流れ着いた先で
見るからにボロと言えるような古着を着た、黒髪で瞳の色も黒っぽく見える可愛らしい子供が本棚に囲まれた大部屋で一人、椅子に座って本を読んでいる。
俯瞰的に見た感じ6歳前後ではないだろうか?
子供が読むには似合わない分厚いハードカバーで、挿絵もほぼ無さそうな本である。見るからに重量がありそうだ。
背表紙を確認してみたら『魔術理論体系』と書かれていた。
目の前にこんな子供がいたら違和感しか感じないだろうが、ここで納得してしまった。
これは俺の見ている夢であると。
明晰夢
睡眠中にみる夢であり、自分で夢であると自覚しながら見ている夢を指す言葉だ。
椅子に座っているのは幼少期の俺だろう。
6歳前後で魔術理論体系などと言う糞難しい本を読み進められる子供なんて自分くらいしかいないのではないだろうか?いや、いない。
それにしても自分で自分を可愛いらしい子供と思ってしまったのは不覚である。
隠れナルシストの気でもあるのだろうか・・・?
くだらない事を考えながらも、一定のリズムでページを捲る音が聞こえている。
俺が本を読む切っ掛けを作ったのは育ての親であるシスターメアリである事は間違いない。
彼女の教育方針は褒めて伸ばす。
それを実践し、俺と言う立派な研究者を育て上げたのだから見事と言う他にないだろう。
その時、背後にある図書館の古ぼけた扉が開く音が響き、誰かが入ってくる足音と鈴を転がすような声が聞こえてきた。
「ギル、本を読むのは大変素晴らしい事ですが、夕食の時間を忘れてまで読んではいけませんよ?」
髪は帽子に隠れていて見えないが、修道服を着た淡いブルーの瞳をした若い女性が穏やかな笑みを浮かべながら言い聞かせるように子供へと言葉をかけた。
二度と見れないと思っていた笑顔を見て、心臓が早鐘を打つ。
メアリは俺が目に入らないかのように子供へ近づき頭を撫でた。事実、見えていないのだろう。これは俺の夢なのだから・・・
「今日はギルの好きな野菜のシチューですよ。さあ、戻りましょう。」
「うん」
子供は読んでいた本を本棚へ仕舞うと満面の笑みを浮かべながらメアリと手を繋ぎ、扉から出て行った。その姿は傍から見れば仲の良い姉弟にしか見えなかった。
二人が視界からいなくなった瞬間周りの光景が、ガラリと変化した。
まるで走馬燈のように様々な光景が映画のフィルムの如く連なり、現れては流れてゆく。
ある光景は落ち着きがありながらも高級感を感じる執務室のような場所で仕事をする青年を映し、またある光景は歴史ある佇まいを感じさせる学び舎を映した。
どこまでも続くかと思われたフィルムの情景は最後の1枚でピタリと止まる。
その瞬間、肌が泡立つのを感じた。
都会と比べれば暗い田舎の夜道。普段ならまばらに点在する外灯があるのでそこまで暗いとは感じない筈。
何故だか分からないがその外灯全てが消えていた。
不思議に思いながらも久しぶりの帰郷に心を弾ませる一人の青年が映っている。
目の前の小高い丘を越えたら、ここ数年焦がれた故郷と我が家が見えるだろう。
辺りはは夜の帳を下ろしているが丘の向こうの空は薄っすらとオレンジ色と宵闇のグラデーションが見える。
どこからともなく風に乗って喧噪が聞こえてきた。この時期に祭りでもやっているのだろうかと青年は不思議そうに歩いている。
目の前の光景から目を離したいのに体は命令を聞かず、石造にでもなったかの如く動かない。全身の血が冷水に変わってしまったのかと思うほど冷たく感じるのに対し、心臓はありえないほどの速さで脈打っている。
胃の中身を全てぶち撒けてしまいたいほどの耐え難いストレスを感じたその時、ついに青年は丘の上まで登りきってしまった。
眼下に見える夜の闇に躍るオレンジ。丘の上からではよく見えないが、大勢の人達が鬼ごっこでもしているかのように駆け回っている。鬼が子に触れるとその子は地面に寝転び、まるで、遊び疲れた子供が眠るかのように動かなくなった。
懐かしの我が家は、あたかも子供の癇癪で崩した積木のような有様であり、またその光景は街の至る所で見られる。疎らに光る魔術の光は幻想的で、祭りの締めに相応しい花火のようであった。
胃の中身を吐き出しながら激しく咳き込み、時折浅い呼吸を繰り返す。自分が何をやっていたのかも思い出せないまま、呼吸を整えながら辺りを見渡した。
数百m先には超巨大な大樹が天高くそびえ立っている。大樹の端が見えないほどの大きさであり、直径数百kmはあるのではないかと思われた。地平線や水平線は聞いた事があるが新たに樹平線という言葉を追加したい。
見上げれば遥か彼方には生命力豊かに生い茂る大樹の葉が見える。
何年経過したらこんな大きさまで育つのだろうか?そもそもここまで育つ樹木は俺の知識に存在しない。
視線を少し反らすとどこまでも昏く深い深淵の空。星々の煌めきはどこにも無く、ただ、高密度のマナが風に漂い流れて行く。現実離れした神秘的な光景に感動すら覚えた。
大樹の逆側に視線を向ければどこまでも続く芝生の地平線。所々に樹木が生えている。あれらが育つと大樹になるのだろうか?
