い可能性だが、自分の命を繋ぐことのできる唯一の方法。


 一つの路地にいる赤ずきんのメンバーは3,4人。

 不意打ちを仕掛ければ、なんとかPKを出来るかもしれない。たとえできなくても、虚を突けば包囲を突破できる可能性がある。


 剣を抜いて、路地を進みだした――――その時


 『・・・リ・・ン・・・・クル・・・ガ・・・・ガン・・・』


 奇妙な声が聞こえ、足を止めた。

 なにかの歌のようであり、楽しくも悲しくも感じられる。

 ナヤギは不思議とその声に対して警戒しなかった。


 その声の主を探そうと、辺りを見回すがそれらしき人物は見つからない。


 『・・・チリリン クルクル ガンガラガン・・・』


 気のせいかと思って再び歩を進めようとした時、また同じ声が耳に飛び込んできた。

 先ほどよりもはっきりと聞こえ、ナヤギの足元から響いた。正確には、横の壁際に積まれた木箱の下からだ。


 木箱を蹴り倒して無造作にどかす。

 すると、その下から人一人が通れそうな大きさの穴が出てきた。


 「なんだこれは・・・」


 穴の中は真っ暗で、どれほどの深さかは分からない。

 梯子のようなものが固定されていることから、おそらくはマンホールのようなものだろう。


 「・・・どうする」


 ナヤギは、この穴に入るかどうかを思案する。

 こんなものが街にあるなど聞いたことが無い。ダンジョンにあるようなトラップの可能性もある。


 だが、隠し通路であれば包囲から抜け出ることができるかもしれない。

 赤ずきん達に突撃しても逃げ切れる可能性は限りなく低い。それならば、一か八かにかけるのも悪くない選択だ。


 「行くしかないか・・・」


 ナヤギは、意を決して穴に入ることにした。


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