第十九話:お身体の具合は?
さて、一度話を整理しよう。私の気づいたこの世界の仕組みとゲーム「聖剣の乙女は宵に咲く」、そして神様について。
まず私はこの領地で、「一月以内に死ぬこと」が最後の役割だった。ある意味脇役だから死ぬことしか分かっていなかったけど……。ルエラ・ノージェという私を殺す役割を持つ人と、死ぬ運命にある私が揃っている。ちなみに、今はまだ一月は経っていない。
本来の私の進む未来が「死」という絶対的なものだったから私はマルシェが死ななければならない、と考えていた。だけど私の考えが全てが逆だったのかもしれない。マルシェを殺さなければならないのではなく、ユーリェを生かさなければならない。
ならマルシェはなぜ狙われるのかな? ここからは根拠も何も無い完全な憶測になる。それはストーリーの進行上、ここで死ななければならなかったから。正確に言うならば、ここで死ぬのはマルシェでなくて良かったのだ。あくまでマルシェ本人に価値があるのではなく、ユーリェの双子の姉妹であることに意味がある。
今回ユーリェが死にかけたのもきっとこれに由来するからだと思う。ユーリェは生きていなくてはいけないのになぜ殺されかけたのだろう。それはユーリェとマルシェが双子の姉妹だからだ。
ユーリェが死に、マルシェが生き残ったと仮定する。肉体と精神が似通っている二人は存在自体を交換出来ると更に仮定する。そうすると、ユーリェという存在とマルシェという存在が逆になるのでは──つまり、代替の効く相手を乗っ取ることが出来るんじゃないのかなって私は考えた。
マルシェの身体が、ユーリェの肉体になることが可能であるなら。どちらが死んでも構わない、と。
もしも、そういう風に世界が認識しているのなら……。
これも、世界の強制力の一つじゃないのかな。他にもお父様、現リザーブ公爵の日記に綴られていた他人の行動や、アラン・スフェノヴアの私に対しての憎しみだとかも。世界の強制力は思っていた以上に広い。
次に、神様について。正直神様の言っていることはよく分からない。曖昧にしか情報が入ってこないのと説明なんてほとんどしてくれないから。
神様は私をここへ連れてきた存在で私に対して何かを求めている、なんてことしか分からない。ただ、いつか私は覚えていない時に神様と会っているはずだ。それも何度かなんて優しいものではなくて、それこそ数えるのをやめてしまうようなそんな数。
世界の強制力。神様。主人公ユーリェ。聖剣の乙女。私の兄を名乗ったガイアとの関わり。そして私自身。
……まだまだ大きな謎が残るなぁ。私のついたため息をエリーは見ないふりをしてくれた。
とにかく今回は、誰も死ななくてすんだ。それでよしとしよう。
「ユーリェお姉様、失礼します」
私は今ユーリェお姉様の部屋の前にいる。あの事件から、一歩も部屋の外に出ていないらしい。そしてその批判は当たり前のように私の元へ来ていた。心の傷が重いところに私が来たら迷惑かなとも思うけど、使い走りに出来る人なんて私にはいない。
「……マルシェ」
返事がないことに心配になりながら中へ入った。ユーリェは私よりも豪華で繊細な天蓋の下で身体を起こしていた。揺れる髪色が少しくすんで見える。ユーリェの瞳はどこか遠くを見ているようだった。
カインが用意した椅子に腰をかけて、ユーリェの手を握る。ここに来た時よりも大分細い。小枝のように私が力を入れたら折れてしまいそうだ。
「お身体の具合は?」
「……平気よ。貴方は?」
「私は平気です。お姉様はどうやら何か心配事があるご様子。私に話してみては如何でしょう?」
どう見ても平気じゃない……。心配だよ。病人だよ、どうするの。少し考える素振りを見せてからユーリェは人を下げたいと言い出した。
「皆、下がってくれる?」
「出来ません」
メイド長が答えた。確かに今のユーリェを1人にしておくのは心配だ。でも、ずっと誰かがそばにいるのも窮屈だよね。私もこの世界で初めにそう思った……。だから、必死にこれを完成させたんだ。
「ならこれを使いましょう。中身が見えなくなり、会話も聞こえなくなる魔術具です。内側からすれば大して何も変わりませんが、外から見ると真っ黒い球体に見えます」
「マルシェ、あなた……!」
真っ白な球体。急だったから飾りも何もないけれど……。私がこれを取り出して1番驚いたのは間違えようもなくユーリェだった。こんなものを完成させる私は怖い? 別に何か危ないことをするわけじゃないから、怯えないで欲しい。今まで普通に話してきた人に怯えられるのは……少し悲しいよ。
「それに、屋敷は冒険者が守ってくれています。この前話した通り、信頼出来る三人です」
そう、結局あの後冒険者を雇うことにしたのだ。期限は父様の騎士達が到着して引き継ぎが終わるまで。引き継ぎをするのは到着した最初の昼と定めた。
勿論その三人はシルビアさんとエギル、そしてカイのこと。冒険者としての私ではなく、公爵の娘としての私と会った彼らはそれでも優しくしてくれた。本当は何かしらの強制力が働くと思っていたけど、働いている素振りは無かった。一応詳細は伏せてそんな呪いがかかっているかもしれないから気をつけて、とも伝えてある。
そして彼らに付けてもらったピアスは私の付けているそれと対になっている通信用の魔術具なのだ。意識が落ちたことも伝わる仕様。これも私が作った。えへん。結界の方は元々存在していた消音と暗幕の魔術を組み込んだだけで、ピアスもあの地下牢の遠隔魔術を読み解いて組み込んだ。ちなみにピアスを作っていたから倒れたのだ。……好奇心はおさえられない!
「大丈夫です。私、これでも強いんですよユーリェ姉様」
笑いながら結界魔術を発動させる。魔術の仕組みを表す魔法式が手に持った球体の上に展開され、私たちの足元から黒い影が伸びてくる。一度真っ暗になったあと薄くなり、そして風景と同化する。ユーリェ姉様の口は少し開いていてちょうどいいとばかりに、私は皮の剥かれた林檎を口に入れた。そのまましゃくしゃくと食べていく様はどうにも可愛らしい。
「さて、話を始めませんか姉様」
「……そう、そうね」
気の乗らない様子だ。でも何があったのか話して欲しい。そうでなくては──実の姉といえども無理矢理聞き出す羽目になる。勿論、手荒なことはしないけれど。
この結界、ユーリェ姉様のためと言ったけど、実は私自身が中で何をしているかバレないようにするためのものだ。ここで起きたことは誰にも知られない。
真っ直ぐに私を見たユーリェは口を開いた。
「マルシェ、私のことが憎いの?」