すぐ近くには黄金色に輝く大きな湖があり、俺の下半身が湖に浸かっているように見える。というか全身ずぶ濡れだった。そのせいか全身が冷えており、早めに暖を取らないと命すら危ういかもしれない。
震える体を無理やり動かし陸地へ這い上がると、いまだに背負っていたリュックサックの魔術印にオドを流してから地面に下ろす。中から炭を取り出し【火】の魔術で火を点けた。
【火】とは思えないほどの火柱が上がった時は心底焦ってしまった。
濡れた服の水分を【乾燥】で飛ばし、体がある程度温まった所でこちらを見つめ続ける男へ言葉を投げた。
「じっくりと観察して何か分ったかい?」
「おや?私を認識出来ているのかい?それとも大きな独り言なのかな?」
男はとても驚いた顔でこちらの問いかけの答になっていない返答をし、腕を組みながら更に失礼な質問を返してくる。独り言が大きい変な人呼ばわりはやめていただきたい。
「この場に俺とあんた以外で誰がいるように見えるんだ?それと俺は独り言は言わんぞ。」
「おっと、それは失礼した。生きている人間を見るのは初めてでつい興奮してしまったようだ。」
「・・・人間を見るのが初めてって、ここには他に人がいないのか?」
「そうだね。人間という定義で当てはめると、ここにいる人間は君だけとなるだろう。」
・・・やべえ。こいつの脳にはお花が咲き誇っているのかもしれない。あまりの孤独感に心が疲れてしまったようだ。私が神だ!っとでも思い込んでしまっているのかな?なるべく優しく接してあげよう。と考えた時、男が大笑いし始めた。ついに壊れてしまったのかと、思わず半歩距離を取る。
「私も最初は失礼な事を言ったが、君の方が酷いな。フフッ・・・残念ながら正常だよ。それと私は神ではないな。」
男は笑いが収まらないのか笑い続けている。まさに壺に入った、という奴だろう。
顔の良い男は笑っているだけでもイケメンオーラがすごい。世の不条理を感じる。
男の身長は180㎝前後の痩せ型で、蜂蜜色のセミロングを後ろで縛っている。瞳は珍しいパープルで、白で統一された牧師っぽい服装がよく似合っていた。
それにしても笑いすぎである。いつ収まるのだろうか?
男の大笑いに気を取られていたが今、何と言っていた?神ではないな、と言っていたか?
うっかり考えていた事を喋ってしまったか?いや、ありえない。男は確実にこちらの考えを見透かしていた。一体どうやって?わからないがもしかしたら本当に神に属す者なのではないのだろうか。
「いや、すまない。こんなに愉快な気分になったのは初めてでね。安心したまえ、私は神ではないよ。名前すらないが、概念的に捉えるならば『観測者』と名乗るのがいいのかな?」
ようやく笑いが収まってきたらしい。人好きのする笑みを浮かべながら観測者は続ける。
「改めて言わせてもらおう。初めまして『ギル=グリード』君。私の事は『観測者』とでも呼んでくれたまえ。」
そう言いながら仰々しくゆったりとした動作で礼をした。
警戒心を最大まで上げ、更に一歩距離を取る。いつでも発動出来るように魔術を脳内で組み上げながら観測者の挙動を注視する。観測者の力量は分からないが、こちらの思考を読むような相手だ、まったく底が見えない。これだけ警戒心を露わにしても身構える素振りもしない。正直、逆立ちしても勝てる気がしない。
これでもそれなりに腕の立つ魔術師だと自負していたのだが、上には上がいるようだ。やはり世界は広すぎる。
「ああ、すまない。警戒させてしまったようだ。こちらに君を害する気は更々ないよ。・・・それにしても私は謝ってばかりではないかね?君は相手を謝罪させる天才なのかな?フフッ」
また微妙に笑いの壺に入ったのか観測者が笑い始めた。こっちをまったく警戒せずに笑い続ける姿を見たら自分の対応が馬鹿らしくなってくる・・・これが俺を油断させる行動だとしたら大した役者だと思うが、よくよく考えてみれば、俺を害する気があったのならば気を失っている間に何かされているだろう。そう結論付けて警戒心を解く。そして気になっている事を聞いてみた。
「で、さっきから俺の思考を読んでるっぽいけど、そんな魔術聞いた事も無いんだが。どんな理論で発現してるんだ?俺でも使える?」
「フフフッ・・・ん?ああ、私は【完全転写】と名付けたが、これは厳密に言うと魔術ではない。君の定義に当てはめて言えば【魔法】と呼ばれる部類に属するのではないかな?まず君には使えないだろう。使えたとしてもあっという間に廃人になる。相手の全てを保存するなんて負荷が大きすぎる。肉の器に囚われている者には無理だろう。」
【魔法】
現実には不可能な手法や結果を実現する力を指す。
死んだ者を生き返らせるなどの、ありえない奇跡を指して魔法と言う。
魔術自体扱えない者から見たら魔術も魔法のようなものではある。
「ちなみに君が気を失っている間に使わせて貰った。」
何故か胸を張りながらドヤ顔で笑みを浮かべている。殴りたい、その笑顔。
「プライバシーの侵害と訴えたい所だな。」
「ふむ、では君の人生を観測させて貰った礼として、私に答えられる事なら何でも答えようじゃないか」
そう言って、観測者は更にドヤ顔をした。
設定ガバガバなので鋭く突っ込まないでください。
【完全転写】
対象の脳味噌を自分の脳に丸々コピーして保存する。
保存した脳は再生可能。OS上でプログラムを走らせるような感じで。
対話も可能。これにより先に喋る事を観測できる。
グリード君が過去の夢を見たのもこの魔法が原因です。
明晰夢なのに見たくない物を見るなんておかしいですし。
ん?今何でもってry




